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第39話 秋月と戯れ⑭※
「幻乃」
「ぁ、う……?」
ほとんど正気を失くしながらも、呼びかけに答えて振り向き笑う。応えるように優しげに微笑んだ直澄は、幻乃の体を両腕で掬い上げると、子どもでも抱き上げるように自分の膝の上に幻乃を座らせた。
唇をそっと吸われて頬を撫でられる。愛しくてたまらないとでも言い出しそうなその表情は、見るものが見れば心を寄せられているのだと勘違いすることだろう。
しかし、尻の下に感じる固い感触と合わせると、直澄のその嘘くさい笑みは、嫌な予感しか与えてくれなかった。
「直澄さん……? あの、終わり、です……よね……?」
「終わり?」
ごり、と屹立したものを尻に擦り付けられて、幻乃はひくりと唇を引きつらせる。
「この程度でお前はへばりやしないだろう、幻乃」
「それはまあ、そうなんですけど、そういうことではなくて……」
「かわいらしい、だったか? 藩主ともあろうものが、閨ごとが苦手だと思われたままでは示しがつかない」
「お手前は十分拝見しましたので大丈夫です。良かったですよ。良すぎてきついくらいには、お上手でした。前言は撤回しますから……、ね?」
言いながら逃げようとした瞬間、全身を押さえ込まれて、ぐるりと幻乃の視界は回転した。どさりと音が響く。逆さになった視界に映るのは、爛々と目を輝かせた直澄の顔と、見慣れた天井。
「安心しろ。二度と舐めた口が聞けないように、ちゃあんと満足させるとも」
「いいです。満足しました。もう大丈夫ですか、ら……ぁっ!」
どうにかこうにか懇願しようとしたのに、唇は口付けで強引に封じられた。
三条の屋敷の一角、藩主の寝室。普段は静かなその部屋からは、その日、月夜のざわめきに紛れるように、途切れ途切れの嬌声が漏れ聞こえていた。ごめんなさい、と涙混じりの悲痛な掠れ声が響き始めるころには、空が白み始めていたらしい。
翌朝、「絶倫野郎とは知らず少々挑発しすぎました」と恨みがましく直澄を詰る幻乃の声はひどく嗄れ、瞳は泣き腫らした後かのように真っ赤に充血していたという。
その日を境として、藩主は陰間茶屋から足を遠のかせ、人懐こい居候の剣士は女遊びをぱたりとやめた。互いにほかの誰をも相手にしない、その関係がおかしなものだと気づきながらも、理由をつけては触れ合うことを止められない。
変わりゆく時代から目を逸らし、宙ぶらりんになった己の立場から目を背けて、幻乃は逃げるように直澄だけを見つめ続けた。ぬるま湯に浸るような三条の日々を享受して、直澄に導かれるがまま闇夜の戦場で斬り合いを楽しんでは、体を繋げる快楽に思考を飛ばす。
けれど、時代は維新と動乱の真っ最中。
所詮はすべて、薄氷の上の日常だ。
三条藩に初めて雪が降った日。幻乃は己が目を逸らし続けてきたものを、改めて眼前に突きつけられることとなった。
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