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第41話 藩主の仮面②

「――とまあこんな具合に、青吹屋さんの生薬は質が良いが、専門店以外で買うときは、自分の目と鼻で、色と鮮度をしっかりと確かめるのだぞ」 「はい、彦先生」 「返事だけは立派だがね、本当に覚えとるんだかどうなんだか……。あんたも毒は使うんだろう、幻乃さん。毒も薬も、量がちいっとばかし違うだけで、基本的には同じもんじゃ。身を入れて覚えなさい」 「大丈夫です。ゆっくりですが、教わったことは覚えていますから」 「ならいいがね」  ひとしきり生薬の講義を終えた彦丸は、ようやく満足したらしい。青吹屋と二言、三言話して幻乃に会計を任せると、老体とは思えぬ軽い足取りで店の外へと出て行った。 (青吹屋の次は、越後屋で調合器具を買うと言っていたっけ)    来る前に聞いた予定を思い出しつつ、彦丸の背を追おうとしたその時、「あっ」と思い出したように青吹屋が声を上げた。棚の奥をごそごそと探ったかと思えば、何やら葉と思わしきものが詰まった瓶を取り出して、頭を抱えている。 「やっちまった……。桑白皮(そうはくひ)を渡すのを忘れてやした。どこにもなかったもんで、わざわざ他店から譲ってもらったってのに」 「渡しておきますよ。おいくらですか?」 「ああ、いいんです。代金は、藩主さまから前にいただいてますんで。ほら、弟君の発作、冬になるといつもひどくなるでしょう? その薬を作るのに使うんですよ」    直澄には年の離れた弟がいると聞いたことがある。目通りする機会も理由もなかったので会ったことはないが、この口ぶりだと体が強くはないのだろう。  瓶詰めの生薬を幻乃に手渡しつつ、青吹屋は「それにしても――」と苦笑した。 「彦先生ったらはしゃいじまってまあ。幻乃さんみたいな若いお弟子さんができて、よっぽど嬉しいんでしょうねえ」  思いもかけない言葉に、幻乃はぴたりと行李を開ける手を止める。 「弟子、ですか? いえ、違います。そもそもそこまで若くもないですから」 「私らみたいな爺からみりゃ、幻乃さんも藩主さまも、みーんな若いですよ。それに、何かを学ぶのに、遅いも早いもありますめえ」  私だってこの歳ですが、西洋から来る薬を毎日勉強してますからね。そう言った青吹屋は、皺だらけの顔を指差して自慢げに笑った。 「お武家さまが薬屋になることだって、そう珍しいことでもないでしょう? 命を張る仕事をずっと続けるのは、誰だってどこかで限界がくるもんです。心が先か、体が先か分かりませんがね。せっかく手伝いをしてるんですから、このまま弟子になっちまったらどうです?」

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