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第66話 冬暁に旅立つ⑧

 そういう人とはどういう意味なのだろう。  きらきらと輝く眼差しを向けられて、幻乃は頬を引きつらせた。よく知りもしない相手から、斯く在れかしと決めつけられることほど不快なことはない。 「あなたは、俺の何をご存知で?」 「あんたの悪癖ならよく知っているつもりだよ、戦狂いの狐。俺が俊一さまに仕えるようになってから、俊一さまの懐刀であるあんたのこと、ずっと見てきた。他人の目も良識もしがらみも、あんたは何も気にしない。戦場で笑うあんたを不気味がる奴も多かったけど、俺はあんたを見るたび、ほっとしてたよ」 「ほっとした……?」 「戦場であんたの背中を見ていると、何も怖くなくなるんだ。罪悪感も恐怖も、どうでもよくなる。これでいいんだって……、自分の信じるもののために刀を振ればそれでいいんだって、そう思えた」    開けていた距離をゆっくりと詰めて、冬馬は恐る恐るといった様子で手を伸ばしてきた。何をする気かと見ていれば、冬馬は幻乃の左手を恭しく両手で取って、ぎゅっと握り込んでくる。 「歓迎する、狐。心から。……ここでまた会えたのは運命だと思う。あんたの隣で死ねるなら、どんな戦場でも怖くない。たとえ負け戦だとしても、望むところだ。ともに俊一さまのために、義を尽くそう」  暗い熱を含んだ瞳。喜びに歪んだ唇。幻乃を『狐』と呼ぶときの、耳にまとわりつくような、興奮を無理矢理抑えつけた掠れ声。幻乃であって幻乃でないものを見ている狂信者のような目に、鳥肌が立ちそうになる。  既視感があった。直澄に向けられたそれらは心地よいと思えたのに、この男から向けられる視線は気色が悪くてたまらない。声こそ俊一によく似ているものの、亡き主人が絶対に浮かべなかった表情と、そこに込められた歪んだ憧憬に、怖気が立つ。  湧き上がった嫌悪感に任せて、幻乃は勢いよく手を振り払った。 「慣れ合うつもりはありません。俊一さまはもういない。俺が戦うのは自分のためだ。血生臭い私欲のために、俊一さまの名を使う気はありません」    冬馬はぱちぱちと瞬きをした後で、そっと手を引っ込めた。 「……そうか。あんたがそう言うなら、それでいい」  気分を切り替えるように頭を振って、冬馬は淡々と幻乃を促した。   「行こう、狐。拍子抜けするくらい、見回りがいないんだ。何かがおかしい。追手を差し向けられたら面倒だし、早めに三条を離れた方がいい」 「ああ、それなら大丈夫です」 「え?」  口角をかすかに上げて、歩き出す。   「皆さん、お忙しいんでしょう。黄昏時に、川際で首無し死体が見つかったと聞きましたから」  ひとり幻乃に追いついてきた忠義に厚い武士の名は、たしか半蔵といっただろうか。直澄の信を得ているだけあって、そこそこ楽しめた。  他にもいくつか、場所を散らして置き土産を残してある。こちらに目が向くことはないだろう。  

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