4 / 5

第4話 純白の首輪に、永遠の誓いを

(欲しい)  呼応する。  ヒートによってぶわりと放たれた濃密な悠希の香りに、3人の本能が昂ぶる。 (このオメガを、自分のものに)  放たれる。  もっと溺れろ、この欲望を受け入れて、そのまっさらなうなじに所有の噛み痕を残させろと、3人の強い香りが悠希を包み込む。 (運命の番を、逃してなるものか)  互いに高め合い、ドロドロに溶けて。  さぁ、理性なんて窓から投げ捨てよう。 (…………待った)  そんな本能の叫びに、葵は必死でブレーキをかける。  きっと今、自分は酷い顔をしている。  目は血走って、鼻息は荒く、ぎりりと歯を食いしばって。  ああ、もっと美しく、可愛くいたいのに、本能はそんな取り繕いすら許さない。  けれど、まだだ。  理性を飛ばす前に、自分達にはやらなければならないことがある。 「……悠希、くん……!」  発せられた声は、思った以上に低くて掠れていた。  どれだけ余裕がないんだ自分、と自嘲しつつも、葵は目の前で身体をかき抱きながら自分達を見つめる愛しい人を見つめる。 「はぁっ……はぁっ……ほしい……欲しいっ、入れてお願い、その太いのが欲しいぃっ!!」  きっと本人は精一杯叫んでいるつもりだ。  けれどもその声はどろりと甘く、囁きかけるようで……3人の理性を蕩かす濃密な劇薬にしかならない。  ほら、正悟も、一華も、もう目が据わっている。  今にも飛びかかりたくてたまらないって顔をして、けれど拳を握りしめて必死に耐え続けている。  悠希は頬を赤らめ、目を潤ませ、その唇はつやつやとして美味しそうだ。  きっとその服の下では、色づいた胸の飾りがピンと尖って早く舐めてくれと主張しているのだろう。  そして、股間の染み。  悠希の可愛らしいペニスから流す涙ではあり得ないほどぐっしょりと濡れそぼったそこは……ようやく悠希の後孔がアルファを迎え入れる入口となったことを如実に表していた。  今すぐにでも、その服を全て脱がして、濡れそぼった蜜壺に己が剛直を突き入れたい。  初めての隘路を開いて、その子袋に溢れんばかりの白濁を注ぎ込みたい。  頭の中でガンガンと鳴り続ける衝動を全力で叩きのめし、再び葵は「悠希くん」と声をかけた。 「……悠希くん、ボクら、もうラットを起こしちゃうから」 「あぁぁ……はやく、辛いのっ、早く埋めて……!」 「でも、その前にお願い、頑張って教えて」 「悠希くんの、運命の番は、誰?」  …………  ――ヒート中は身体が勝手にアルファを求めて、アルファなら誰でも良いからこの空洞を埋め尽くしてって叫ぶんだよ。  だからオメガは先に選ぶんだ。より自分にふさわしいアルファを選んで、そのアルファを自分のものにするためだけにヒートを起こし、相手を虜にして溺れさせる――  そんなことを言ったのは、誰だったか。  確かにその言葉は正しかったと、悠希は今、自らの身をもって痛感していた。  視線が、勝手にアルファの股間に向いてしまう。  その服の下でガチガチに昂ぶり滾った剛直を、そこから放たれる大量の白濁を期待して、夢想して、その妄想で更に熱が高まる。 (ああ、これは確かに、誰でも良いから犯してって叫びたくなる)  目の前で、ようやく自覚した恋の相手達が獰猛な眼差しを向けている。  どくんどくんと血が流れる音が喧しくて、彼らの言葉の意味もよく分からない。  早く、早くその下履きを取り去って。硬くて熱い欲望を、この潤みに突っ込んで。 (でも、その前に教えなきゃ)  それでも悠希の理性は、蕩けきれない。  わずかに残った理性は冷静に3人を見つめ、待ち望んだ答えを彼らに告げなければと悠希を諭す。  悠希は知らない。  ひとたびヒートを起こしたオメガは、そのヒートが落ち着くまでの数日間完全に理性を失うのが普通で……こうやって何かを考え、判断する事なんて絶対にできないことを。 (柳先生の言ったとおりだった。ヒートになれば分かるかも知れないって……本当だった)  悠希は柳の見立てに感謝する。  そして、自分にヒートを起こさせてくれた3人にも。 (トリガーは、恋だ)  そう、いくらオメガのフェロモンが高まっても、それだけでヒートを起こすことはない。  オメガはアルファに恋をすることで……その身体に愛しいアルファを受け入れたいと心のどこかが反応することで、初めてヒートを迎えるのだ。  きっと当たり前のようにアルファに恋をするオメガには、気付く機会すらないのだろう。  悠希は焦点の合わない瞳で、目の前の3人を見つめる。  ヒートになった瞬間、一気に視界が開けたかのように悠希の中に眠っていたオメガの本能が花開いたのを感じた。  本能は瞬く間に、己の運命を嗅ぎ分ける。  その結果はあり得ないもので、けれども今の悠希はそれが自然なものだとすんなり受け止めてしまう。 「はぁっ、はぁっ……んあぁぁ……!」 「悠希、聞こえるか?」 「っ、お願い早く教えなさいよっ!もう、これ以上持たないわよ……!!」 (ああ、こんな時ですら嬉しくて堪らない)  一華の焦った声が、耳に心地良い。  どうしてアルファが自分に振り回される姿というのは、これほど優越感を、満足感をもたらし……気持ちが良いのだろうか。  ああでも、意地悪は良くない。  それに僕ももう……これ以上は限界だから。 「…………ほら」  震える右手を、うなじに持って行く。  チョーカーの継ぎ目の側、少し凹んだセンサーに人差し指をかざし「浅香悠希、解錠します」と定められたフレーズを口にすれば、カチャリと小さな音がすると同時に黒いチョーカーが首からするりと外れて落ちた。 「悠希、あんた、それは……!」  ごとり、と床に落ちたそれを、3人は驚愕の眼差しで見つめ……ごくりと唾を飲み込む。 「……正悟君」 「…………おう」 「……一華さん」 「はぁっ……なに……?」 「……葵ちゃん……」 「っ、悠希くん、もう……っ!!」  おめでとう、君たちの直感は正しかった。  この希有なオメガを目覚めさせた、献身的なアルファである君たちに祝福を。  悠希はその蕩けた顔でにへらと笑い、運命を告げる言葉を紡ぐ。 「…………全員、だよ」 「え…………」 「正悟君も、一華さんも、葵ちゃんも…………みんな、みんな僕の『運命』だ……」 「…………はあああ!?そんな、ことが」 「だって……身体がそう言ってる。3人ともだって……全員を僕のものにしろって……!」  あり得ない。  これまで受けてきた教育が、培われた常識が、即座にその事実を否定する。  運命とは世界にただ一人だけのものの筈だ。  それもよりにも寄って、よほどの例外でなければ生涯ただ一人としか番えないはずのオメガが、複数のアルファを番にするだなんて!  そう、あり得ないはずなのに……何故か納得してしまうのだ。  確かに自分達は、皆等しく悠希の『運命』なのだと。  本来なら運命でなくたって、自分がものにしたいと決めたオメガに寄ってくるアルファに対して、アルファは非常に排他的で好戦的だ。  なのに悠希を運命と定めたあの瞬間から今に至るまでずっと、小さな小競り合いこそあったものの、これまで経験してきたような他のアルファに取られまいとする攻撃性は完全になりを潜めていた。  ……まるで、このオメガを分け合うのが当たり前だと言わんばかりに。 (分からん、分からんが目の前の事実こそが現実だ) (悠希が言うならそれで合ってるのよ。あたしは、いえ、あたしも悠希の運命の番) (そっか……そっか、良かった。いっちゃんと取り合いにならなくて、良かった……!)  それぞれの思いを抱きながらも、彼らは悠希の言葉を信頼する。  そして……今度こそ理性を手放すのだ。 (あ……変わった)  3人の雰囲気ががらりと変わる。  あの初めての時のように、支配欲を丸出しにした視線に射貫かれ、それだけで悠希は軽く達してしまう。 (すごい、すごいっ……!こんなに気持ちいいんだ……番のアルファは、愛しい人たちは、こんなにいともたやすく僕を昂ぶらせる)  すっと正悟が、床に崩れ落ちている悠希を抱き上げる。  ヒート中は準備も要らないと知っている3人は、そのまま悠希の寝室へと無言で向かい、そっとベッドの上に自分達の宝物を降ろしてその覆いを全て剥ぎ取った。  色白で華奢な肢体。  いつも以上に美しく、愛おしく見えるのは、この濃密なフェロモンのなせる業なのか。  襲え、挿れろ、注ぎ込め……うなじを噛め……!  ずっとずっと魂が囁き続けていた言葉は今やうるさいほどの叫びとなり、頭の中で反響して、目の前の番以外の全てを追い出していく。  一方で。 (そう、これでいい……これでいいんだ、よね?よく分からないけど、でもいいって何かが聞こえる……)  悠希の理性の半分は、これまでの知識と経験から訳が分からない事態に混乱を覚えていた。  けれども残りの半分は……本能を是とする心は、確信を持って3人を誘う。 「……ほら、早くここに挿れて、注いで、噛んで」 「っ、悠希くん……!」  うつ伏せになって尻を高く上げ、両手でがばりと尻のあわいを開く。  その中心に鎮座する蕾は、すでにぐっしょりと濡れそぼり……全くほぐしていないにもかかわらず小さな口を開いては、はくはくと咥えるものが欲しいと震えて訴えていて。 「だい、じょぶ……誰からでも、大丈夫…………もう、みんな、僕のものだ」  さあ、早く。  僕を噛んで……僕だけの、アルファになって。  ――その言葉がとどめとなり、3人のアルファはわずかに残った理性を完全に放棄した。  ………… (これは、全く別物だ)  いつも以上に湿った音と、フェロモンの混ざり合った濃厚な香りと、うなじの痛み。  そしてその全てをいともたやすく塗りつぶす、圧倒的な幸福感を伴った快楽に悠希は高い声をひっきりなしに上げつつ、けれど相変わらず冷静にこの状況を観察していた。  オメガの男性は、直腸に二つの道を持つ。  普段は排泄のために(いや、排泄以外でも散々こき使っているけれど)使われる道は、一度ヒートを起こすが否やもう一つの……子宮へと繋がる隘路を開き、溢れんばかりの蜜と柔らかな泥濘でアルファの長大な陽物を子作りのための道へと誘うのだ。  一度も踏破されていないその器官は、しかし慣らすことなくやすやすと剛直を迎え、胎と脳がが痺れてしまうような、真っ白な波をひっきりなしに悠希に送り込んでくる。  女性の快楽は男性とは比べものにならないと言うけれど、確かに直腸と膣は全く別物だと、茹だった頭で悠希はその悦楽を噛みしめていた。 (あ、また、熱いの来たぁ……!)  不意に、悠希の中に収まったまま栓をした屹立から、どくりと膣の中に大量の白濁が放たれる。  それだけで悠希の身体はヒクついて「いぐぅ……!」と濁った喘ぎ声と共に全身を痙攣させながら、すっかりくたりとした小さな中心からぷしゅぷしゅと潮を吹き続けるのだ。 「…………!!だめ、また逝く…………っ……!」  背中が弓なりに反って。目が上転して。  真っ白な波が、何度も、何度も襲いかかる。  その度に全身が彼らに染められて……もはや自分のものでは無くなったようにすら感じてしまう。  元々、オメガはヒート外では性欲も薄く、自慰もたまったら出す程度だ。  そして悠希の身体は毎日のように3人に蹂躙されているお陰で、その可愛らしい陰嚢にほとんど用を為さない子種がたまる暇も無い。 (もう僕、射精はできなくなっちゃった気がするよ……)  お陰でヒートが始まってから、この小さな突起から出たのは透明な蜜と、潮だけである。  いや、葵の目論見通りオンナノコらしい身体になっているからいいのだろうかと茹だった頭でぼんやり考えていれば、さらにお替わりだと言わんばかりに白濁が注ぎ込まれて思考を中断させられた。 「っ……ふっ、まだ、出る……こんなに出るのか……っ……」 「そうよ、って正悟は初めてだっけ、ヒートのオメガを抱くの。瘤が膨らんじゃったら30分は続くわよ」 「不思議だよねぇ、ラットになっててもお口でして貰ってる分にはここまで長く射精しないのに……」  悠希が初めてのヒートを起こしてから、既に2日半が経過していた。  3人のアルファに、最初の2日間の記憶はない。  ただひたすら、かわりばんこに悠希の中に押し入りこねくり回し、欲望の限りを尽くしてその白濁を溢れるまで流し込む。  そうして、夢にまで見た悠希のうなじに血が滲むまで何度も歯を立てて、その度悠希から上がる聞いたことも無いような獣のような、けれど甘ったるい咆哮を堪能していた、気がする。  ただただ気持ちよくて、けれどもいくら胎を満たしてもうなじを噛んでも本能の叫びは弱まることなく渇望を訴え続ける。  もはやそれに抗う思考などなく、適当に冷蔵庫の中のものを漁りながら過ごすこと3日目にして、ようやく3人はほんのりと理性を取り戻したのだった。 「んぐ……んっ、おいしい……んぷ……」 「上手だね、悠希くん。あーまた出ちゃうや、全部飲んじゃって」 「んぐぅぅ……ぷはっ、あはぁ……もっと、もっと欲しい……」 「はいはい、次はあたしね。葵、今のうちに水と悠希のご飯持って来ておいて」 「オッケー、正悟、終わったら次ボクだかんね!」 「ああ……もう、ちょっと……」  理性が戻ったとはいえ、その衝動は止むことが無い。  オメガのヒートは1週間続くから、酷いと1週間丸々正気を失ったままなんてこともあるくらいだ。3日目で正気を取り戻せたならまだいい方だろう。 「にしても、ほんと不思議なオメガよね、あんたって」 「はぁっ……そうなのかな……はぁっ、ヒート中っていつもよりチンコも美味しい……」 「そりゃどうも。たっぷり舐めてなさいな」  葵から受け取ったペットボトルのキャップを開けると、一華は一気にその中身を飲み干す。  葵は葵でボトルに口を付け、水を含むと「悠希、お水ほら」とこちらを振り向いた口に生ぬるい水を流し込んだ。  それだけの動作ですら、今の悠希には絶頂を呼び起こす、まさに呼び水となってしまう。 「んうぅっ……!!」 「……ふふ、美味しいよねぇ」 「うん……きもちい……」 (ああ、口移しの水すら、甘くて……ふわふわする) 「ありがとう」とにへらと微笑む悠希の笑顔に目眩を覚えながらも「ヒートが終わったら一度クリニックで見て貰った方がいいね、報告がてら」「そうよね、こんなオメガは初めてだし、番のこともあるしね」と一華と葵は顔を見合わせ頷き、数時間前のことを思い起こしていた。  …………  目に光が戻った3人が最初に見たのは、全身をあらゆる体液に塗れさせ、うなじどころか全身に広がる噛み痕を晒しくったりと突っ伏しながらも微笑む悠希の姿だった。 「あ……みんな……正気、戻ったんだね……?」 「ああ。すまない、随分無体を働いたみたいだな……ふぅっ、まだ全く収まらんが……」 「1週間はかかるからねぇ。いつもの感じなら3日目かな?悠希くん、覚えてる?」 「んあぁっ……!う、うんっ、そんなもん……んひぃ、あちゅい……っ!」 「はあぁぁ、もうペニスの形がなくなりそうだわ……悠希あんためちゃくちゃいい身体してるじゃないの、じゃなくって!!なんであんた、まともに喋れるの!?」 「へっ」 「あ、そう言えば……!悠希くん、まさか全部覚えてるの!?」 「…………どう言うことだ?」  いつものまぐわいと変わらず、快楽に溺れ甘い声を上げながらも3人と会話をする悠希に、一華と葵は開いた口がふさがらない。  一方、正悟と当の悠希は「何を言ってるんだ」と言わんばかりの顔で二人を見つめていた。 「僕、ずっと……はぁぁっ……こんな感じのままだけど」 「嘘でしょ!?あたしが知る限り、ヒートのオメガが正気に戻るのは最短で5日目よ!」 「そんなもんだよねぇ、ボクが付き合った子もみんな5日目や6日目までぶっ飛んだままだったもん」 「そういうものなのか……」 「そっか、正悟は初めてだから知らないんだね」と納得したのだろう、葵が悠希の脇腹を愛でながら、ヒート中のオメガの様子について説明する。 「……ってわけで、ヒートを起こしたオメガって、その瞬間から理性が吹っ飛んじゃって全く会話が成り立たなくなるんだよ。よく考えたら悠希くん、僕らが理性をなくすまでまともに喋ってたし……何というか、凄いね」 「そ、そうな、のっ?んあっあっああああんっ!一華さんっそこ、トントンされるの好きいぃぃ……!」 「ホント奥が好きねぇ悠希は……そうよ、少なくとも初日からずっと正気を保ったまま交尾しているヒート中のオメガなんてこれまで聞いたことが無いわよ!!」  奥が好きだという悠希の訴えに、更に質量を増した一華の欲望がぐん、と大きくなる。  そうして奥を押しながら小刻みに子宮ごと揺らしてやれば、流石の悠希も言葉を紡ぐ余裕がなくなるのだろう、必死で腰を押しつけながらあられもない声を上げた。 「そういうものなのか……では悠希は、まだオメガとして完全には覚醒してないと?」  どこか心配そうに正悟は一華達に尋ねる。  だがその手は休むことなく悠希の乳首を愛で、うなじを舐めては時々歯を立ててはくっきりと綺麗な歯型を残している。 「そんなことは無いと思うよ」と葵も負けじとうなじにかぶりついた。 (ああ、また、イク)  うなじはやはりオメガにとって特別なのだろう。  歯を立てられる度に上り詰めて、胸いっぱいに幸せが広がって、涙が勝手に零れてしまう。 「完全に子宮側への道は開いてるし、身体も敏感だし、フェロモンだってこれまでとは桁違いだよ。だから多分、ちょっと人とは違うけどこれが悠希くんのヒートなんだと思う」 「そうか、それならいい」 「いいけどさ、ちょっと癪に障るわよね……あんた、あたし達がラットで理性を無くしてあんたに襲いかかるのを堪能してたって事でしょ」 「あ……あが……また、いぐぅ……」 「まぁまぁいっちゃん、その辺の話はまたヒートが終わってから、ね?」 「ああもう、考えたらだんだん腹立ってきた!!あんなみっともない姿を見られて、しかも悠希はずっと楽しんでいたのよね!ちょっと、何とかいいなさいよ!!」 「一華、無茶を言うな。お前ずっと奥を捏ねてるだろ、悠希が飛んだままだ」 (そう、そうなんだよ!正悟君助けて……!!)  いくら理性が完全に消えないとはいえ、与えられる快楽まで大人しくなるわけではなくて。  むしろ明晰な部分が残っている分、余計に気持ちよくなっちゃうんじゃ?とちょっと冷や汗を掻きつつも、悠希は3人が欲望のままに与えてくる愛情を全力で受け止めるのだった。  ………… 「で、初めてのヒートを3人がかりで襲った結果、悠希君が4日間寝込んだと」 「ぐ……すみません……」 「いやいや、こればかりは仕方が無いよ。しかしこれは……問題は全然解決しなかったな……」  それから10日後、悠希たちは柳のクリニックを訪れていた。  正式な番契約を役所に届け、番となった証のチョーカーを購入するには、医師の診断を必要とするからだ。  それに、ヒート中の気がかりも、何より「運命の番が3人も居る」という珍事も相談したい。  ……相談したところで妙案が出てくる気はしないのだが。  案の定、4人から事情を聞かされた柳は今度こそ机に突っ伏して「分かんない……何にも分かんないよこれ……」と白旗をあげていた。 「確かに3人とも、うなじを噛んだよね?」 「はい、それはもうがじがじと何度も」 「だよねぇ、番契約の時はみんなそんなものなんだよ……なのに」  柳は黒のチョーカーを外した悠希のうなじを見て大きなため息をつく。  そのうなじは傷ひとつ無い綺麗な肌を晒していた。  そう、本来なら生涯残るはずの、アルファの噛み痕がひとつたりとも残っていない……ヒートの前と何にも変わらないうなじ。 「綺麗さっぱり消えちゃったね……」 「何なのよ一体!?悠希、あんたホントに番になったのよね!?」 「そのはずなんだけどなぁ……」 「……ちなみに悠希君、初めて3人に噛まれたときにどんな感覚だったかを覚えているかい?理性を失っていても契約の時だけは、オメガは皆はっきりと覚えているものだけど」 「どんな風……とにかく感じたことがないくらい気持ちよくて、幸せでしたけど……」 「…………それは、もしかしたら契約が成り立っていないかもしれない」 「「「はい!?」」」 (あれだけ噛んだのに、成立しない!?) (ヒート中にアルファがうなじを噛む、条件はきっちり満たしていたわよ!!)  愕然とする4人に、ともかく検査をしてみようと柳はオーダーを入れる。  そうして彼らが診察室を後にするのを見送り「これは頼らざるを得ないか……」とおもむろにどこかに連絡を取り始めた。  ………… 「……ごめん」 「悠希くんが謝る必要はないって」 「そうだ、今回上手くいかなかったのなら、また試せばいい」 「あんたはもう私たちのものよ、例え番になっていようがいなかろうが、ね!」 「今回の検査は時間が掛かるから」と柳に言われた4人は、結果が出るまでの間に腹ごしらえをしようと近くのカフェに立ち寄っていた。  しかしその空気はどことなく重い。いや、重いのは悠希だけで正悟たちはけろっとしたものなのだが。  パスタを頬張りながら「なんで3人は平気なんだよ」と悠希が愚痴れば「当たり前じゃん」とすぐさま葵に返される。 「だって悠希くん、ボクたち3人に恋してるって言ったよね」 「ぶっ!!……えほっえほっえほっ……そ、そそそんなこんなところで大声で」 「何度だって言うぞ。悠希、おまえは俺たちが好きだろう」 「それは……うん、そう、だけどさ」 (改めて言われると、こっ恥ずかしいんだけどな!!) 『僕は、3人ともに恋をしているんだ』  その言葉に嘘はないけれど、そもそも何なんだ、3人同時に好きになるとかどう考えてもおかしいだろう。  悠希ですらその恋心を疑ってしまうと言うのに、けれど目の前のアルファ達はニヤニヤしながら素直に悠希の想いを信じて受け入れてしまうのだ。 「それだけであたし達は十分ってことよ」 「だよね。悠希くんがボクたちに恋をしているという事実が分かって、しかもボクたち3人を運命の番だと認識したんだし」 「いやでも、勘違いかも知れないんだよ?」  万が一この思いが勘違いなら、彼らを傷つけてしまう……  そんな悠希の心配すら、正悟達は「それがどうした」と自信満々に切り捨てる。 「勘違いなら、真実にすればいい」 「ええええそんな無茶な……」 「そうよ、少なくともあたし達はもう、あんたの運命の番だと決めたんだから」 「決めちゃっていいんだ、それ……」  相変わらず、アルファというのは自信満々で、尊大で、強引だ。  ……けれど今は、その強引さすら心に染みる。 「どんな結果でも、ボク達はずっと君の側にいる。愛してるよ、僕の番」 「……うん、ありがとう」 (君たちに、逢えて良かった)  例えどんな結果を突きつけられようと、きっと彼らとなら手を携えて歩いて行ける。  そんな確信と幸せを噛みしめつつ、悠希はちょっとぬるくなったランチを口に運んだ。  …………  診察室に戻った4人を待ち受けていたのは、深刻な表情の柳とスーツに身を包んだ若い男性だった。 「あ……」 「久しぶりだな、浅香君」 「あ、はい。ご無沙汰しています、柳さん」  そっちの3人は初めてだな、と柳と呼ばれたプライドの高そうな男性はすっと名刺を差し出す。 「ちょっと長い話になるから、寛いでくれ」と勧められるままに椅子に腰掛けながら名刺を見れば、そこには『国立第二性研究所 オメガ研究部第三課」の肩書きが記されていた。  国立第二性研究所。  人類に第二性が発現してすでに500年近い歴史があるものの、その研究自体は意外にも近代まで進んでいなかった。  研究所が出来たのは80年前だと歴史の授業で習った。丁度オメガに対する差別的な扱いが世界的な運動により撤廃された時代だ。  各国に設立された研究所により、第二性の研究は飛躍的な発展を遂げる。  現在オメガが手厚く保護され、抑制剤もほとんど副作用無く手軽に使えるようになったのは、この研究所の功績が非常に大きい。 「改めて、国立第二性研究所の柳斉昭(やなぎ なりあき)だ。浅香君には以前、オメガ周期欠乏症の研究のためにうちで協力して貰ったことがあってな、俺はその時の担当だった」 「なるほど。で、柳って事はもしかして」 「ああ、慎一郎は俺の『運命』だ」 「!!」  その言葉に、部屋の空気が少し冷たくなる。  初めてここに来たとき、柳が見せてくれた一枚の検査結果。  番契約済みのオメガが運命の番のアルファと出会い、上書き前に測った数値だと言っていた。  そこに記載されていたのは、オメガであり担当医の……柳慎一郎の名前。  つまり、目の前に居るアルファは柳の運命の番であり、元の番から彼を奪い取った……契約を上書きしたアルファだ。 「……そう怖い顔をするなよ。上書きは正当な契約だと法律でも認められている」 「わかってるわよ、でも……」 「運命の番は、一度出会ってオメガがヒートを起こせば、契約が為されるまでヒートも、アルファのラットも収まらない。……噛む以外の選択肢は無かったんだよ、俺たちには」 『安易な上書きはおすすめしない、悠希君のためにもね』  初めての診察の時、柳に静かに諭された言葉が4人の頭をよぎる。  番になったから、まして運命だからと言って、誰もが愛し合っているわけではない。  番になれば愛が芽生えるというなら、この国のオメガ達は22歳までに恋人を作って番おうだなんて躍起にならないのだ。  二人のどこかよそよそしい態度から、悠希達にも彼らの関係は何となく感じ取れた。 (運命の番と愛し合える僕たちは、幸運だったのかも知れない) 「……まああれだ、運命って言葉に夢を持ちすぎないほうがいいって事だ」  この話はおしまいだとばかりに斉昭が場を纏めれば、慎一郎も「じゃあ検査結果の説明から」とそのまま悠希達の話を始めてしまう。  色々と思うところはあるけれど、暗に触れるなと言われればこれ以上は追求できない。 (そう、そんなことよりまずは、俺達の話だ)  国立研究所まで出てくると言うことは、今回自分達に起こった事態はよほど深刻なのだろう。 (どうか、悠希くんが傷つく結果にはなりませんように) (悠希を泣かせたら、ぶん殴ってやるんだから)  3人のアルファ達は各々愛しい番に想いを馳せながら、柳達に「大丈夫です、話を進めてください」と伝えるのだった。  …………  ディスプレイに表示されるのは、4人の数値だ。  半年前の検査結果と共に表示された数値は、明らかな変動を示していた。  ……それも、悠希以上に、アルファの3人が。 「悠希君はそこまで変動はないんだ。多少君たち3人のフェロモンへの感受性は上がっているけれど、一般的なアルファへの感受性の二割増しってところかな。ただ、間違いなくヒートは起こっているね」 「今日の結果だけで分かるんですか」 「ヒート発生から2週間、それが分かっていれば一般的なオメガの周期から割り出したフェロモンやその他の数値を比較することで、ちゃんとヒートが起きたかどうかは判別できるよ」  そして、と柳が示したのはアルファ3人の感受性検査。  柳曰く、この結果は本来あり得ない事態に陥っているのだという。  前回の検査では、一般的なオメガのフェロモンへの感受性は変わらず、悠希のフェロモンへの感受性だけが桁違いに上がっていた。  しかし今回は、悠希への感受性は変わらず……そして一般的なオメガへの感受性がゼロになっている。  つまり今の3人は、悠希以外のオメガのフェロモンには反応しない。  実に奇妙な現象なんだけど、と柳は戸惑いを隠せない様子で事実を告げる。 「数値から見る限り、君たち3人は悠希君との番関係が成立している。けれど、悠希君は成立していないという状態なんだよ」 「なっ……!」 「そんな事って、あるんですか?」 「無い、僕がこの仕事についてもう15年になるけど、初めての症例だよ」 「だから俺がここに来たんだ」 「え……」  それまで黙っていた斉昭が、口を開く。  君は鈍感なオメガなんかじゃなかったんだよ、浅香君。  そう告げる斉昭の顔はこわばり、声は少し固くて、彼が明らかに緊張して……いや、何かに怯えているのが見て取れた。  一体、なぜ。ただのオメガに、しかも彼は運命の番と番っているアルファなのに。  ……その悠希の疑問は、数分後に氷解する。  少しだけ逡巡した後、斉昭は覚悟を決めたかのような顔で口を開いた。 「浅香君、君は世界的にも希少な……『傾国のオメガ』だったんだ」  ………… (なんだ、それ)  初めて聞く言葉に、4人の頭の上にははてなマークが舞っている。 「…………けいこく、の、おめが」 「また何か凄い枕詞がでてきたねぇ……」 「よく分からんがそれは凄いことなのか?」 「そうだな、オメガ一人で国ひとつを滅ぼすくらいには凄い」 「はあぁぁ!?」 (オメガが) (国を) (滅ぼすだってえぇぇ!!?)  聞いたことも無い概念にぽかんとする4人に向かって「この話は機密事項だ、決してここの外では漏らさないように」と念を押した後、斉昭は悠希の体質について話し始めた。  …………  そのオメガは非常に希少で、文献で分かっている限りという条件は付くものの、第二性が発現した時代まで遡っても世界で10例程度しか見られないものだという。  通常のオメガと同様にヒートこそ起こすものの、誰とも番契約を結べない特殊体質。  さらに無意識のうちに相性のいい――恐らくは遺伝的にだろう、このオメガとアルファの間に生まれる子供は100%アルファの資質を注いだアルファとして生まれてくるから――アルファ達を番の有無に関係なく、そして際限なくフェロモンで誘ってしまうのだ。  そうして誘われたアルファはやがて、オメガに近づき、愛を深め、まず間違いなくヒートの時期に愛し合い……番にしようとうなじを噛む。  その瞬間、アルファの人生は決定的に、かつ不可逆的にねじ曲げられるのである。  本来の番契約では、うなじを噛まれた側、つまりオメガが大きく変化する。  個人差はあるが、噛まれた瞬間オメガはその細胞の一つ一つが番のアルファを愛するように組み替えられたように感じるという。  その後、オメガのフェロモンは番のアルファ以外には届かなくなり、噛み痕は生涯消えることがない。  もちろんアルファも他のオメガのフェロモンには全く反応しなくなる。  とはいえ、アルファはオメガとの番契約を解消できるから、解消さえすれば元の感受性を取り戻せるし、運命の番に出会えば例え他のオメガと番っていてもそのフェロモンを感じとれる。  だが、この『傾国のオメガ』の場合は、うなじを噛んだ側が……すなわちアルファが大きく変化してしまう。  よりによって、うなじを噛んだオメガ以外のフェロモンを「永久的に」感じなくなってしまうのだ。  その作用は、例え番った後に『運命の番』に出会っても、匂いを全く感じ取れないほど強力なものである。  まるで蟻地獄のようなオメガ。  ひとたび誘われ、うなじを噛めば、二度とそのオメガからは逃れられない。  アルファからすれば例え番っていても恐怖の存在でしかなく、オメガからすれば自分達の番となるかも知れないアルファを根こそぎ奪っていく悪魔のような存在。  それが『傾国のオメガ』である。  なお過去にこのタイプのオメガと関係を持ったアルファは、みな口を揃えてこう断言したという。 「あれは俺の『運命の番』なのだ」と――  ………… 「説明は以上だ、質問はあるか?」  話を終えた斉昭が、ふぅ、とため息をつく。  余りにも壮大なスケールの話に、正直なところ4人とも全く理解が追いついていない。  しばしの沈黙の後、ようやく正悟が重い口を開いた。 「……つまりは、俺たちは二度と悠希以外と番えないということか。いや、悠希とも正式な番にはなれないが」 「そういうことだ、番を解消することすらできない。君たちにはお気の毒様としか言えんな」 「ちょっとそんな言い方はないでしょ!」 「だが、事実だ。……何故俺が緊張しているか分かるか?さっきも言ったとおり『傾国のオメガ』は既に番契約を結んでいるアルファすら無意識に誘惑する。運命の番だろうが関係なく、な」 「なっ」 「……そして、一度誘惑されたアルファはそのフェロモンに逆らえない。浅香君は、運命の番すら上書きしてしまうんだ」 「…………!!」  更にそのオメガが満足するまで、誘惑は止まらない。  しかもその行動は無意識のうちにも行われる。つまり、本人が望んでいようがいまいが関係なくアルファを魅了し続けるのだ。  過去には国中のアルファを誘惑した結果、国内の第二性比率が極端に変化し優秀なアルファが激減したことで隣国に攻め入られ滅びた国もあったという。  その故事にちなんで付いた名前が『傾国のオメガ』  まさに国を傾けるほどの強大な力を持つオメガの存在を、政府は当然機密事項であり、大災害と同等の事象として取り扱っている。 「国によっては施設に連行され、即刻死刑、良くて生涯牢屋暮らしだ。良かったな浅香君、君は監視こそ付くがこれまで通りの生活を送ることが出来る。……多くのアルファを誘惑しない限りは、な」 「…………誘惑したら」 「国が危険だと判断すれば、隔離は免れんだろうな」 「そんな……」  神様、僕が一体何をしたと言うんですか。  オメガとして生まれて、けれどヒートも来ない鈍感なオメガだと蔑まれて生きてきて。  ようやくヒートが来たと思ったら、今度は傾国のオメガだなんて物騒なレッテルを貼られるだなんて。 (無意識に誘う、そんなのどうしようもないじゃないか……!)  目の前がぼやけてよく見えない。  皆の声も、遠くなっていく。 (なんで……なんでこんなことに…………)  絶望が口を開けて、誘い込んでくる。  頭の中は、なんで、その言葉だけがぐるぐると渦巻いて。 「っ、あのさぁ」  余りにも無慈悲な運命に打ちひしがれる悠希を見かねて口を開いたのは、葵だった。 「それで、悠希くんはこのまんま何の治療も受けられず、何かあったら隔離されるっての!?冗談じゃないよ!!」 (へっ!?)  珍しくものすごい剣幕で男らしく啖呵を切り斉昭を怒鳴りつける葵に、悠希はさっきまでの絶望すら忘れて「葵ちゃん、そんな声出せたんだ……」と思わず突っ込んでしまった。 「そりゃ、悠希くんのためだもん!」と言い切る葵がとても頼もしく見える。  そうか、葵はこんなにかっこよかったのか。ちょっとときめいてしまったじゃないか。 「第一さ、国はこの状態の悠希君を放置できるの?何かあったときに責任を取らないのは、この国の常套手段だけどさぁ」 「それもそうだな。いくら希少でも国の存亡に関わるような事態なら、あらかじめ準備はしているはずだ。違うか?」 「……鋭いな、流石はアルファと言ったところか」  葵の問いかけに、そのために俺はここに来たんだと斉昭は床に置いてあったアタッシュケースのロックを外した。  厳重なケースの中から出てきたのは、純白のチョーカーだ。 「白いチョーカー……」 「白って確か禁色だよね。番契約後のチョーカーの色は黒か白以外と決まっているし」 「ああ。世界共通で黒は未契約、白は政府管理下のオメガの証だからな。ちなみにこの国で白のチョーカーを付けているのは、5人に満たないとだけ教えておこう」 「政府、管理下……」 「当然だろう?一刻を揺るがすことができるオメガなんだ、君は」  これは国家機密だからと言いつつ、手袋をはめた斉昭はそっと白いチョーカーを取り出す。  見た目は一般的な専門店で売られているチョーカーと変わらない。ロックをしてしまえば継ぎ目も目立たず、刃物さえ通さない堅牢さと首の動きを妨げない柔軟性を兼ね備えた特殊な素材で作られ、オメガ本人の指紋認証と音声認証でのみ解錠できる代物だ。 「このチョーカーには『傾国のオメガ』のフェロモンに含まれるアルファ誘引物質の生成を抑制する効果がある。ゼロには出来ないが、実験結果によれば9割方は押さえられると言われている」 「ふぅん、内側に仕込み針があるね……薬剤かなにか?」 「いや、誘引物質を生成している組織がうなじにあってな。それを直接電気刺激で押さえ込む……心配せずとも痛みはない、痛みは、な」 「何か引っかかる言い方だな」 「ごほん……その効果は自分達で体感してくれ。話を続けるぞ」  このチョーカーを身につけることにより、悠希が無意識にアルファを誘うことはほぼ無くなると考えられている。  ただし、それはあくまでも無意識レベルの話だ。  万が一、悠希が現状に不満を覚え新たなアルファを意識的に望んでしまえば、こんな電気刺激ごときでは抑制なぞ到底不可能だ。  そうなれば、正悟達のように新たなアルファが誘引される可能性は飛躍的に上昇する。  つまり、と斉昭は悠希を見つめる。  その視線は明らかに悠希の存在への嫌悪感と、誘惑への恐怖を帯びていた。 「君たち3人で浅香君が満足できなくなった日、それが新たな犠牲者の増える日だ」 「っ、その言い方はないだろう!犠牲者だなんて」 「何を言う、君たちだって犠牲者だろう?丹村正吾、穴吹一華、上迫葵。君たちにだってこの世界のどこかに運命の番が居たはずだ。だが、彼に誘惑されうなじを噛んでしまった今、君たちは二度と運命とは番えない。……君たちと番えたかも知れない、運命のオメガも同様にな」 「…………!!」 (そうだ、それだ)  斉昭の辛辣な物言いに、はっと悠希は目を見開く。  説明を聞きながら、ショックではあったけど自分の体質が分かってホッとして、正悟達が生涯自分の側にいることが分かって安心して……けれど、ずっと何かが引っかかっていた。  その理由は、分かってみれば至極当然のこと。 (僕は、奪ってしまったんだ。正悟君の、一華さんの、葵ちゃんの、出会えたかも知れない運命を……!)  彼らにあったかも知れない、ただ一人の運命と番う幸せを踏みにじった事実に、どくんと心臓がひときわ大きく鼓動を打つ。  頭のてっぺんから何か冷たいものがさぁっと流れて、目の前が暗くなって……底知れぬ沼に心が沈んでいく。  希少だろうが、何だろうが、関係ない。  自分は彼らにとっては、まさに運命を書き換え歪ませてしまった忌むべき存在なのだ。  ……ぱたり、と涙が膝に落ちる。  大好きな人たちを歪めてしまった事実に、打ちのめされる。  気がつけば悠希は、3人に向かって謝罪の言葉を叫んでいた。 「……ごめんなさい……」 「悠希」 「ごめんなさい……ごめんなさいっ!僕は、僕は君たちを……君たちの運命を……ねじ曲げてしまった…………!!」 「……ばか」 「いっちゃん」  ったくもう!!と叫びながら、泣きじゃくる悠希の前に一華がしゃがみ込む。  そうして両手で頬を……挟むかと思ったら、その綺麗な指でぶにっとつまんで、思いっきり引っ張った。 「あんたは!どこまでお馬鹿なのよ!?」 「ひぐっ、いひかひゃんっ!?」 「確かに、あたしにも運命の番が居たかも知れない。いつか出会えたかも知れない。けどね!!あたしはあんたと先に出会った!そしてあんたの番になった!!」 「…………」 「運命の番だぁ!?知らないわよ、会ったことも無いオメガなんて!あたしはあんたこそが運命よ!そうあたしが決めたの、文句ある!?」 「…………ひぐっ、ひっく……ありまふぇん……」 「ならよし!」 「ふぎっ!」  パッと手を離されて、そのままパン!と両頬を挟まれて。  痛いよ、と文句を言おうとして、けれど悠希はその真剣な眼差しに言葉を失う。 (ああ、本気でこの人は、僕を運命だと認めてくれている) 「誰が何と言おうと、あんたはあたしの番よ!」 「……本当に、後悔しない?いやその、後悔してももう遅いんだけど……」 「後悔なんてするわけ無いだろう?来るかどうかも分からん未来に興味は無い。俺はお前が好きだし、お前こそが運命だと断言する。そしてこれ以上お前の運命を増やさせはしない」 「正悟君…………うん……うんっ……!」 「そうそう、僕は誘惑されて良かったって思ってるよ?だって、悠希くんは僕の性癖をまるごと受け入れてくれたじゃん。もうそれだけで悠希くんは運命の番だよ!」 「葵ちゃん…………いや、流石に夜の性癖は受け入れたわけじゃ……」 「ふぅん、もっと過激なのが良かったんだぁ悠希くんは」 「十分ですお腹いっぱいですありがとうございます!!!」 (無意識にやったことだ、でも……僕がやったことだ)  3人に対する罪悪感は消えない。  きっとこの気持ちが薄らぐには、まだまだ時間が掛かるだろう。  けれど、ねじ曲げられようが目の前の現実こそが運命だと、彼らは断言してくれた。  きっと彼らはこれからも、悠希を全力で甘やかし、鍛え、新たな世界への扉を開いていくだろう。  ……こんな罪悪感なんて、踏み潰してやると言わんばかりに。  それなら、己の真実を嘆くのは止めよう。  不安は尽きないけれど、僕はこれから彼らと共に……生涯を過ごすのだから。 (僕が選んだのが、君たちで本当によかった)  ……本当に、ありがとう。  涙混じりに呟く悠希に、3人は「それでいい」と優しい眼差しを向け、その華奢な身体をぎゅっと抱き締めるのだった。  ………… 「……すっかり嫌われてしまったな」 「そりゃそうだ。あんな目を悠希君に向ければね。彼らは深く愛し合っているんだから」 「……そうだな」  あの後「あんたはもう二度と悠希に近づかないで」「何かあれば柳先生に話すし、俺たちは全力で悠希を満足させる」「ボクたち以外のアルファなんて悠希くんには必要ないんだから!」と散々な台詞を斉昭に吐いて、彼らはアタッシュケースごとチョーカーを持って家へと帰っていった。  当然のように「ほら、悠希」と悠希をお姫様抱っこする正悟には少々呆れたが、全くこれだからガキは嫌いなんだと斉昭はぼやく。 「どう思う、慎一郎。これ以上犠牲者は増えないと思うか?」 「どうだろうね。……人の心は変わるものだよ。悠希君が満足できるだけの熱情を注ぎ続けられるかなんて、確証は持てない。そうあって欲しいとは思うけどね」 「そうだな。まぁせめて俺が担当のうちは面倒事は起こさないで欲しいものだ……あまり酷ければ、隔離という話にもなりかねん」  そう言えば、と柳は気になっていたことを斉昭に尋ねる。  あの、誘引物質生成を阻害する電極針のことだ。  何か副作用でもあるのかい?と問えば、斉昭はにやりと意地悪な笑いを浮かべた。  そうして事実を耳打ちをすれば「ちょっと、それは伝えた方が良かったんじゃ!?」と叫びながら柳は耳まで真っ赤になる。 「今頃阿鼻叫喚じゃないの、それ……いや、むしろ酒池肉林……?」 「ははっ、言い得て妙だな!なに、それこそ若い連中ならなんとかするだろう。……あそこまで啖呵を切ったんだからな、やって貰わねば国としても困るというものだ」 「斉昭……」 「これ以上の犠牲は出ないに越したことはない。番すら上書きするだなんて馬鹿なこと、起こされてたまるか」  とっとと帰るぞ、と踵を返す斉昭の後を追いながら、柳は心の中で問いかける。 (悠希君に誘惑されるのが怖かったのは、僕のためかい……?)  この関係に愛など一ミリも無い。  互いに最愛の人と最悪の形で別れを告げなければならなかった、その痛みはきっと生涯消えることはない。  それでも、番であることに変わりは無く。  同じ痛みを負ったもの同士、ただ寄り添う隣人として生きる関係は、実は柳が思っていたよりはビジネスライクでなかったのかも知れない。 (……今日は、久々に飲むかな)  冷蔵庫の在庫を思い浮かべつつ、柳は斉昭の車に乗り込むのだった。  …………  その頃、家に着いた4人は車座になっていた。  真剣な眼差しの先にあるのは、斉昭から渡された、悠希の新しいチョーカーだ。  家に帰れば直ぐに付けるように、そしてシャワーと性行の時以外は絶対に外さないようにと厳命されている。  ロックをかければ自動的に電極針がうなじに埋め込まれ、解錠すれば勝手に引っ込む親切設計なのだそうだ。  だが、問題はそこでは無い。  今彼らが真剣な眼差しなのは 「初めては、譲れない」 「そりゃこっちだって一緒!だからじゃんけんにしようって言ったんじゃ無いの!」 「いっちゃん、じゃんけん強いんだからそれはなし!もっと公平な方法にしてよ!!」  ……そう、誰が悠希に初めてのチョーカーを付けるかで揉めていたせいだった。 「そんな、チョーカーひとつに揉めなくたって」と悠希が窘めるも「あのな悠希、新しいチョーカーを付けるってのは婚約指輪を贈るようなもんなんだぞ」と何故か正悟にこんこんと説教されてしまう。  どうやらアルファにとって、番にチョーカーを贈るという行為は思った以上に大切なものらしい。  特に、自分で用意したチョーカーを贈ることが出来ない3人にとっては思い入れもひとしおなのだそうだ。 「あ、そういうことならいいものが」 「いいもの?」 「ちょっと待ってて、コンビニに行ってくる」 「そういうことなら俺が」 「だめ、公平にした方がいいでしょ?」 「ぬ……」  本当は万が一を考えてチョーカーを替える前に外出はさせたくないのだろう、正悟を説得して出かけること10分。  返ってきた悠希の手にはチューインガムが握られていた。 「なに、これ」 「あーやっぱり知らないか。これさ、3粒あるから好きなのを選んで」 「?ああ」 「で、せーので食べて」 「よく分かんないけどいいわよ」  じゃ、せーの!と声をかければ、3人はパクリとガムを口に入れる。 「ブドウ味のガムだね」「そうね、悠希これどういうことなの?」と首をかしげる3人の隣で 「すっっっっっ……ぱあぁぁぁっ!!!」 「あ、正悟君が当たりだ」  ロシアンルーレットガムの当たりを引いてしまった正悟は、どうやら酸っぱいものが相当苦手だったらしい。 「水、水をっ!!」と右往左往する正悟にコップとティッシュを渡せば、慌ててガムを吐き出して水を一気に飲み干した。 「悠希……これは酷いぞ……」 「あはは、ごめん。でもさ、これならくじとしては悪くないでしょ?酸っぱい思いをした人がチョーカーを付けられる、プラスマイナスゼロってことで」 「悠希、あんた最近日常でもあたしたちを振り回して楽しんでるでしょ……」 「ぎくぅ」  そうなのだ。  初めてのヒートを迎えて以来、恐らく斉昭の言う『傾国のオメガ』の本能が完全に覚醒してしまったのだろう。  ちょっとした日常で3人を振り回すのが、楽しくて……ゾクゾクしてたまらないのだ。  まぁ、悠希が喜ぶなら構わんがと正悟はまだ渋い顔をしつつ「だが夜は俺たちの好きにさせて貰うぞ」と念を押してチョーカーを手に取った。 「先に声紋と指紋の登録を」 「うん」  正悟に促され、悠希は声紋と指紋を登録する。  オメガのチョーカーはその目的上、成長に合わせて頻繁に交換するから慣れたものだ。 「変な感じだね、人にチョーカーを付けて貰うって」 「そうか、これまでは自分で着けていたしな」 「うん……」 (そうだ、もう僕はこれを自分で着けなくていいんだ)  誰とも番になることが出来ない事実は、正直ちょっと寂しく思う。  確かに番にならずとも、子供を産むことは可能だ。むしろ『傾国のオメガ』がとある国の王室に現れたときは、確実に優秀なアルファを産める救世主として崇められていたという。  けれど、番の持つ絶対的な繋がりと安心感を、悠希は生涯3人に与えられない。  彼らはこれから、悠希が3人以外のアルファを誘わずにいられるよう、全力で悠希を愛し抜く必要がある。  不安なんて、彼らが口にするはずがない。もしかしたら本当に不安なんて無いのかも知れない。  けれど、せめてこの純白のチョーカーに……永遠の愛を誓わせて欲しい。 「あのさ」 「ああ」  悠希はすぅ、とひとつ、大きな深呼吸をする。  高鳴る胸を落ち着け、彼らが大好きな満面の笑みで誓えるように。 「正悟君、一華さん、葵ちゃん。……僕は生涯、君たち3人だけを愛すると誓う」 「っ!!」 「君たちが歪められた運命でも自分の運命だと言ってくれるなら……それを許してくれるなら、僕も誓わせて」  僕の運命の番は、3人だけだと。 「あんた……何よ、なんでこんな時にいきなり格好付けてんのよ……!!」  ばか、といつも通り口の悪い一華の声は、涙混じりで。 「ああ。俺たちに任せておけ。他のアルファなんかに目を向ける暇が無いくらい、愛し抜いてやる」  正悟はいつも通り、爽やかに笑って。 「そうだよ、僕が他のアルファの忌避剤を開発するから、それまで待っててね!」  葵はやっぱり、発想が斜め上にすっ飛んでいる。 (そう、こんな3人だから、僕はきっと彼らを選んだんだ)  誘惑した、何て言葉は使いたくない。  これは僕の選択だ。僕という本能が、世界で最も優秀で愛するに値すると認めた3人なのだ。  ひんやりしたチョーカーが、首に回される。  端の端子をもう片方に差し込んで。 「……これで、俺たちは正式な番だ」 「うん……」 (普通のオメガにはなれなかったけど) (でも) (僕は、世界一幸せなオメガだと、胸を張れる)  ぱちん  ぐっと押し込み、ロックのかかる音がした途端、悠希の瞳から歓喜の涙が溢れ出た。

ともだちにシェアしよう!