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第59話 正直な答え

「ねえねえ、憂太くん、土曜日の夜予定ある?」 研究室に入ろうとドアノブに手をかけた瞬間、部屋の中から同じ研究室の女の子と話す声が聞こえてきた。 きっとこの声は長瀬さんだ。 「えっとー、土曜日の予定はないかな」 「あ、やった。憂太くん彼女いなかったよね?土曜日の夜、ご飯行かない?お酒でも飲みながら色々話そうよ」 ズキン、と身体に痛みが走った。 「(うわ、部屋…入れねえ…)」 憂太と付き合えて、憂太が過去と向き合えて、イメチェンして、かっこよくなって、嬉しいことしか起きてないはずだ。 なのに、片思いしている時のような気分になる。 「(こういうとき、彼女だったら勢いよく部屋に入ったりすんのかな…)」 さすがに「俺の彼氏にちょっかい出すな」なんて言って2人の間に割って入る勇気はない。 それでも、話し声を聞きたくてドアに耳を近づける。 「ありがとう。でも、僕、恋人がいるから行けないかな」 「(え?まじ?)」 ドアの前で静かに驚く。 憂太のことだから、適当な嘘をついて断るか、断りきれずに行くかのどっちかだろうと思った。 まさか、憂太が正直に「恋人がいるから」なんて一言を言って断るなんて思いもしなかった。 さっきまで感じていた悔しさとも、悲しさとも違うなにか形容し難い気分がすーっと薄れていく。 「正直に長瀬さんとご飯に行くって言っても、心配させるだろうし…せっかく誘ってくれたのに、ごめんね。大事にしたいんだ」 憂太がさらに堂々と行けない理由を続ける。 「(あーやばい。なにこれ…)」 鬱々とした気分が薄まるどころか、心をふわふわした羽で直で撫でられているような気分になってきた。 「え、彼女いたんだあ!どんな人?かわいい系?美人系?」 長瀬さんの返事を聞いて、一瞬で現実に引き戻される。 「(あ…男同士だし、さすがにはぐらかすしかない…よな…)」 感情がジェットコースターのように乱高下する。 「えっとね…かわいいか、美人かで言うと、うーん、かわいいかな」 しれっと答える憂太に、思わず吹き出しそうになった。 「(なんだよ、あいつ。しかも、俺相手にかわいいはないだろ)」 心の中でツッコミを入れながら、笑いが漏れないように口を押さえた。

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