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戀する痛み 9

* 悠貴さんが休んだ日から数日。 少しだけ悠貴さんの様子が変わった。 仕事はいつも通り完璧にこなして、部下の面倒もみて、患者様のケアも怠(おこた)っていないんだけど。 ちょっとした隙間時間にふとスマホを見ては、軽く溜息をつくようになった。 溜息をついて、文字を入力しているような仕草。 嬉しくなさそうに、迷惑そうに眉間にしわを寄せてスマホを見ている様子に、ボクはちらちらと視線を送っては、同じように溜息をついた。 今まで勤務時間中にほとんど私用でスマホを見ていなかった悠貴さんが、お休みした日からこの調子だった。 周りの看護師さんや部下の人達も、その変化を感じ取っていて、やっぱりお見合いしたんだと、そのお見合い相手と連絡取ってるんだと、噂をしている。 正直、ボクもそう思っている。 思っているけど、悠貴さんの『何でもない』『大丈夫』という言葉を信じたいから。 貴方の言葉を、信じてるから。 信じてるから、なるべく考えないようにしていた。 そんな悠貴さんの変化を横目で見ながら、直接話す機会がないまま数日が過ぎた頃。 珍しく悠貴さんが18時頃に仕事を終えて帰ってしまった。 少し浮かない顔をしながら、早々に帰って行ったと、外来の仕事を終えて戻ったボクは看護師さんから聞いた。 ボクには何も言わずに帰ってしまったことが、少しショックだった。 別に帰る時は必ず会ってから帰るとか、そんな約束をしているわけじゃないけど、ボクはなるべく悠貴さんに顔を見せてから帰るようにしていた。 だから、悠貴さんがいきなり帰ってしまったことが、ショックだった。 もっとも、悠貴さんがボクより先に帰ったのなんか、今日が初めてなんだけど。 勝手に期待して、勝手にショック受けて、勝手に落ち込んでる。 あーーー・・・ボクってものすんごい面倒くさい。 こんなんじゃダメだ。 夜勤でくる先輩のために、入院している患者様の電子カルテに伝達事項を入力するために、自分の机に座ってパソコンにログインした。 一生懸命文字を入力しているボクの後ろから、不意に声が降りかかってきた。 「なあ、最近部長の様子おかしくね?」 「え・・・?」 いきなり声をかけられてびっくりしながら振り返ると、悠貴さんの右腕とも言われている先輩が、後ろからボクの肩に腕で置いて、そのまま体重をかけてのしかかってくる。 一重の目を楽しそうに細めながら、ボクを揶揄(からか)うような口調で言う。 「仕事中にスマホ見てるし、なんかいそいそと連絡取ってるし。今日も珍しくこんな早い時間に帰ったし」 「はあ・・・」 「女かなー?」 「さあ・・・」 「なんか聞いてない?」 「いえ・・・何も・・・」 そう・・・何も。 何も、聞いていない。 何も、教えてくれない。 ボクには、何も、言ってくれない。 口が重いボクをつまんなく思ったのか、先輩は体を起こしてボクを解放する。 「なんだ、花織でも聞いてないのかー」 「え?」 「だって、お前部長に気に入られてるじゃん。だからなんか聞いてるかもって思ったのに」 「いや・・・別に、気に入られてるとかじゃ・・・」 周りの人にはそう見えるのか・・・。 付き合っているのはもちろん隠している。 隠しているけど、どうしても悠貴さんがボクに優しかったりするから、それを見ている周りの人はボクを『お気に入り』だと、思っているらしい。 『恋人』だなんて。 言えないもんね。 先輩は軽く肩を竦(すく)めて、 「絶対女だと思うんだよなー」 とぶつくさと独り言を言いながら自分の席に戻る。 その背中を見ながら、ぼんやりと思考を巡らせる。 女か・・・ボクもそう思う。 絶対に・・・お見合いした女性と会ってるんだろうと、思う。 一緒にご飯食べてるのかな・・・楽しくお喋(しゃべ)りして、お酒飲んだりして、その後は・・・? そ の 後 は みぞおちの所から、何だかすっぱいものがこみ上げてきた。 吐き出しそうになったものを、理性でねじ伏せて無理やり飲み下した。 もしかしたら、悠貴さんがその女性と・・・。 そんなことを思ってしまう自分が、嫌だった。 悠貴さんがそんなことをするわけがないと、信じたいのに。 信じきれない自分が。 大嫌いだ。

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