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戀する痛み 11

まるで俳優と女優の黄金カップルのようで。 あの二人に比べたら、ボクなんか、本当にただの一般人だ。 ボクなんかが、悠貴さんの隣にいるなんて・・・。 それ以上見ていられなくて、見ていたくなくて、ボクは踵(きびす)を返して降りてきた階段を駆け上がっていた。 悠貴さんに会いたいために渡った歩道橋を、悠貴さんから逃げるために走っていた。 あの二人の間に割って入っていく勇気なんかなかった。 とてもじゃないけど、こんなちんちくりんなんか無理。 来なきゃよかった。 見たくなかった。 あんな悠貴さんは知らない。 ボクの前では少し格好悪くて、たまに甘えたりしてきたり、意地悪したり、子供っぽいところがあるけど、あの女性の前では違った。 ボクには見せない、大人の男性の表情。 あの女性(ひと)にしか見せない顔。 ボクには見せてくれない。 ボクの知らない悠貴さんがいることが、嫌。 全部全部、知っていると思っていた。 思い込んでいた・・・思いたかった。 歩道橋の端までたどりついて、階段を一気に駆け下りる。 そのまま駅に向かって必死に走った。 逃げたかった。悠貴さんから。女性から。自分から。 頬が痛い。真冬の空気が冷たくて、冷たくて、痛くて仕方ない。 視界がぼやける。ぼやけてはクリアになる。 その度に、頬が痛い。 溢れてくる涙を拭(ぬぐ)うことも忘れて、必死に走った。 ボクだって・・・あんな女性に生まれたかった。 誰が見ても美人で、優雅で、綺麗で。 悠貴さんがあんな表情を見せるような、あんな女性に生まれたかった。 好きで男に生まれたわけじゃない・・・好きでこんな体に生まれたわけじゃない・・・。 勝てる訳がない。 ボクなんかが、こんなちんくしゃな男じゃ。 あんな完璧な女性(ひと)に、勝てる訳が無い。 ボクが成りたかった、女性そのもの。 何度も何十回も、憧れた存在(かたち)。 その人が、悠貴さんのお見合い相手。 ボクに何も言わずに会っていた。 お父様に言われて仕方なくお見合いしたと思っていたけど。 本当は違うのかも・・・本当は、真剣に結婚を考えているのかも。 だから、ボクには、何も言ってくれない。 でも、ボクも何も言えない。 悠貴さんを無理やり繋ぎ止める魅力もないし、そもそも男だし。 お父様にも別れるように言われてるし。 きっと・・・きっと、お母様も、ボクなんかじゃダメだって言うだろう・・・。 あの女性と結婚するように言うだろうな。 神様・・・さすがにちょっと意地悪すぎないですか? ボクは、何処まで自分を嫌いになればいいんですか? ボクはあと何回、諦めればいいですか? * 今日も今日とて。 ボクは悠貴さんと話せないまま仕事をこなしていた。 というよりも・・・悠貴さんと話しをしなくてもいいように、仕事に没頭していただけ。 何を話せばいいのかわからない。 きっと恨み言を言ってしまう・・・何でお見合いしたの?とかあの人が好きなの?とか、ボクを好きって言ったのは嘘だったの?とか、色々と面倒くさいことを言い出してしまいそうで。 こんな女々しい、面倒くさい人間だなんて、知らなかった。 ボクの知らない、知りたくもなかった、嫉妬深くて恨みがましくて、独占欲の塊で、醜(みにく)いひどく醜いこんなの。 知りたくなかった。 目を背(そむ)けたかった。 全ての現実から目を背けたかったから、ひたすら仕事に注力して、患者様に向き合っていた。 悠貴さんから、目を背けていた。 そうやって数日を過ごしていたら、何だか病院スタッフの看護師や他科の医師の態度が今までと少し違うことに気づいた。 いじめられてるとか意地悪されてるとか、怒鳴られるとか嫌がらせをされる訳ではないんだけど。 何だか、陰で噂されているような場面に遭遇(そうぐう)することが多くなった。 よくありがちな、ナースセンターの看護師さんに用事があって行ったら、それまで仲良く何かを話していた看護師さん達がボクの姿を見たら、急に話すのをやめたり。 用事を済ませてナースセンターを離れたら、ボクをちらちら見ながら小声で話し始めたり。 廊下ですれ違う時も耳打ちしてたり。 逆にこれまでそんなに親しくなかった看護師さんが、妙に積極的に話しかけてきたり。 他科の医師も全く同じ感じで。 よそよそしくされたり、妙に親しげに距離を縮めてきたりされて。 何がなんだかわからない。 まあ仕事に支障があるわけじゃないから良いけど。 さすがに人の命を預かっている仕事だから、情報共有やコミュニケーションが必要不可欠なので、そこを疎(おろそ)かにする人はいない。 仕事に問題はないけど、それ意外でひそひそ話しをされるのは、やっぱり気分が良くない。 今までもこんなこと良くあったな・・・こんな外見だから、同級生だけじゃなく、上級生にも下級生にも陰口叩かれたっけ。 その度に美影ちゃんがブチ切れて、その人達を色んな意味で潰して回ってたな。 いけない。本当にボクは美影ちゃんに頼りすぎ。 強くて綺麗で、優しくて格好良い美影ちゃんは、いつでもボクを守ってくれるヒーローだから、つい頼ろうとしてしまう。 もういい大人なんだし、仕事も全然も違うし、自分の問題は自分で解決しないと。 窓の外の木々もすっかり葉を落とした、もうすぐ12月になろうという頃。 そろそろインフルエンザ患者が急増してくるし、絶対に感染するわけにはいかないと、みんなが戦々恐々とする季節。 ボクは自分のデスクでいつも通り、業務終了後の日誌を書いていた。 毎日の業務報告と患者様のことで気づいたことや、改善点など色々感じたことを上長に報告するためのもの。 ボクの場合、上長が悠貴さんだからちょっと恥ずかしい気もあるけど、そこは仕事だからちゃんと割り切って書かないと。 悠貴さんも私情を挟まずに対応してくれているんだし。 慣れないパソコンの文字入力をしていると、いきなりドアが開いて元気な声が聞こえてきた。 「あれ〜?花織まだいたの?」

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