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戀する痛み 12

煌々(こうこう)と電気が点いた部屋の中、整然と並べられて机の中、ボクが一人でポツンと座っているのを見て、ボクより一つ上の先輩がかけているメガネをくいっと、上げながら言った。 キャラはチャラ男で、見た目も茶髪で緩いパーマかけて、ピアスも開けてて、悠貴さんほどじゃないけど端正な顔をしている。 合コンとかもしょっちゅう行ってるし、看護師をナンパしたりしているみたいだけど、見た目や言動ほどチャラくなく、仕事はしっかり細かい所まで気を配っているし、女性に対しても声はかけるけどそれ以上は本気の相手でないと進めないと言う、純情な真面目な男性。 最初の数ヶ月はノリが苦手で若干(じゃっかん)避けていたけれど、だんだんと真面目な部分が見えてきて、今では頼れる先輩になっている。 ボクの面倒もよく見てくれる。細かい所まで気がついてアドバイスしてくれるし、さりげなくフォローしてくれる。 ムードメーカーでもあるので、めちゃくちゃ忙しい時や、みんなが殺気立ってる時に、冗談を言って笑わせたりしてくれる。 その先輩が急に現れて、いつものように調子良い感じで笑って言うので、ボクはびっくりして、 「ふぇっ・・・?!・・・あ・・・はい」 と少し声が裏返った感じで返事をしてしまった。 先輩はもう白衣は脱いでいて、ネイビーのダウンコートを着ているので、これから帰るところを寄ってみたってことなのが伺えた。 先輩はドアを閉めると並んだ机の間を縫って、ボクの所まで来ると、ひょいとパソコンを覗いて、 「日誌書いてたのかー、こんなんちゃちゃっと終わらせちゃえよ」 「え・・・でも・・・部長にちゃんと報告しないと・・・」 「まあ、部長も細かいかんなー、オレなんかちゃんと書けって怒られるし」 軽く肩をすくめるのを見ながら、ボクはその様子を想像してしまって、思わずくすりと微笑(わら)ってしまった。 そんなボクを見ながら、先輩は体を起こすと腕を組んで、 「そういえば、なんかみんな噂してるんだけどさ」 「え?」 「花織ってゲイなの?」 「はぁああっ?!・・・ええぇぇ・・・」 想像もしていなかったいきなりの言葉に、ボクはびっくりしすぎて声を裏返しながら叫んでしまった。先輩はボクのその反応に逆にびっくりして、慌てて説明してくれた。 「いや、ここ最近いきなりそんな噂出てきてさ。まあ、花織って男にしとくのもったいないくらい可愛いから、気にしてないやつも多いし。中には過敏なやつもいるけど、この時代だから大半は気にしてないよ。別に大袈裟に騒ぐやつもいないから、気にしなくて大丈夫だよ」 「はぁ・・・」 「それに、かく言うオレは、バイセクシャルだしね」 「え?!そうなんですか?!」 いきなりのカミングアウトに驚いて声を上げてしまう。 なんか今日はびっくりしてばっかり。 先輩は端正な顔でにこやかに笑った。 その笑顔には後ろめたさとか、躊躇(ちゅうちょ)とか全く見えず、仄(ほの)かに自分に対する自信すら見えた気がした。 「美人さんなら男でも女でもOK。あ、だから残念ながら、可愛い系の花織はタイプじゃないんだけどね、ごめん」 「別にボクもタイプじゃないんで、大丈夫ですよ」 「だよねー」 先輩はからからと笑ってくれる。 拒絶しないでいてくれることが、嬉しかった。 家族以外には絶対に言えないことが、職場で広まってしまっていることに、衝撃を受けていたから、軽く流してくれていることにほっとした。 と同時にこんな話しができる人がいたことに、ひどく安心した。 「花織のタイプは、部長だろ?」 「ええええっっっっっ?!」 ほっとしたのも束(つか)の間、またしても衝撃的な言葉に声を上げてしまう。 先輩はふふんという感じで、妙なドヤ顔をしてニヤリと笑った。 「見てりゃわかるって。部長と話してる時とか、めっちゃ目がハートになってるし」 「え・・・嘘・・・」 「部長もまんざらじゃないのかなーって思ってたんだけど、なんかお見合いしたって聞いたから、オレの勘違いかなって」 「ああ・・・」 ボクが思わず先輩から視線をそらして、そのまま俯(うつむ)いてしまったので、先輩は慌てた様子で言い募(つの)った。 「お見合いしたって言っても、結婚するかはわからないし!オレは部長は花織のこと好きなんじゃないかって思ってるし!」 「はぁ・・・」 「まあ、そういう訳だから。日誌は適当に切り上げて早く帰れよ」 いきなり今までの会話を無視するように、日誌のことを持ち出すと、先輩はそそくさと帰って行ってしまった。 唐突(とうとつ)すぎて呆気にとられていたけれども、逆にその急に帰っちゃうところが面白くて、少し心が軽くなっているのがわかった。 先輩の言葉だけで推測したら、ボクが部長に片想いしている、ってことになっているみたいだし。 付き合っていることはバレていないみたいだから、まだ良かった。 もしも付き合ってるってことまでバレてたら、看護師さんとか、もっと露骨(ろこつ)に嫌がらせしてくるかもしれないから・・・傷は浅い、って感じ。 それにしても、こんな噂を流したのって、どう考えても理事長だよね。 ボクは思わず深い、長い溜息をついた。 ボクがゲイだって噂を流せば、ボクがいじめられたり無視されたり、ひどい目に遭うことで悠貴さんと別れるだろうと思ったのかも。 病院も辞めていくだろうと、思っていたんだろうな。 まあ多少は効果があったみたいだけど、さすがに今のこの時代じゃ、昔ほどの効果はない。 そういうことで差別をしてはいけないと、医療関係者は全員教育を受けている。 もちろんLGBTQだけじゃなく、宗教とか色んな精神疾患に関しても、学生時代に浅くても深くても一通り教えられて、差別なく医療提供するよう教育された。 理事長の時代はなかっただろうけど。 そういう性的マイノリティの人達が、迫害されて差別されてきた時代だったろうから。 その頃ならいざ知らず、現代ではやり方が古すぎて、効果はイマイチってところかな。 でも少しだけ落ち込む。 こんなことまでするほど、理事長はボクが嫌いなんだな・・・。 そこまで悠貴さんと別れさせたいのか・・・って、直接そう言われたっけ。 好きな人と一緒にいたいって、ただそれだけなのに、祝福してもらえないって。 「結構・・・しんどいんだな・・・」 ボクは先輩に言われた通りに、日誌を良い適度に仕上げてから、戸締りをして病院を後にした。 夜になって気温が下がり、刺すような空気に晒されている顔に痛みを感じながら、ボクは駅までの道を一人で歩いていた。 いつもと同じ道を、いつもと同じ一人で歩く。 いつもと同じなのに、何故か妙に淋しくなってしまった。 やっぱり、男が男の人を好きになるのって、拒絶されるんだな。 別に無理やり襲ったり、迫ったり、付け回したり、男女間の恋愛でもしないようなこと、しないのにね。 理解あるように見えた人でも、実際身近にいると気持ち悪いとか言ったりするし。 どこか遠い世界での出来事、だったら寛容(かんよう)な態度をしてみせるくせに。 友達がそうだってわかったとたん、掌(てのひら)を返す人もいる。 家族でも、そうなる人もいる。 ボクは、家族が受け入れてくれて、応援までしてくれているから、恵まれている。 ボクが幸せでいることが一番だって言って、笑ってくれる。 それだけでも、ボクは幸せだし、これ以上を望んじゃいけないんだろうな。 大好きな人に好きになってもらえて、家族にも祝福してもらえて。 職場にも恵まれて仕事もできるし、健康で元気だし、人並み以上の容姿に産んでもらえてるし。 これ以上を望むのは、おこがましいよね。 贅沢だよね。 わかっていても、それでも。 一つだけ。 望んでしまう。 理事長がボクのことを認めない理由。 悠貴さんに好きになってもらえても、残る不安の一欠片。 応援してくれる家族に対する、一抹(いちまつ)の後ろめたさ。 叫びたくなる、言えない怒り。 叶わない願い。 女の子に。 生まれたかったな。

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