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戀する痛み 20
でも根本的な性格なんて、そうそう変えられるはずもなく。
心の中に真っ黒な、小さな感情が埃みたいに、少しずつ積もっていく。
いつもは溜め込まないように、美影ちゃんと遊びに行ったり、悠貴さんに甘えたりして追い払っていたけれども。
今回のこれは・・・悠貴さんには言えないし・・・美影ちゃんには言いたくない。
自分で折り合いをつけなきゃいけないし、できれば悠貴さんとちゃんとお話しをしたいと思っている。
そんなことを考えながらカルテの記入を終えて、気づいた。
二人が医局を出てから30分以上経ってるけど、戻ってきていない。
一度気づいちゃうと、なんだかそわそわしてしまって、いつ帰ってくるのか・・・それとも二人で出かけたのか・・・、って色々気になって、気になって。
まだ残っている作業が手につかないし、先輩に話しかけられても上の空で返答をしていた。
そんな状態なのに、それなのにまだ帰ってこない。
もう40分になる・・・。
パソコンを見ては時計を見てドアを見て・・・パソコンを見ては時計を見てドアを見て・・・そんなことを何度も繰り返して。
ボクは思い切って立ち上がった。
いつまでもこんな調子じゃ、仕事にならないし、気になるし!
ダメだ!
立ち上がったボクは医局の人達全員の視線を集めてしまったが、それにすら構う余裕がなく。
そのままドアに向かって、廊下に出ると、二人がどこにいるのかなんてさっぱりわからないまま、適当に病院内を探して歩き始めた。
道ゆく顔見知りの看護師さんや医師に、悠貴さんを見なかったか確認して回る。
見かけた人が教えてくれる方向へ進みながら進んで行くと、悠貴さんがあの人を院内を案内して回っていたことがわかってきた。
普段はほとんど行かない婦人科や整形外科や小児科に行っているし、ナースステーションに寄って看護師さんと話しをしていたことがわかった。
一応大病院の娘さんらしいから、悠貴さんと結婚するつもりだから、病院の経営状態とか状況を調べているような感じがした。
悠貴さんもそれをわかっていて、ちゃんと案内してあげているみたい。
・・・・・・・・・・・・悠貴さんは・・・・・・・・・結婚するつもりなのかな・・・・・・?
ボクにはまだ何も言ってくれない。
断るとも、受けるとも、言ってくれていない。
今日の様子では断るつもりなのかなって思ったけど、こうして真面目に案内しているのは、もしかして・・・・・・って思ってしまう。
もしも、もしも、別れを切り出されたら、あの女性と結婚するって言われたら。
どうしよう・・・・・・・・・?
もう・・・・・・ボクを好きじゃないの・・・・・・?
また不安になってしまって、そんな泣きそうな心境のまま、病院の白い廊下を回って、ボクは職員用駐車場まで来てしまっていた。
目撃した人の示す方向を辿っていたら、ここまで来てしまっていた。
もしかしたら、悠貴さんの車でどこかに行くつもりなのかもしれない。
そんなことない、絶対に。
まだ仕事の時間中だし、きっと、きっと大丈夫。
そんなふうに自分に言い聞かせて、ボクは地下駐車場の冷気を感じながら、悠貴さんがいつも車を止めている方向へゆっくりと歩いて行った。
本当は走り出したいのに、もしも悠貴さんがあの人と一緒に行ってしまっていたら・・・そう思ったら、恐くて恐くて、思い足をひきずることしかできなかった。
ずるずると歩いて、白い息を吐きながら悠貴さんの車が見える角を曲がった所で、思わず足を止めた。
あの女性が悠貴さんの車の横に佇んでいるのが見えた。
さっきは気づかなかったけれども、今日は淡い黄色のロング丈のワンピースを着て、腰まで丈のある黒いコートをウエストの所で絞っていて、何も入らなさそうな小さな黒皮のハンドバックを手に持っている。
ボクにはさっぱりわからないけれども、きっと全身どこかのハイブランドな品物なんだろうな。
もしハイブランドの物じゃなくても、あの人は凛として、佇まいが美しいから、そういう風に見えるだろうなって、劣等感の塊が出てきた。
綺麗・・・きっと生まれてから一度も汚れたことなんかないんだろうな・・・醜い汚い感情を抱いたこともないんだろうな・・・そんな風に考えて、妬(ねた)んで嫉(そね)んで僻(ひが)んで・・・最低だ。
違うでしょ!もう、いっつもこんな風に考えちゃう・・・ダメダメ。今はそうじゃなくて、悠貴さんがどうするつもりなのか、そっちだから。
ボクは軽く頭を振って、雑念を追い払った。
肝心の悠貴さんは・・・っと。
視線を彷徨(さまよ)わせると、悠貴さんが車から少し離れた所で携帯電話で誰かと話しをしているのが見えた。
二人でどこかに出かけるつもりなの・・・?
いや、もしかしたら彼女を送り届けるつもりなのかも・・・。
ボクは見つからないように、駐車場の柱の陰を利用してそっと、こそこそと近づいて行く。
悠貴さんが話している内容を知りたい・・・!
そんな気持ちが勝ってしまったのか、うっかり柱から体をちょっと出してしまったら、ものすごい勢いで振り返った彼女と、ばっちり目が合ってしまった。
・・・・・・・・・・・・やばい!!!
ボクは咄嗟(とっさ)に体を引っ込めて、柱に背中を押し付けて、呼吸を小さく小さくする。
ドキドキと、心臓の音が鼓膜に響く。
別に・・・隠れる必要なんかないはずなのに・・・悠貴さんの恋人はボクで、あの人は親の言いなりになってお見合いをしただけの人なのに・・・。
なんで・・・なんでボクは隠れてるの・・・?
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