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第7話 僕の休日をすべてあげる

家主が帰ってくるまで特にすることもなく、おれはソファにだらりと寛ぎ、ストリーミングサービスのタイトル一覧を眺めたり、スマホを触ったりして過ごした。 初めて来た他人の家だというのに、自室のようにリラックスできてしまう。 店の延長線上にあるような慣れからくる感覚なのかと思ったが、もしかすれば『場所』という入れ物より、ヒューゴの傍にいることに慣れているからか。 さて、今日は土曜日だ。 このまま家でのんびりするのもいいし、遅くまでどこかに遊びに出るのもいい。今日も泊まっていけと言うのが本音ならば。 誰かと週末まるごとを過ごすなんて久しぶりだ。 そういえば、と独りつぶやき、あらためてスマホを取り出してMAPアプリを確認する。 店からタクシーで10分も掛かっていないようだったから、家からそう遠くないはずだ。マンションから現在地までを経路検索してみると、予想通りで自転車で20分少々と表示された。 次は自転車で来よう。 ジョギングに付きあって、あの美麗な完全体がヘトヘトになった姿を観てみたい。 どちらかと言えば一人でも楽しめるタイプであまり孤独を感じたことはないけれど、今ではもう、ヒューゴに会う前の自分が金曜の夜に何をして過ごしていたか思い出せないほどだ。 カチャリ、と鍵を開ける音がし、もう走り終えたのかと若干驚きつつも急いでドア前まで行く。 開くと同時に「おかえり」と出迎える。 「えっ?」 しかしドア越しに聞こえてきたのは女性の戸惑った声だった。 一瞬、嫌な考えが頭をよぎる。勘弁してくれ。早速かよ…… 「あっ!」 ドアを開けたのは、驚愕した顔の諒子さんだった。 「透くん!?」 諒子さんは玄関に突っ立ったまま呆然として、 「うそ……すごい」とつぶやく。すごいって何だ。 「あ……お邪魔してマス……」 おれは見知らぬ人でなかったことに心底安堵する。ヒューゴとの週末がなくなるんじゃないかと一瞬ゾッとしたんだ。 「ごめんね急に。ヒューゴに電話したら、入ってて良いって言うから」 とりあえず上がってもらう。俺んちじゃないけど。 諒子さんはキッチンへ持ってきた紙袋を置いて、「そうかぁ」と一人で何やら納得している。 俺がソファに座ると、諒子さんも隣に座る。 「お店、今日は休み?ヒューゴも休みだって言ってたけど」 「今日はアルバイトの人がいるから大丈夫」 そういえば平日のランチの話になったときに阿部ちゃんから聞いたな。おれは未だに話す機会がないが、一度帰り際らしいところをちらりと見かけたことがある。ヒューゴとは違う感じで顔立ちの整った若者だった。おそらく日本人ではないだろう。 「あ、そうだった」 諒子さんはスッと立ち上がりまたキッチンへ向かい、少ししてから戻ってくると、「はい」とカラフルなグラスをおれの前に置いてくれた。 「アイスアップルティ」 グラスの中にはびっしりと果物が入っている。 「これ、紅茶とアップルジュースとね、それにブドウとオレンジとブルーベリーを凍らせたのを氷の代わりに」 見た目も華やかで、みずみずしくて、見ているだけで喉が乾いてくる。 特別感があるな、これ。 「美味しい」 一口飲むと、ふわりと鼻から抜ける爽やかなりんごの香りがたまらない。 「よかった。透くんが気に入ったならもうヒューゴには聞かなくてもいいかも」諒子さんは笑い、「でもビックリした」と続けた。 「ごめん。おれが居るなんて思わないよね」 「私、嬉しいの。嬉しくてビックリした」 「なんで?」 フルーツをストローで突いて溶かすと、また違う風味になる。 「そうねえ、まず彼が誰かを家に置いて外出するなんて、ありえないから」 どういうことだ。 「ヒューゴね、家に他人を入れないのよ。たぶん私と、私の彼氏くらいじゃないかな」 じゃあ……恋人も家に呼ばないのだろうか。それとも、恋人以外で、という前提条件があるのかもしれない。 おれは尋ねたい気持ちをぐっと堪えた。 本人がいないところで、そんなこと知ってどうするんだ。本当に知りたいかどうかもわからないくせに。 「おれ、居てもいいのかな」 「当たり前じゃない。透くんがヒューゴと仲良くなってくれてよかった。本当に」 「そう?そう言ってもらえると、嬉しいけど……」 閉店後に店で飲ませてもらっている客なんて、おれが知る限るでは他に居ないし、平日のバータイムでもお構いなしで食事を出してくれる。傍から見れば『常連』の特権といえばそうなのかもしれない。でも、常連になる前から、10ヶ月前にはすでにこうだったわけで…… しかも今、その店のオーナーの家でおれは寛いでいて。あらためて、自分の置かれている状況の例外さを実感する。 「ねえ、透くん知ってる?たぶん最初にキミがお店に来た日なんだけど」 諒子さんもストローでアイスティの果物を小突く。シャクシャクと小気味良い音が涼しげだ。 「ヒューゴったら帰りに突然私の家に来たの。連絡も寄越さないで。そんなこと滅多に……もしかしたら初めてだったかも」 おれはなにか面白そうな話が聞けそうだと身を乗り出したが、そのときガチャリと玄関のドアが開いた。 「なんだよ」 今度こそヒューゴだろう。 「タイミング良すぎ」諒子さんはおかしげに笑った。 ヒューゴはTシャツを脱ぎながら部屋に入ってきて、おれのアイスティのグラスを引っ掴んでストローを使わずに飲んだ。 「あ、おれの……美味いやつ……」 「あとで作ってあげるからね。酒入りで」 ヒューゴはウィンクしてグラスをテーブルに戻す。やたら自然で、こういうところはひっくり返っても真似できねえなあと思う。 「名前、どうするの?」 諒子さんが自分のグラスを掲げてヒューゴに尋ねた。新メニューになるのか。 「トオル」 そう即答するヒューゴに諒子さんは目を大きく開いた。 「聞くまでもなかったわ」 「えっ、おれ!?」 「冗談だよ。名前は後で考える。来週から出そうか」 「決まりね。じゃ、私帰るね」 「もう?もっと話そうよ」 さっきの話の続きも聞きたいし、それに、おれは二人の間に流れている温かい空気を感じるのが好きだ。家族愛なんだろうけれど、同時に親友のような絆も見て取れる。 「ありがと透くん。でも、これからデートなの」 「どこ行くの?」 ヒューゴがバスルームの方へ向かいながら尋ねる。 「お家デート。あなたたちと一緒よ」 諒子さんはにっこり笑って帰って行った。 おれがヒューゴに顔を向けると、兄は外国人みたいに肩をすくめて見せただけで否定せず、そのままバスルームに消えてしまった。 諒子さんに誤解されたのならまずい。 おれが無理やり泊まりに来た経緯は知らないだろうが、なんだか、今していることは、傍から見れば、ヒューゴに連絡先を渡す客たちが望んでいることなんじゃないか? たまたま同性だから、友達のように扱ってくれているだけじゃないだろうか…… シャワーから出てきたヒューゴはそのまま寝室へ行き、着替えてくるとおもむろに車のキーを掴んだ。 「どこか行こうか。リクエストある?」 今すぐにでも出かける様子だ。 「おれ、来てよかったのかな」 ヒューゴは前髪の間から覗く目をキラリと光らせた。 「諒子が何か言ったのか?」 「いや……」 彼女は、おれとヒューゴが仲良くなって嬉しいと言ってくれていた。その言葉には真実の響きがあったし、諒子さんは嫌味を言うような人ではない。 「仲良くなって嬉しいって言ってたけど……。おれさ、昨日の夜に無理やり来たでしょ。迷惑じゃなかったのかなって、今さら」 「最初は僕が誘っただろ」 「それは、”今日”のことだろ。あの場で急にじゃなく」 「同じことだ。僕はずっと、金曜に透を連れて帰って来たかった」 そう言うとヒューゴは軽く髪を掻き上げ、車のキーを指先でも手遊びながら続けた。「ほら、行くぞ」 「あ、うん。……おれのマンションにも寄ってほしいかな。PC取りに」 二人して靴を履き、ヒューゴが支えてくれているドアから出る。 「仕事?」 「ってほどじゃないけど、仕上げたい資料があって。残業よりマシだろ」 「働くねぇ」 「ただの飲んだくれじゃないってこと」 胸の辺りに、ざわざわとしたこそばゆさが生まれて、建前上の会話でやり過ごすのが精一杯だ。 エレベータで地下の駐車場に降りると、すぐにヒューゴはロックを解除したようで目の前の青い車のヘッドライトが点滅する。 ヒューゴは助手席のドアを開けておれを促すと、すぐに運転席に回り込んだ。 部屋を出る際にも思ったが、面倒見が良いというか、エスコートが手慣れている。そりゃエレベーターのボタンホールドなんかはおれだってできる。でもそれはビジネスマナーだったり、もっと前なら部活の上下関係だったりと、おれがやってるのはいつも「見かけ」だけだ。 「SAABなんて、おれ見たの初めてかも」 「自分の車を輸送してきたんだ。日本はまだガソリン車に乗れてよかったよ」 「もう長いの?」 「そりゃあね。頑丈だけがとりえ」 「へえ。おまえみたいだな」 「どういうこと?」 車は年齢を感じさせることなく発進し、駐車場から道路へと続くスロープを上がる。ヒューゴの右手の動きで、はじめてマニュアル車だと気付いたほどスムースだ。 「健康だってこと」 事実、体調不良だと聞いた覚えが無い。 「他にもいいところはあるだろ。料理が上手いとか、いろいろ」 ヒューゴは助手席に座るおれを横目で一瞥する。この優しく責めるような視線がかわいらしく感じられて、好きだなと思う。 料理については、自画自賛するまでもなく事実めちゃくちゃに美味いものを作る。 それに運転も上手いようだ。正直、良いところなんてありすぎて挙げられない。 おれが感じるヒューゴの良さは、物質的なものを取りあげて表現できないんだよな。 声や顔が良いのは認めるし、料理も酒も美味いものを作り出す。 ただそれら全てを上回って、おれはヒューゴの持つ独特の寛大さや、纏わりつく優しい空気感や、周囲に与える居心地の良さを素敵だと思う。 そういうことを本人に向けて言葉にしてしまうと、まだチープになりそうで。 「他には……ちょっと思いつかないなぁ」 「はは、じゃあもっと頑張るよ」 ヒューゴは楽しげに笑った。おれのからかいに乗ってくれたようだ。 昨夜は深夜で周辺景色がほとんど見えていなかったが、どうやらマンションは高台の住宅地にあるようで、車はなだらかな坂道を下って街の方へ進む。 外は快晴で、年々、梅雨が梅雨らしくなくなってきているのも気のせいじゃないかも。 車の中で行き先を尋ねると、巨大モールの名前が返ってきた。 でも、土曜は地獄のように混んでいそう。ヒューゴ目立つだろうし。 と、思いながら運転席を見てギョッとした。 「髪……、結んでない?」 「もしかして今気づいた?」 「うん」 「トール君、もっと人に興味持ったほうがいいんじゃ……?」 これは絶対にすごく目立つ。あんまりカッコイイのも手放して喜べないよなあ。 モールの駐車場は想像通りの混雑で、おれは駐車位置の目印がある柱を携帯で撮った。 ヒューゴはそれを見て笑う。いやいや、忘れるんだって。 館内へと続くエレベーターに乗り込む。 「おでかけデートだね」とおれがふざけて言うと、「それでは遠慮なく」という返事が返ってくるやいなや、手が強く握られた。 それから、おれはこの大きい外国人に手を引かれるままに店内を連れられ、振りほどこうにも握力が叶わず、ガッチリと繋がれたまま歩くはめになった。 そんなおれたちを追い抜いてからわざわざ振り返る人も何人かいて。 もういたたまれなくなってきた頃に目的の店に着いたらしく、そこでようやく手を離してくれる。 「ヒューゴよ」 「ん?」 「覚えてろよ」 「はは、あとでアイスクリーム買ってあげるからね?」 子供じゃねーよ。 ヒューゴはこの店だけで全て揃えるつもりらしく、日用品や下着やらをどんどんカゴに入れていく。 「ずいぶん買うね」 「これ全部、透の」 「はあ?」 素っ頓狂な声をあげたおれに、「毎週泊まりに来るでしょ」と当然のように言う。 「ちょっとまって。本気で言ってる?」 おれは、商品をかごに入れるヒューゴの腕を掴んで制止し、顔を覗き込んだ。 「あのね。おいで、透」 ヒューゴは買い物かごをそのまま床に置くと、おれを併設されているカフェの方へ連れて行って座らせた。 注文したアイスコーヒーが運ばれてくると、それまで無言だったヒューゴが口を開く。 「場所が場所だし、今はこれしか言わない。よく聞いて」 少し怖いとも取れる真面目な顔でジッとおれの目を見ながら、低く落ち着いた声で言った。 「僕は、透と過ごす時間を作る。強引と思われても構わないと決めたんだ。会えない時はいつでもそう言ってくれていい」 お互いのグラスから水滴が落ちる。 じっとおれを見ている青い瞳はいつもより光りを湛えていて、こんな真摯な視線から目をそらすことは到底考えられなかった。 会う時間を作るってことは、会いたいと思ってくれているんだよな。 おれだって、ヒューゴとこれから更に親交を深めていきたい。もう常連客ではなくて友人として。 「わかった。これから週末は、ヒューゴの家で過ごす。お前も来てほしくない日はちゃんと言えよ。—— 戻るぞ」 おれはアイスコーヒーを飲み干して席を立った。 ヒューゴは髪をかき上げ、そのまま少し考えるように頭上で手を止めると「強引すぎたか」とおれを見上げた。 「いや、嬉しいよ」 再びきちんとヒューゴの目を見つめ、思ったままに返した。柔らかい笑顔が返ってきて、胸の辺りで何かが弾け、それは温かくじんわりと身体に染みてくる。 おれはなぜか、この瞬間を、たぶん一生忘れないだろうなと思った。 おれたちは買い物を終えるとすぐ駐車場へ向かった。ヒューゴもおれと同じく、モールの騒々しい人混みは好きじゃないようだった。 ヒューゴは車を停めた場所をちゃんと覚えていて、携帯の画像は削除行きとなった。 モールからおれのマンションに向かう道すがら、目に入ってくる景色はすべて目新しい。開発による変化もあるだろうけれど、中高校時代のおれは本当に部活しかしてなかったんだなと今更ながら残念に思う。あの頃は棒高跳びが生活の中心で、外の世界のことなんて眼中になかった。時間的にも余裕が無かったのもあるが。 マンションに到着すると、おれはとりあえず明日の着替えと会社PCを持って急ぎ階下へ降りて行く。 ヒューゴはエントランス前に横付けた車に寄りかかって立っていた。風に髪がなびくままにさせている。離れて見ても、いい男だなと思う。 おれが近寄るとすぐに助手側のドアを開けて、「じゃ、アイスクリーム食べに行こうか」と弾んだ調子で言う。 てっきり冗談かと思っていたが本気だったのか。 特に甘いものを食べる習慣はないけれど、蒸し暑い日のアイスクリームは大歓迎だ。 「少し、海の方へ行く」 と、ヒューゴは思い当たる店があるようだ。こいつが連れて行ってくれるのなら味はまず間違いないだろう。 車窓から通る風が気持ちよく、今日はこのままドライブがいいかなと思う。 「風が気持ちいい」と思ったままに言うと、「暑くない?」と気遣ってくれる。 「暑くはないけど……」 答えながらレジスターに手をかざすと弱冷風が当たった。それを見て、運転席のヒューゴが困ったように肩をすくめる。 「これ以上冷たい風が出ないんだ。だから、夏は地獄」 「マジか」 「車、買い換えようかなぁ。毎年どんどん気温が上がっている気がする。ドライブする機会が増えるなら……」 「自転車はどう?涼しいよ?」おれは自分で言いながらも(直射日光がジリジリ熱いけどね)と黙って反論した。 「それはそれで、近々買うつもりだ。選んでくれる?」 「喜んで!ホームセンターの自転車売場でもいいし、どこでもいいよ。ヒューゴの身長なら、取り寄せになる可能性があるから早い方が……明日はどう?」 「本当に好きなんだな」 はしゃぐおれを見てヒューゴは笑った。 サイクリングロードをのんびり流すのも、テントを持っての遠征も、きっと楽しい。 海沿いの街道をしばらく進むとちょっとした駐車スペースになっている車寄せで停車した。 「着いたよ」 との掛け声に窓から反対車線の歩道側を覗くと、小さな小屋が建っている。 「ジェラトリア……?」 書いてある横文字を子供みたいに声に出して読んでしまった。 「そう。ここは春から夏の週末だけしか開いていないんだ」 往来に気をつけながらドアを開け、小走りで店内へ向かった。こんな小さな店、よく知ってるなと感心する。 店内には8種類のジェラートがあって、そのうち半分はバニラやチョコレートなどよく知るものだったが、残りは全て野菜の名前が書いてあった。 「トマト、オレンジ……、あとヤギミルクとチョコレートにします」 ヒューゴが手早くオーダーすると、「はいよ。こちら試食ね」と店主らしいおじさんが、スプーンで2つ別々のジェラートをすくって差し出してきた。 「こっちがバラで、こっちがキウイ」 「バラ?」 受け取りながらつい呟く。花のジェラートなんてあるのか。 「知り合いがバラのハウス栽培をしていて、試作品ですけどまあどうぞ」 口に入れると、ハッと息を呑むほど豊かで上品な香りが鼻腔に流れてくる。 「どう?」 キウイの方を食べたヒューゴが聞いてくる。 「美味い。でも少しでいいかな」 本音を言ってしまい、やや慌てる。「あ、すみません、悪い意味じゃ……」 「いいよいいよ、お兄さんの言う通り。これは香りが強すぎて一口で十分。それ以上は気持ち悪くなっちゃう」 そう言いながら、おじさんは手際よくカップにジェラートを詰めてくれた。 カップを2つ受け取ると、ヒューゴは店外へ出て、日陰に置いてあるガーデンベンチに座るやいなや、「あとカプチーノ2つください」と思い出したように声を掛ける。中から「はいよ!」と威勢のいい声。八百屋か魚屋を思わせるような。 「おすすめは断然、トマト」 ヒューゴはうっすら赤みがかったジェラートを指差した。 「とりあえず全部シェアしよう。いい?」 「もちろん」 おれはまずヤギミルクを試してみた。あっさりしていて優しい味だ。まあ想像通り。 次に、ヒューゴのおすすめのトマト。 「!!!」 透明なトマト味とでも言えばいいのか、さっぱりした甘さの次にトマトの風味がちゃんとくるのが堪らない。 「これは美味いよ、ヒューゴ」 ヒューゴは運ばれてきたカプチーノにさっそく手を伸ばしながら、目だけで(だろ?)と応答した。 すぐに4種類とも食べ終わり、カプチーノのカップもそろそろ空きそうな頃にヒューゴは店内へ戻った。 店のおじさんと楽しげに話す声が聞こえていたが、すぐに両手にカップを持って戻ってきた。 「残りの4種類、とトマトのおかわり」 ジェラートで2ラウンドなんてしたことないが、大歓迎だ。 「ナス、キウイ、ホワイトチョコレート、ラムレーズン。毎週同じものがあるわけじゃないんだ。あるときに全部食べておかないと後悔することになる」 ヒューゴは全てのカップをテーブルの中央において、「トマトは全部食べていいよ」と譲ってくれた。 「さすが、美味いもの知ってるなあ」 全て甘さ控えめなのに味は濃厚、野菜も果物もフレーバーがガツンと来る。 「連れて来た甲斐があるよ。小林さんっていうんだけど、うちのデザートも作って貰っているんだ」 「あ、そうなの?ヒューゴか諒子さんが焼いてるのかと思った」 「ぼくら凝ったものは作れないから。小林さんはイタリアのレストランで長年デザートを担当していたんだ。納得の味でしょ」 「すごい人がいるもんだなぁ。こんな海辺に」 すると「道楽ですよ」と言いながら小林さんはビール瓶を片手に店から出てきた。 「あっちは定年が早いから、帰国して今は釣りとサーフィン三昧。ヒューゴをサーフィンに誘ってるんだけどね、お兄さんもどう?」 なるほど言われてみれば、仕草のこなれ感が日本人と少し違う。ちょいワルおやじってこういうタイプを指すのかな。 「釣りなら付き合いますって」とヒューゴが澄まし顔で返答する。 「それじゃナンパできねえっつうのに、いつも断りやがる」 ヒューゴは小林さんを親指で指しながら「動機が不純だろ?」とおれに向かって言った。 「全部こいつに持っていかれますよ」 今度はおれがヒューゴを親指で指して小林さんに忠告した。 「そりゃそうだ!」 小林さんは日焼けした顔をクシャクシャにして大声で笑った。

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