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第3話

両脇に手を入れられて立たされると、別の男が正面からてきぱきとシャツのボタンをはずしていく。 「なにをするんだ!」  初めて志乃は、抗議の声を上げた。借金のかたに働く覚悟はできていても、こんな扱いを受けるいわれはない。  だが男たちは聞こえていないかのように、黙々と手を動かして志乃の服を剥いでいく。  債権者二人は座ったまま好奇の目で見物し、夕凪は一歩下がってだるそうに、左手で自分の肩を揉み、首を回している。右肩に寄せて束ねられた長い髪が、ゆらりと揺れた。 「離せ、離せ、なんのつもりだ!」  数人の大男たちにかかっては、些細な抵抗などなんの役にもたたない。  あっという間に志乃は男たちの前で下着まで脱がされ、羽交い絞めにされて素肌を晒し、屈辱に震えていた。  夕凪は懐から煙管入れの筒と、それに繋がっている刻み煙草の入れ物を取り出す。筒から出された煙管は火皿と吸い口の金属部分に、美しい細工が施されていた。  その先端で志乃の首筋から鎖骨をゆっくりとなぞる。冷たさに、志乃の身体がびくりと跳ねた。 「ふうん、筋肉が柔らかで骨が細い。いいぞ、こういうのは二十歳を過ぎてもいかつくならねぇ。体毛も薄いし、肌艶もいい」  夕凪の片方だけの目が、志乃の上から下までをゆっくりと観察する。それからおもむろに、半纏の男に言った。 「よし、算盤と小切手帳、持ってこい」  債権者二人がその言葉に、あからさまな喜びの表情を浮かべる。  志乃はまだ事態が把握できずに、裸のまま恐ろしさと怒りでどうにかなってしまいそうだった。  夕凪はそんな志乃にはお構いなく、算盤でいくらかの金額を債権者に提示し、価格の相談を始める。せめて服を着たいのに夕凪が指示を出さないためか、半纏の男たちはまだ志乃を羽交い絞めにしたままだ。  すると、障子越しに低い声がかけられる。 「夕凪さん。お客様がお見えになっておりやすが」  夕凪はそちらを見もせずに答えた。 「俺ぁ今、商い中だ。待たせとけ」 「しかし……」  失礼いたしやす、と障子を開けて入ってきた、やはり半纏姿の男に何事か耳打ちされると、夕凪の表情が変わる。 「……それじゃ仕方ねぇな」  楽しい遊びを邪魔された子供のように、舌打ちをして腰を上げた。 「ちっとばかり席をはずさせてもらう。……そら、もう服は着ていいぞ」  脱がされた服を志乃を捕まえている男に渡し、夕凪は渋々と廊下に出て行く。  急いで下着を身に着け、シャツを羽織りながら、志乃はこの状況がどういうことなのか把握しようと頭を巡らせるが、どうにも理解できずに途方にくれる。  三年前、大会社を経営する志乃の父親が倒れた。 すぐに長期入院の必要に迫られ、病状は一進一退を繰り返している。後継には、以前から決まっていた通り、志乃の叔父が就任した。しかし叔父にはやる気と野望は充分にあったようなのだが、あまり商才がなかったらしい。 経営は悪化の一途をたどり、それを取り繕おうと余計な事業にも手を出してさらに収拾がつかなくなったようだ。 先週になって事業は完全に破綻し、叔父は一家ともども行方が知れない。漠然と経営状態が思わしくないような噂は耳にしていたものの、そこで志乃は初めて、大名の末裔である藤条の家が、ずっと以前から火の車であったことを知る。  借金に借金を重ねてとうに自宅は抵当に入っており、数日前には幼いころ亡くなった母の遺品にも、愛着がある志乃の部屋のすべての家具にも差し押さえを示す赤い紙がべたべたと貼られてしまった。  けれど利息の膨らんだ借金は、藤条家の資財を売り払っただけではとても足りない。  だから志乃はいまだ入院している父のためにも、なんとか借金を返済しつつ治療費も稼がなくてはならなかった。

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