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第4話

 ここがなんの店なのかは、志乃にはわからない。  かすかに油の匂いもしてくるので、外観と合わせて考えると料亭か旅館かもしれない。いずれにしても自分が労働力として買い取られ、その金を債権者が分けるのだろうとい うことだけは見当がついていた。  しかし、雇われるからといってなぜこんな仕打ちを受けているのか。どういう理由で裸にされて検分されたのか。 まさか、牛や豚のように身体を切り売りされるのだろうかと不気味な想像をしてしまう。  そんな志乃の不安でたまらない気持ちとは対照的に、しばらくして戻ってきた夕凪は、口元に薄く笑みを浮かべていた。 「商いがぎりぎり間に合ってなによりだ。あと少し遅けりゃ、俺もあんたたちも儲け損なっていたところだったな」  二人の債権者は、どういうことだろうかと顔を見合わせている。もちろん、志乃にも意味はわからない。  そして夕凪は、さらに不可解なことを言い出した。 「さてせっかく脱いだもんを着た後だが、もう一度脱いでもらわにゃならねぇ。お前ら、この華族さんのご子息を風呂に入れてから、松韻の端の部屋につれてこい。丁重に扱えよ」  志乃の混乱に拍車がかかる。どうして今、風呂なのだろう。  けれど、男たちは容赦がない。再び衣類を剥ぎ取られ、五人がかりで志乃は風呂場に運ばれた。それから力任せに湯を被され糠袋で身体を洗われる。  他にも何人か風呂には人がいるようだったが、ほとんど志乃の目には入らない。  男たちを罵り続け暴れ続けて、口にも鼻にも湯が入ってむせ、疲労と緊張と腹立ちで貧血を起こしかけていた。  湯から上がると廊下の北東の一番端にある部屋へ、手拭いで身体を拭かれながら、引き立てられるようにして連れていかれる。  襖を開けると高価そうな家具の並ぶ薄暗い部屋の中、夕凪が壁に寄りかかって立っていた。手には緋色の布を手にしていて、志乃のむき出しの肩にそれがかけられる。 「なんだよこれは! 俺の服をどこへやった!」  志乃の問いには答えずに、夕凪はてきぱきと手を動かす。 「商いは成立した。借金取りのやつら、小躍りして帰ったぜ。お前は正式にここの商品になったってことだ」 「……商品……」 「まだわかんねぇのか。まぁ、深窓の伯爵子息様じゃあ、陰間茶屋も知らねぇだろうしなぁ。男ばかりの遊郭があるなんてのは理解の外か」  陰間。男ばかりの遊郭。  まったく意味がわからないわけではない。なんとなくは噂に聞いたことがある。それではまさか、この状況は。 「この廓は、紅天楼(こうてんろう)ってんだ。覚えとけ」  ───紅天楼。  その名はまるで囚人を縛りつける焼印のように、痛みを伴って胸に刻まれる。  そして勝手に着せつけられた緋襦袢を、志乃は呆然と見下ろした。 「俺に……ゆ、遊女のようなことをしろ、ということか?」 「ようなじゃなくて、そのものだ。ここじゃ、色子ってんだけどな。……おい、暴れられるとめんどうだ、手は後ろで縛っとけ」  冗談ではない、ともがき出した志乃の両腕は、男たちの一人が取り出した細い麻紐で簡単に縛り上げられた。 「源氏名は、そうだな」  抗うせいですぐに乱れかける緋襦袢の前をきちんと合わせながら、夕凪はちら、と廊下のガラス窓の外を見る。  灰色の空からは、ひらひらと雪が舞い落ちてきていた。 「……銀花(ぎんか)でいいだろう。年は十八歳ってことにしとけ。ここが今日からお前の部屋になる。よかったな、最初っから上客がついたおかげで、お前は早速部屋持ちの身分だ」 「部屋なんかいらない! これを解け!」  喚く志乃に夕凪は抑揚のない声で、静かに告げる。 「……喚くな。ガキの喧嘩じゃねぇんだぞ。お前は借金の形に売られた。買ったこっちにしてみりゃ、その金額分は働いてもらわにゃならねぇだけだ。わかったら、あきらめろ」  きっぱり言われて、志乃はぐっと言葉に詰まる。  自分が借金の形だと理屈ではわかっているが、まさか廓に売られるなどとは想像もしていなかった。本人に一言の断りもなくあまりに勝手ではないか。  しかし債権者だって貸した金を少しでも多く取り戻したいのだろうし、といって父親を恨む気にもなれない。 いかに理不尽と憤っても、あきらめるしか手はないのだろうか。  志乃がなにも言い返せずに立ち尽くしていると、観念したと思ったらしい。夕凪が次の間へ続くらしい襖越しに声をかけた。 「お待たせいたしやした」  すらりと開けられた部屋の様相に、志乃は息を飲む。  十畳ほどの和室の真ん中に、入道雲のように大きく分厚い、深紅の絹布団が敷かれていたからだ。  しかもそれは一枚だけでも普通の布団数枚分の分厚さがあるというのに、三枚も重ねてあった。ずり落ちさせない工夫なのか、布団の四隅の端につけられた房紐で括り合わせられていて、側にある紅い絹張りの肘掛け椅子と同じほどの高さがある。  だが、驚愕した理由はそれだけではなかった。

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