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第10話
薄く開いた瞳に、最初に飛びこんできたのは赤い格子で飾られた天井だった。
そしてそこから乳白色の楕円形のガラスに、真鍮の細工と房飾りのついた洋灯がぶら下がっている。
柱と同じように黒塗りの格子がはめられた障子窓は、わずかにぼうっと明るい。
しばらく志乃はここがどこなのか、なぜここに自分が寝ているのかまったくわからずにぼんやりしていた。
だがやがてゆっくりと昨日あった様々な出来事を思い出し、深い絶望感に沈む。
もう永久に目が覚めることなどなく、このまま眠っていたかった。
分厚く大きな深紅の絹布団に寝ているのは自分一人だ。秋成は帰ったらしい。
世が世なら、一国一城の主であった身だ。
それがこんな辱めを受け、女のような緋襦袢を着、遊女の真似事をして生きるなど、先祖に対して申し訳がなさすぎる。
しかも相手は、昔とはいえ誰よりも信頼していた秋成だ。
叔父から事情を聞き恨んでいたとはいえ、もしも心から許しを願ってきたら、すべて水に流して以前のように親しくなれるかもしれないという一縷の望みさえも、昨晩のことで消え去った。
もう自分に対し、好意の欠片さえ持たれていなかったとは。
身体と同時に心を引き裂かれて、きりきりと志乃の胸は痛んだ。
自分を罵った秋成の表情や言葉を思い出すと、悔しくて悲しくて涙が滲んでくる。
このままここで生き地獄を味わうくらいならいっそ、いやそれでは国領へ復讐ができなくなる、と考えたとき、すうっと障子が開けられた。
秋成か夕凪だと思い、はっと身構えた志乃だったが、遠慮がちに入ってきた姿は思いもかけない愛らしいものだった。
「あ、ごめんね、いきなり開けてしまって。まだ眠ってると思ったから」
年齢はほとんど志乃と同じか、少し下くらいだろうか。
それは花びらの散る柑子色の着長に、淡い鶯色の羽織を着た、くりくりと大きな目をした少年だった。
唇がふっくらとして小さく、童女のように可愛らしい。艶のある黒髪を後頭部の高い部分で束ね、緑色の元結でくくっている。
「銀花って名前を貰ったんでしょう。俺は里雪 。隣に部屋を貰っているから、いろいろ教えるようにって、夕凪さんに世話役を仰せつかったから」
里雪はにこにこしながら近寄って、枕元にすいと座った。
「ここにきてすぐの昨晩が水揚げだったんだって? 大変だったね。身体が辛いなら、薬を持ってきたから。それと、なにか食べられそうなら食べたほうがいいし……お風呂は?」
「……うるさい。放っておいてくれ」
もともとあまり愛想がよいわけではない上に、今の志乃は十七年間の生涯の中で一番といっていいほどに傷つき打ちのめされていた。
機嫌が悪いなどという、生易しいものではない。
「でも、俺の仕事だから。まだ眠りたいならそれでもいいけど、なにかして欲しいことがあったらなんでも言って」
「お前、お節介だな」
手負いの獣のように誰彼構わず噛みつきたい気分だったのだが、それでも里雪は柔らかく笑っている。
「うん、俺、弟も妹も多いから。それに俺だって最初は辛かったから、他人事には思えないんだよ」
その優しい言葉にさえむっとして、志乃は起き上がろうとした。
「お前になにがわかるんだ。俺は……」
動いた途端、身体のあちこちに痛みが走る。
さらに眉間をきつく寄せた志乃は、自分は華族であり、大名の血筋なのだぞと言いかけ、里雪の澄んだ瞳を見て口をつぐんだ。
すでに藤条家は絶えて消えたも同然であり、気遣ってくれている相手に対し、なくした過去を鼻にかけるなど最低の人間のすることではないか。
貧すれば鈍するというのは、こういうことかと志乃は思う。
どんなに貧しくとも立派な心がけの者は多いはずなのに、自分のように心弱い者は容易に醜く落ちていくのだろうか。
志乃は自己嫌悪に顔を歪めて押し黙ったが里雪は気にした様子もなく、袂からガラスの小瓶を取り出した。
「とにかく、初めてだったなら痛むと思う。ここではみんな使ってる傷薬で、とてもよく効くんだけど……塗らせてくれる?」
「え?……塗る、って……あ、いや、いい。自分でする」
どこに使う薬なのかがわかって慌てて断るが、里雪は可愛らしい顔をして、志乃が耳を塞ぎたくなるようなことを言う。
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