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第11話

「恥ずかしがらないで。昨日も始末は俺がしたんだ。ほとんど、お客さんが綺麗にしてくれてはいたけどね……お客さんがそこまでしてくれることは、あまりないんだよ。だから今朝はもう、あまり辛くないと思うけど」  始末。言われてみれば、確かに身体は汚れていない。緋襦袢もきちんと着せられている。  秋成に陵辱された身体を、里雪が清めてくれたのだと気づいて志乃は顔から火が出るような思いがした。 「ついでに絹の緋襦袢は仕事用だから、木綿の普段用のものと着替えさせてあげる。少しなら、身体を動かせる?」 「だから、自分でするって……」  頑なに志乃は、手を借りることを拒んだ。そしてふと、それより別に頼みたいことがあると思いつく。 「なぁ、それより俺がここに着てきた服や、持ってた荷物はどうなったか知ってるか?」 「ああ、それなら保管庫にあると思う。放っておいても年季明けに返してくれると思うけど……今必要なら刃物とか阿片とか、物騒なもの以外なら持ってきてくれるよ」  捨てられてはいなかったのだ、と志乃はほっとする。  この悪夢のような状況で、せめて懐かしい品々で気持ちを慰めたい。 「安心した? 後で若い衆さんに言っておくからね。じゃあ、薬、塗らせてね」  布団をはごうとする里雪の手を、慌てて志乃はつかんで止める。 「いいって! 余計なことするなよ!」 必死に抗うが、ひたすら穏やかな里雪の表情を見ていると、一人で怒ったり恥じらったりしている自分のほうがおかしいのではと思えてくる。  里雪はそんな志乃の心の内を、見透かしているかのようだった。 「──ここはね。外の世界とは感じかたもなにもかも、違う世界なんだ」  里雪は遠い目をして、透き通るような寂しげな口調で告げる。 「銀花はもう、俺と同じで浮世の人間じゃないから、こんなことで恥ずかしがったりしなくていいんだよ」  志乃は、なんだかまるで黄泉の国からの声を聞いているような気がして、可愛らしい里雪が少しだけ恐ろしく思えた。  手際よく治療を終えると里雪は手を貸して志乃の上半身を起こし、熱いお茶を淹れた湯呑み茶碗を、布団の傍らの高足膳に置いてくれる。 身体を気遣い志乃は座らせたまま、隣室の襖を開け放って箪笥から幾枚かの着物を取り出し、こちらに見せた。 「こっちの部屋は、読書をしたり食事をしたり普段の生活をする場所なんだ。ここに普段着が入っているから、どれでも好きなのを着ていいんだよ」  そんなことを言われても、と志乃は眉間に皺を寄せる。 子供の時分は和装もしたのだが、ほとんど使用人に手取り足取り着せられていたし、小学校に入ってからはずっと洋装で、着かたがよくわからない。 「俺、着物は一人で着れない」 「ああ、それじゃあ俺が教えるね。夏だと、浴衣だけだからずっと簡単なんだけど。苦しかったら、部屋にいるときは帯をしなくてもいいよ。それと、襦袢は決まった日にまとめて若い衆に渡せば洗ってくれる」  けれど志乃が困惑した理由は着方を知らないというだけでなく、他にもあった。  里雪が見せてくれているのは、淡い桜色の襦袢や、華やかな色柄の錦紗の合わせ、鮮やかな牡丹が描かれた綸子の羽織など、どう見ても女性用のものばかりだからだ。 「……そんな赤い色や、花の絵が入ったのしかないのか……?」 「うん。一人で部屋の中にいるときはなにを着てもいいけど、楼内はいつでもお客さんの目があるから、地味な着物なんてないよ」   すぐ慣れるから、と里雪は慰めてくれるが、志乃はますます憂鬱になってくる。客というのは当然みんな男なのだろう。 その中で同じ男の自分が、そうした格好をしてうろつかなくてはならないのか。 そしてその男たちは自分を金で買える性欲の対象として見るのだと考えると、おぞましさに虫唾が走る思いがする。 けれど里雪は、なんでもないことのように淡々と話す。 「仕事のときは、緋襦袢に仕掛けを着る人が多いけど、華やかでさえあればうるさく言われない。お客さんの好みも様々だから洋装の人もいるし、ブーツを履いた和洋折衷の女子学生みたいな格好もいるよ。志乃はなにかしたい服装はある?」 「……普通の、男の服装」 「残念だけど、それは無理」  里雪は薄い眉尻を下げて、項垂れている志乃に申し訳なさそうに笑った。 「頑張って、少しでも綺麗にして、いいお客さんについてもらうこと。そうすれば荷風(かふう)さんになれるかもしれないし、身請けされる可能性も高くなるからね」 「荷風……なんだよそれ、聞いたことがない」  里雪は着物を仕舞う手を止めこちらへ向き直って座り、これが一番肝心なことだから、と前置きして話し出す。 「ここの色子は、三段階に階級が分けられてるんだ。荷風は最上位の色子の階級で、今は一人しかいない。二番目が松韻(しょういん)で八人。俺も銀花も松韻に入る。三番目が山背(やませ)で十六人。松韻から上は個室が貰えるけど、山背は四人部屋で寝起きして、お客は別の部屋でとるんだ。お座敷に出てお酌もしなきゃならないから、大変なんだよ」  そういえば、吉原の遊女にも階級のようなものがあると聞いたことがあった。

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