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第18話

それからの数日間、やはり見世には出なくていい、と志乃は夕凪に告げられた。 そして、そのことと関係があるのかないのかはわからないが、目隠しをさせる客もやってこない。  なんだか妙な状況ではあったが、見世に出なくていいのはありがたかった。 着飾ることも陳列されることも、できれば避けたい。  そのため志乃はこの豪華な魔窟には不似合いなほど、平和な日々を過ごしている。  唯一心がざわつくのは、後から若い衆に持ってきてもらった、和紙の小箱に目が止まってしまうときだけだ。  それは以前、自室の隅に置いてあった子供時代の宝箱のようなもので、なにが入っているのか志乃もすべては記憶していなかったのだが、先日一つ一つ取り出してみたときに、思いがけないものを見つけたからだ。  中には家族の写真と、母がしおりにしていたという押し花、祖母のお手玉、それにもともとは父の煙草入れの根付で、志乃が欲しいとねだって貰った水晶の珠、一番の気に入りの玩具だった、すっかり錆びた小さな真鍮の機関車が入っていた。 水晶はお守り代わりにと思い、今は袖の袂に入れて身につけている。  そして数々の大切な思い出の詰まった品々に混じり、箱の一番底にちらりと姿を見せたのが、色褪せ、ところどころ金箔の剥げた貝絵だったのだ。  見た瞬間、遠い懐かしい記憶と、先日の悪夢のような一夜の記憶が混じり合うようにして蘇り、志乃はそれを投げ捨てたい衝動にかられてしまった。  しかし結局、あまりに複雑な思いに触れることすらためらわれて、貝絵は今もそのまま小箱の中に収まっている。  もちろん貝絵そのものに罪はないのだが、どうにも見るたびに秋成への怒りが湧き上がり、苛立ってしまうのだ。  若い衆が届けものを室内に運んできたのは、そんなときのことだった。  自室で慣れない手つきで和装の着つけの練習をしていると、襖が開く。 「お届けものです」  すい、と差し入れられた朱塗りの盆の上には、藤色の布に包まれた細長い包みが乗っていた。  里雪にはたまにこうして、故郷からの手紙や客からの貢物があるのは知っている。 けれど志乃にこうしたものが届けられるのは初めてのことだった。 「誰から?」 「夕凪さん経由なもんで、自分には聞かされておりやせん」  ぼそりと言って若い衆は下がっていき、早速志乃が包みを解いてみると、中には革張りの箱が入っている。 もしや、と箱をどけてひらひら包装紙を振ってみるが、手紙も書付も入っておらず、やはり送り主の手掛かりになるようなものはなにもなかった。  パクッと音をさせて箱を開くと、中には学生時代に志乃や学友たちの憧れの的だった、舶来の一流ブランドの万年筆が入っている。  送り主の可能性として考えられる相手は、志乃の現在の状況ではとても少なかった。  まず父だが、もちろん、今こうした物を贈れる状況ではない。  一族の誰かが、ここに志乃が売られたと聞いて同情から差し入れた可能性もなくはないが、それぞれ生活が大変だろうし、名前を隠す理由もない。  嫌だったが渋々と夕凪に聞いてみたが、案の定教えてはくれなかった。 そうなるとやはり一番考えられるのは、目隠しをさせる客だろう。なぜなのかはよくわからないが、相当に志乃を気に入ってくれたのかもしれない。 それからもいくつか、志乃の元には贈り物が届けられた。 内容は滋養のつく漢方薬のこともあれば、美しい陶磁器もある。 謎ではあったが、もしも志乃を気遣う誰かが好意で送ってくれているのであれば、なんであってもとても嬉しい。 贈り主が品物を自分のために選んでくれる想像をして、志乃は久しぶりに少しだけ心が明るくなるのを感じながら、小さな床の間に並べた大小様々な贈り物の箱を眺めた。  再び目隠しをさせる客がきたとき、志乃はもう緊張はしていなかった。  また手のひらに、文章がさらさらと書かれていく。 『不便はあるか』  思いがけない質問に、志乃は面食らう。 「え? ないよ」 『欲しいものはあるか』  聞かれて志乃は確信した。 「万年筆とかいろいろ贈ってくれたのは、あなたでしょう?」  客が返事をためらうように、指先は止まったままだ。 「隠さないでくれよ。だって他に俺にあんなことをしてくれる人、いないんだ。……贈ってくれたのは、あなただよね?」  感謝したいだけなのだから肯定してくれ、と志乃は願う。 けれど答えは、望むものとは違っていた。 『お前を大事な誰かだろう』 「だから、そんな人間、いないんだって。……父上は病院だし、親戚だって俺どころじゃないし……」

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