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第21話
「うん、まだだって。夕凪さんが」
里雪が答えると、色子たちは互いの顔を見合わせる。
「やっぱりさぁ、それはきっと誰かお金持ちのお客さんが、見世に出ないようにさせてるんだよ」
「ああ、僕もそう思う。前にいた山背にも、見世に出さないで独占してたお客がいたもの」
「かなりのお大臣なんだろうね、いいなぁ」
新入りの志乃がどうして見世に出ないのかということについては、これまでにも色子たちがくつろぐサンルームでも何度か取り沙汰されていた。
それだけ、水揚げと同時に部屋持ちの松韻となり、その後は一切見世には出ない、という志乃の状況は異例らしい。
「それとも他に心当たりがあるか? 例えば、大勢の人の前に出ると緊張しすぎて引っ繰り返るとか」
「なるほどな。尋常小学校のときに、そういう友達がいたぜ」
「でも銀花はそんなことないでしょう。きっと、お客さんが偉い人で、心づけをたくさん夕凪さんに渡してるんじゃないかな」
里雪が言い、それが確かに一番考えられることだ、とみんなでうなずいた。
客をとらずにすむのはありがたいが、あの夕凪が得をしているのか、と考えると志乃はなんだか癪に障る。
わいわいと色子たちが雑談に花を咲かせる間も、むっつりした顔をして押し黙っていると、里雪が志乃の目を覗きこんできた。
「……銀花、疲れた? そろそろ戻ろうか」
確かに詮索されることには少し辟易している。志乃は素直にうなずいて、ベンチから腰を上げた。
綺麗に舗装された煉瓦の小道を並んで歩き、いくつかの花壇を通り過ぎると庭園の中心に当たる、噴水が設置されている場所に出た。
冬場なので水は止められているが、とても大きく凝った意匠のものだ。
その反対側にあるベンチに何気なく目をやって、はっと志乃は息を飲む。
そこに見覚えのある姿を見つけたからだ。近づくにつれ、それが間違いなく秋成だとわかる。しかし、一人ではない。
ベンチに座る秋成の横に、華やかな色合いの長襦袢を纏い、長い髪を右側にまとめて肩の上で結んでいる色子らしき者が立っている。
「あ。国領様と青嵐 さん」
里雪が言うと同時に、向こうもこちらに気がついたらしい。志乃はぎくりとして立ち竦み、この場から逃げ出したいと思ったものの足が動かなかった。
色子はこちらに優雅な仕草で歩み寄ってくる。間近で見ると、その色子が類まれな美貌の持ち主だと見て取れた。
「お散歩? 今日は暖かいから、庭に出てくる子が多いね」
にこやかに声をかけられて、里雪は申し訳なさそうな顔をする。
「はい。ごめんなさい、お二人のお邪魔をしてしまいましたか?」
「そんなことはないよ。お客様の時間潰しのお相手をしてるだけだから。そっちは、新入りの子?」
聞かれて志乃はうなずきはしたものの、視線は秋成に向いていた。代わりに里雪が受け答えをする。
「そうです、案内をしてました。銀花、荷風の青嵐さんだよ」
教えられて、これが、と志乃は軽く衝撃を受けていた。
確かに、最上位と言われるだけあって美しい。
なるほど、この美しさにのぼせ上がっこんな日の高いうちから通い詰めているのか、と軽蔑した眼差しを向けるが、秋成はこちらを見ようともしない。
だがしつこく志乃が睨んでいると、ようやくこちらに目をやった。その途端、しげしげと志乃の姿を上から下まで眺めて、かすかに笑う。
「……錦紗に牡丹の羽織ですか。女物のようだが、なかなかお似合いだ」
先日の乱暴を詫びるでもなくそんなことを言われ、バカにされたと感じて、キッと志乃の眦がつり上がった。
「そうか? お前よりずっと優しい客がきてくれたから、その人のおかげで少しは色子らしくなったのかもな」
里雪たちがいることも忘れて吐き捨てるように言うと、秋成も皮肉たっぷりに言い返してくる。
「……あなたのようにびくびくしていては、一人前の色子には程遠いでしょう。言ってはなんだが色気もないし、好んで通う客がいるとも思えませんが」
「色気だと。男にそんなものを感じるのがおかしいんだ。お前がそういう気色の悪い男だなんて、俺はずっとだまされてたわけか」
「銀花! なんてことを」
驚いて里雪が制し、秋成は不快そうに顔をしかめる。
「まったく、何様のおつもりなのか。俺はここの客なんだ。せいぜいしなでも作って誘ってみせたらいかがです。気が向いたら、また買ってやらんこともないですよ」
「お前なんかにそんなことをしなくても、心根の優しい、立派な紳士のお客もいるんだ。金にものを言わせて威張るなんて、いかにも新時代の成金らしいやりかただな」
「売られた身で威張るとは、さすが元華族様でいらっしゃる。俺ごときには恐れ多くて、とても真似ができない。そんな色子を相手にする客が、本当にいるとは思えませんが」
「いるんだよ! ちゃんと俺のことを考えて、大事にしてくれるお客さんが」
頭にきて言うと、秋成はふんと鼻で笑った。
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