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第25話
志乃としても、顔も知らない男に身を任せることに、まったく躊躇を感じないないわけがない。
だって自分も男なのだし、ここにくるまではそうした性癖の人間がいることさえ、おぼろげにしか知らなかったのだから。
それでも何度も触れ合い、抱擁してくれた身体と腕の暖かさは信じられる。
それは家業が破綻したとき、方々からかけられた表面的な同情や労りの声よりもずっと確かなものだと思う。
志乃にとってこの目隠しをさせる客は、顔こそ見ていなくても特別な人になっていた。
今、この世界にこれだけ自分を慈しみ、大事にしてくれる者が他にいるだろうか。
そう考えると志乃にとって、その客はもう単なる商売相手とは、どうしても思えなくなっていた。
いつもしっかりと包んでくれる広い肩も厚い胸板も、志乃は気に入っている。
それに、ほのかな薄荷のような香りもとても好ましい。
だいたい、今はこの客のおかげで見世にも出ずにすんでいるが、いずれば出されてそれこそ玩具のように金で買われることになるだろう。
それならばせめてこんなふうに、自分を大切にしてくれる人の腕に抱かれたい。
「抱いて。……俺のことが、嫌いでないなら」
覚悟を決めた身体を、優しく抱き寄せられた。
まだ逡巡しているのか、あまり力を入れてこない客の腕に、迷いを感じる。
「だって俺は商品なんだ。いつ誰になにをされても逆らえない。だったら俺は、あなたに抱いて欲しい」
志乃は自分から腕を、客の背に回し、しっかりと抱き締めた。
するともう一度、熱を帯びた唇が今度は深く、しっかりと重ねられてくる。
飴玉を味わうように唇を舐められ、舌を絡め取られ、大した時間もかからずに志乃の息は上がっていく。
しかし唇が離れると、客はまだためらうかのように一度身体を引きかけた。
その身体を志乃が引き寄せ、上を向いてもう一度くちづけをねだる。再びくちづけを交わし始めたとき、ようやくはっきりと客からは迷いが消えたらしかった。
志乃の緋襦袢を脱がしながら、自らも服を脱いでいく。足元の畳に、ばさりと音をさせて衣類が落ちていった。
志乃は恥ずかしさと緊張でおかしくなりそうだったが、それ以上に客を求める気持ちが勝った。
髪を撫でられ、触れられるだけでなく、もっと深く確かな繋がりが欲しい。
けれど一糸纏わぬ姿にされ、分厚い緋色の絹布団に横たわらされたたときには、あまりの自分の無防備な状況に不安になった。
目隠しをされていてなにも見えない状態だと、客にどんな表情で見られているのかわからないという思いが常にある。
こちらが怯えているのを、笑って見ているのかもしれない。そう想像することが、一番志乃は怖かった。
どんなにいい人なのだと思っていても、見えない相手のすることだ。息を詰めた志乃に見えない男の素肌が重なってくる。
「は……っ」
我知らず逃げようとした身体に、がっしりと逞しい身体が絡みついてきた。
密着する皮膚と皮膚がこすれる感触に、志乃はのぼせたように顔が熱くなるのを感じる。
触れ合う肌も吐息も、同じくらいに熱い。
男の身体を受け入れることは最初が最初だっただけに、またあんな痛みを伴うのかと思うとまだ怖さがあった。
そんな気持ちを察しているかのように客は志乃を抱き締め、髪を撫でながら、顔にも首にも胸にも唇を落としてくる。
「ん、んん……ふ……っ」
歯列をなぞられ、舌先を飲みこむようにされて、じんと頭の奥が痺れてきた。
「んぅっ、ん」
上顎を熱い舌先がなぞり、ぞくっと震えが走った。すべてを受け止めきれずに、口の端から唾液が零れるのがわかる。
時折、息継ぎさせるように唇が離れ、は、は、と短く早い息をつくと、すぐにまた深く舌が絡まってきた。
そうしながら客の手は、身体の隅々まで知ろうとするかのように志乃の素肌を滑っていく。肩甲骨から背骨をなぞり、肩から鎖骨に指が這う。
時々、びくりと志乃が反応すると、そこを重点的に指先で弄られた。
最初はくすぐったいような感じだったところも、幾度も指が滑るうちにじんじんと熱を持ってくる。
「ぁんっ、はぁっ……」
ようやく唇が離れていき、すでに肩で呼吸していた志乃は、器用な指先に胸の突起を突かれて思わず甘い声を漏らしてしまう。
男なのに男からの愛撫でこんなに感じてしまう自分はおかしいのだろうか、と志乃は心配になってくる。
だが、こんなことはまだほんの序の口だった。
強く摘まれ爪の先でつつかれて、最初は小さな痛みを感じていたのだが、敏感になった乳首を指の腹が優しくこすり始めると、切ないような感覚が生まれてくる。
首筋から鎖骨を味わうように這っていた舌が、その部分にゆっくりと下りていく。
志乃は陶然としてこの愛撫を受けていたが、乳首に舌を感じたときには唇を噛んだ。ぴりっとした痛みの後に、痺れるような疼きが広がっていく。
すぐに尖ったそこを甘噛みされ、吸われてしゃぶられ、志乃は身をくねらせた。
「あ、んっ……うんっ」
押さえても唇から、快感を伝える呻きが漏れてしまう。
なんていう声を出しているんだ、とその羞恥だけでも顔から火が出そうなのに、志乃は自分の性器が反応してしまっていることに気づいて慌てる。
それを隠そうと、なるべく客と密着しないように腰を引くのだが、上から覆いかぶさってこられているこの状況ではどうにもならない。
もぞもぞと腰を動かしていると、脇腹を撫でていた客の手が下腹部へ伸びていく。
「だっ……駄目、そこ……っ」
自分の手で隠そうとすると、やんわりと両手首をつかまれる。
勃起していることが完全にばれ、洋灯の明かりの下、きっとすべてを見られているのだと思うと、志乃はどうにかなりそうだった。
志乃にとっては暗闇の中にいる状態なのに、はっきりと自分の性器に視線がそそがれているのを感じてしまう。
客の唇は散々に乳首を可愛がってから、ゆっくりと脇腹をなぞり、下腹部へと向かって降りていく。
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