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第31話

事実を確かめようがないままに、目隠しをさせる客と秋成が同一人物なのではという疑いは、志乃の心に不安をもたらし続けている。  なるべく普通に振舞うようにしているが、頭の中は常にその疑問と推測でいっぱいになっていた。  この日も部屋でぼんやりしていると、里雪がサンルームへいこうと誘ってくる。  悩んでいると悟られて心配をかけないようにとついていったのだが、光の明るい室内に入った途端、やはりやめておけばよかった、と志乃は後悔した。  秋成が数人の色子たちに囲まれて、紅茶を飲んでいたからだ。  色子たちが声をかけてきて、里雪もそちらへいく。 志乃は部屋に戻るか一緒にいくか迷ったあげく、離れた椅子に腰を下ろした。  いかにもその前のテーブルに置いてあった雑誌に興味があるのだというように、意地になって秋成のほうは見ないようにしていたのだが、気がつくと吸い寄せられるように視線がそちらに向いてしまう。  秋成はこちらを見たものの、一瞥した後はわざとのように無視をする。  志乃は腹を立てつつも、雑誌を読むふりをして時折秋成を盗み見ていた。 「ねぇねぇ、なんで見世にこないんですか、国領様は」 「見世になんていく必要ないですよ。直接、俺を指名して下さればいいんですから」 「あっ、なに抜け駆けしようとしてんの、お前」  色子たちの誘いに、まんざらでもなさそうに秋成は笑っていた。秋成の笑顔を見るなど、何年ぶりのことだろう。  上手く誘いをかわされながらも、色子たちも楽しそうだ。  志乃一人が、陽光に満ちた室内の中で浮いているように惨めで、苦しい。 やはり秋成は、色子という仕事そのものを見下したりなどしていない。 志乃だから貶め、軽蔑しているのだというのがよくわかった。  それでも志乃は、やはりどういうわけかこの場から動きたくない。 そんな自分をバカだと思うが、どうにもならなかった。  あのくちづけをしたのは誰なのだろうか。 目の前の、秋成の唇に目が吸い寄せられてしまう。 自分を抱きしめた腕は、もしかするとあの腕なのだろうか。そう思うと、まじまじと優雅にカップを傾ける腕を見つめてしまう。  傍にいったら、あの香りがするかもしれない。 けれど、確かめることが怖かった。  もしも本当に秋成があの客なのだとしたら、どんな顔をして自分を抱いているのだろう。  どんな目で自分を見ているのだろう。  今度は思わずじっと目を見てしまい、秋成と目が合った。 慌てて視線を雑誌に戻す。  しばらくして、そろそろ大丈夫かと顔を上げた志乃は、あっと声を上げそうになった。  目の前に、秋成が立っていたからだ。 「なぜそんな、不景気な暗い顔をしているのやら。あなたがいると、折角の明るい憩いの場も台無しですね」  秋成は、いつもの機嫌の悪そうな顔をしていた。 先刻まで、あんなに楽しそうに笑っていたというのに。  自分はそんなに嫌われているのか。だったら近寄ってこなければいい。  むっとして雑誌に目を落とした志乃だったが、ぴくりと眉を寄せる。  やはりあの香りがしたからだ。匂いが同じであることは、もう疑いようがない。 「なんですか? 存念があるなら、どうぞおっしゃってください」  ───俺はお前と同じ香りのする客と寝ている。 彼はとても優しくて、俺を大切にしてくれている。あれはもしかして秋成なのか?  だとしたらいったいどうして、そんなことをするんだ。  気がつかずに、おとなしく抱かれる俺を見て面白がっているのか? そんなに俺が憎いのか? それとも。  声には出さず秋成を上目遣いに見つめていると、訝しげに眉を潜めている。 「……ないよ」  口に出してはそれだけ言って、志乃はサンルームを後にした。  そうだとも、違うとも、どちらの答えが返ってくるのも聞きたくなかった。  やがて日が沈んだ頃、自室で一人になった志乃は積み上げられた布団に背を預け、両足を畳に投げ出す。  ふと、紅天楼にきたばかりのときは今が一番苦しい状況だと思っていたのに、さらに悩みが増えるとは思わなかった、とまるで他人事のように考えた。 まさか売られた身の上になった途端に秋成に再会するなどということがあるとは、誰が想像できただろう。 「邪魔するぜ」  唐突に、声と同時に障子が開かれる。 志乃は驚きもせず、ゆっくりそちらに目をやった。 姿よりもまず、漂ってくる煙が先に視界に入る。 「よう、伯爵家のご子息様。どうだ、調子は」  ぶらりと入ってきたのは煙管を咥えた夕凪だった。

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