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第36話
着飾ることになど興味はないし、どうでもいい。
けれど里雪にとっては、それはとんでもないことらしかった。
「駄目だよ、せめて仕掛けを着ないと。一枚は最初に楼で用意してるのがあるはず。銀花の部屋の衣桁にあったよね」
「ああ、あの打ち掛けのことか……。重そうだよな」
「中は緋襦袢。帯はいつものより幅広の錦のを使うんだ。小袖もなるべく華やかなのがいいよ。仕掛けの地は藍色だったから、中は昨日着ていた淡い玉子色がいいかも。それと、高下駄も行李にあるはずだからそれも出しておかないと。庭を歩くときと、北御殿の西洋館ではそれを履くんだ」
よくわからないが、里雪がそういうのならそうしたほうがいいのだろう。
すると、あまり興味がないことが顔に出ていたのか、里雪はむぅと頬を膨らませた。
「あのねぇ、銀花。衣装だって仕事のうちなんだから、ちゃんと考えるようにしないといけないんだからね」
「うん……ごめん」
「せっかく銀花は綺麗なんだから、お化粧もすればすごく映えるのに」
冗談ではない。鼻に皺を寄せると、里雪は苦笑した。
「もったいないなぁ、銀花は無頓着で。まだ髪の長さも足りないから、結うわけにもいかないし。会は、お大臣に見初められるいい機会なんだ。だから、みんなはりきって支度するんだよ」
「なるほどな……」
そこに、秋成はくるのだろうか。
きたとしても、どうせ嫌味を言われるだけに決まっているが。
それとも、少しは器量が上がったと見直してくれるだろうか。
別に見直されたいわけではなく、見下されたままなのが嫌なだけなのだが。
再び物思いに沈みこみそうな志乃だったが、里雪が今のうちから準備をしようと言い出したので、気を取り直して自室へと向かった。
「すごいな……」
志乃は初めて入る西洋館、北御殿の造りの美しさに、思わず感嘆の声を上げた。
中央の高い吹き抜けの、ドーム状になっている丸天井に、その声が吸い込まれていく。
志乃の家も後に洋風の部屋を増築した和洋折衷だったので、ことさら洋館に珍しさはない。けれどここは規模も桁も違う。
吹き抜けになっていない左右の天井からはまばゆいシャンデリアが下がり、その周囲には桃色の雲や陽射しと戯れる天使の姿が描かれている。
縦長のアーチ窓の上のほうにはステンドグラスが使われていて、モザイクの床に七色の光を投げかけていた。
窓と窓の間には、窓と同じほどの大きさの貴重な鏡が金箔に縁取られて壁に嵌め込まれていてる。
贅を尽くされた内装のきらめく瑞雲 の間には、少しずつ客や、支度を終えた色子たちが集まってきていた。
蓄音機からはワルツが流れ、そこかしこで笑い声がさんざめく。
床には作り物の桜の花びらが巻かれて、色子たちの仕掛けの裾がそれを引きずってモザイクの床に桜吹雪の模様を幾重にも描いている。
里雪が以前言っていたように、色子たちの衣装は本当に様々だ。
鹿鳴館もかくやというような重量感のあるドレスの色子もいたが、どうやらそれは客からの急な贈り物らしく、寸法が合っていないけれど仕立て直す時間がなかったとぶつぶつ文句を言っている。
同じ洋装ではあっても洋画の女優のような、漆黒の毛皮の外套を引っ掛けて、ハイヒールを履いた色子もいた。
ここにくるまでは、志乃は自分の格好が派手すぎて滑稽に思え恥ずかしかったのだが、この中ではどう見ても地味だ。
やはり多いのは仕掛けと呼ばれる打ち掛け姿の色子たちだが、いずれも豪奢で派手な大柄のもので、簪や笄も髪にたくさんつけている。
そんな浮世離れした空間で、隣にいる見慣れた顔に目をやると、志乃はなんとなくホッとした。
里雪が視線に気づいて、安心させるようににっこりする。
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