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第37話

「にぎやかすぎて圧倒されちゃった? それとも帯が苦しい?」 「いや、大丈夫。少し慣れてきた。なぁ、みんなすごいんだな。あんな髪、どうやったら結えるんだ」  志乃が兵庫に結い上げた一人の色子を見ながら言うと、里雪は苦笑した。 「俺も結えないよ。若い衆の中で専門にやってくれる人がいるんだ。断髪にすれば楽そうだけどね」 「うん。それにリボンをつけたり女子学生のように見えるのはいやだけど、袴姿は動きやすそうでいいな。俺も次からはあれがいい」 「そういうことじゃなくて、自分が綺麗に見えるかが問題なんだよ。まぁ、銀花には袴にブーツも似合うとは思うけど。でもきっと島田や銀杏返しも似合うと思うから、髪を伸ばして欲しいな」 「無理だ。この上、頭まで笄や簪で重くなったら俺は動けなくなる」  ただでさえ慣れない重たい格好で歩き回り、最近考えごとばかりして寝不足であまり食欲もなかった志乃は、もうすっかり疲れてしまっていた。  こうしている間にも、少しずつ人は増えてくる。  挨拶が始まるころには、色子は全員踊り場に続く階段に並ぶことになっていた。 十数段の階段には緋毛氈が敷かれ、左右の手すりには桃の花とぼんぼりが飾られている。どうやら、そこに色子を並べて雛飾りを模す趣向らしい。  けれど、そのために壇上に並ぶにはまだ少し早い時間だ。 壁際にいって寄りかかると、里雪が袂から小さな扇子を出してぱたぱたと仰いでくれた。 「お茶でも貰ってこようか?」 「そんなに気を使うなよ。里雪が飲みたいなら、自分の分だけ貰っておいで」  そう言っても、里雪はいこうとしない。  大勢の色子たちの中にいても里雪が特に可愛らしく見えるのは、優しい心根が姿にも現れているからかもしれない、と志乃は思った。  こうしたきらびやかな情景に目を奪われて、一時だけ憎らしい顔を忘れることができていた志乃だったのだが、めかしこんできた紳士たちに目を移すと、やはり無意識にその姿を探してしまっている。  と、ざわめきがおこりそちらを向くと、一際鮮やかな色が目の端に飛びこんできた。 踊り場から二手に分かれた階段の右手から、静々と一人の色子が降りてくる。  深紅の仕掛けには大きな鳳凰が踊り、きっちりと伝統的に結い上げた島田には、銀のぴらぴらと鼈甲の笄が、後光のように飾られていた。 「ほら、あのとき紹介した青嵐さんだよ」  里雪が小さな声で教えてくれる。  広い踊り場の手すりに寄りかかるようにして青嵐が佇むと、たちまちに贔屓の紳士や色子がその周囲を取り巻いた。  いつもより入念に化粧を施されたせいもあるのか、こうして遠目で見ていても、その美貌がよくわかる。 目が大きくぱっちりとしていて、里雪をもう少し大人の顔にして、凛々しくした感じだ。  青嵐はにこやかに対応し、着飾った美しい色子たちの中にいても、持って生まれた華のようなものが際立ってその存在を大きく目立たせていた。  確かに同性ではあっても、あれだけ綺麗であんなふうに微笑まれたら、大抵の男は虜になるだろう。  きっと、秋成であっても。  帯に締めつけられた胸が、一層苦しく感じた。複雑な思いで志乃は青嵐を見る。  そうしている間にも、客と色子はどんどん瑞雲の間に集まってきていた。  しばらくして若い衆たちが入ってきて壁際に並び、志乃たちも踊り場に並ぶ。  一番上の踊り場にはビロードの張られた猫足の椅子が用意され、そこに青嵐が優雅に仕掛けを広げて座る。 数段開けてその下に、松韻が三人立ち並び、さらにその下に志乃と里雪を含めた松韻五人。また数段開けて、八人ずつ二列に山背が並ぶ。  若い衆の中のまとめ役なのか、白ではなく紺の半纏を着た男が一人、前に進み出てきた。階段下の中央で客たちに朗々と日ころの感謝と御礼の口上を述べ、それに合わせて色子たちも復唱する。  おや、と志乃は違和感を覚えた。 ここで色子と若い衆の両方を取り仕切っているのは夕凪のはずなのに、姿が見えない。  階段から下を見回すと、その姿は若い衆たちよりさらに一歩下がった隅にあった。  見知った周囲の客たちに軽く会釈をしながら、なにもいつもと変わらない、感情のない暗い目をしている。  こんなに派手な商売をしながらも、華やかな場は苦手なのかもしれない、と密かに志乃は心に留めた。  口上や挨拶が終わると色子や客たちはばらばらと散っていき、好き勝手な場所で飲み食いを始める。  志乃はとりあえず里雪の後ろにくっついて、時折客に紹介されては適当に頭を下げていた。中には志乃を気に入ったのか、なぜ見世に出ないのか、年はいくつかなのかなどいろいろしつこく聞いてくる客もいる。 けれど志乃がうんざりし始めると、頃合を見計らって里雪が上手く別の場所へと誘導してくれるのがありがたい。 他の色子たちも、花から花に飛び回る蝶々のように華やかな衣装をひらめかせながら瑞雲の間を移動していく。

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