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第40話
これからはどんな態度で、目隠しをさせる客に対峙すればいいのだろう。
気づかないふりをしようにも、感情が昂ぶれば演技など続けられるわけがない。
なぜ目隠しなどさせるのかの理由もいまだに謎だし、口ひげの男から秋成が助けてくれたのも単なる気まぐれなのかもしれない。
しかし、気まぐれにしても助けられたのは、庭でぶつかったときと今回で二回目だった。
いつも皮肉ばかり言ってくるくせに、なぜ助けてくれるたのだろう。
誰にでもしていることを志乃にもしたまでなのか。
でも、もしかしたら。
志乃はこれまであえてあまり考えないようにしてきた可能性を、初めて心の中ではっきりと形にさせる。
目隠しをさせる客が秋成と同一人物であり、なおかつ、それが志乃を弄んで面白がるためではない、としたら。
本当は昔のままの優しい秋成で、なにか事情があって目隠しをさせて、そのときの態度こそが本音なのだと想定すると、結論は今まで思っていたものとまったく違うものになる。
志乃は胸の奥が熱を持ち、甘いもので満たされていくのを感じた。
なんだろうこれは、と左手の拳で胸を押さえる。
嫌な気持ちではないが、どんなにひどい想像をするより胸が苦しくなるのはどうしてなのだろう。
どんな事情があるにせよ秋成は、男女のことさえよく知らず、経験のない志乃を嘲笑するように乱暴したのだ。それに暴言だって吐かれた。
でも、もしも秋成がそれを後悔しているとしたら。
悪かった、反省していると目の前で謝られたら。
志乃は首を振って、深い溜め息をつく。
そんなつもりがあるのなら、最初からあんなことはしないだろう。
それかとっくに謝罪しているに違いない。
しかし口にはしないものの内心では悪かったと思っていて、それで助けてくれたのかもしれないではないか。左手の拳に、我知らず力が入った。
だとすれば単に同情し、贖罪のつもりで目隠しをさせたときには優しくしてくれたのかもしれない。
その想像は、どちらも志乃を暗い泥沼に突き落とす。そんなのはいやだった。
ならばいったい、自分はなにを望んでいるのか。
秋成の気持ちも自分の気持ちも、わからないことだらけだ。
なぜこんなにも絹糸が滅茶苦茶に絡まるような、ややこしいことになってしまったのだろうか。
志乃は混乱する頭を抱え、今夜もまた眠れそうにない、と思った。
暖かかった四季の会のころから一転し、ここ数日、真冬に逆戻りしたかのように東京には雪が降り続いている。
湿った重たい牡丹雪は大して積もらず、紅天楼を薄化粧するかのように、それぞれの壮麗な建物をうっすら白く覆っていた。
志乃は相変わらず混乱する思いを抱えながら、無為に日々を過ごしている。
秋成は四季の会以来、再びふっつりと姿を見せない。
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