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第41話

そしてやはり、目隠しをさせる客もこなかった。  いっそ、これきり会わないほうがいいのかもしれなかった。 少なくとも、嫌がらせで抱かれるよりはいい。 しかしそう思う反面、一目でいいからもう一度会いたいという、矛盾した気持ちが志乃の中にあるのも確かだ。 会いたい気持ちと忘れたい気持ち、両方が常にせめぎ合って志乃は引き裂かれそうに感じている。  贈り物は今も続いていて、数日置きに若い衆が届けてくれる。  この日送られてきたのは蓋にひし形に福禄寿の焼印が押された桐箱だった。 確か子供のころ、志乃が悪戯を父に叱られて泣いていたりすると、秋成の母の好物だとかで何度か貰ったことがある老舗の和菓子屋のものだ。 そっと蓋を開けた志乃は、しばらくの間息を詰めて中の菓子を見つめた。 入っていたのは藤籠に入った色とりどりの、美しく可愛らしい金華糖(きんかとう)だった。 ままごと遊びの道具のように、桃やキノコ、野菜や海老などの姿をかたどられ、食紅で色をつけられた砂糖菓子たちが綺麗に盛りつけられている。 薄い花びらの形を模した一つを志乃はつまみ、少しだけかじってみた。 華奢な砂糖菓子が砕け、口の中でさらりと溶けていく。 甘さと同時に懐かしさと切なさが胸いっぱいに広がった。 やはり送り主は秋成なのだろうか。 志乃は首を傾げて、愛らしい贈り物を指先で突いた。 なんのつもりなのだろう。言いたいことがあるならばこんな回りくどいことをせず、普通に話をすればいいではないか。 もちろん、そうなったら怒りたいことはたくさんある。 まず父や藤条の家を裏切ったこと、それに自分を抱きながらひどいことを言ったこと。なにか話をするにしても、それらを糾弾してからだ。 ぱきり、と志乃の手の中で、脆い砂糖菓子が割れる。 きっと、心から許すのは無理だろう。 自分だけのことならともかく、父や一族まで裏切ったことを考えると、どうしたって気持ちは収まらない 志乃はそっと金華糖の箱に蓋をして、床の間に置いた。 秋成は自分になにを伝えたいのか。どう受け取ればいいのか。 それとも贈り主はまったくの別人なのか。気持ちの混乱にさらに拍車がかかっていく。 どんなに貴重で高価なものをたくさん贈られても、贈り主の気持ちというものがはっきりしない限り、素直に喜べるものではない。 それに、秋成は荷風の客ではなかったのか。 ひたすら志乃の中で、疑問ばかりが膨らんでいった。 いまやそれは、裏切りや乱暴されたことへの怒りより、ずっと大きな比重を占めるようになっている。  それなのに肝心の秋成は、相変わらず姿を見せようとしない。 里雪や他の色子たちにも聞いてみたのだが一人として姿を見かけたものはおらず、このところ紅天楼にきていないのは確かなようだ。  そうして秋成に対する感情を持て余し、それでもそのことばかり考えてしまう毎日を送るうちに、紅天楼に積もっていた雪はすっかり溶けていた。 庭園の桜の木々が、幾千万の蕾でうっすらと白く霞がかかったように見え始めたある日。 「今夜は久しぶりに客がくる。きっちり支度して待ってな」  夕凪に言われた志乃は、平然とした顔を装ってうなずきつつも、激しく高鳴る胸を押さえた。  着替えに取り掛かったときもひどく緊張して、両の手のひらに冷たい汗をかいていることに気がつく。  秋成が目隠しをさせる客なのだと確信し、いずれまた目隠しをさせる客として自分を買いにくるだろうと思ってはいたものの、どんな態度をとるか、まだ決めかねていた。  なにも気づかないふりをして、以前のようにおとなしく抱かれるべきなのか。  それとも目隠しを取ってしまい、なんのつもりだと詰問したほうがいいのか。  黙っていれば、また癒すように優しくしてくれるに違いない。 けれど、それが秋成のどんな思いからしていることなのかわからず、あれこれ想像するのはもう耐えられない。  もしも従順な志乃を面白がっているのであったら、絶対に許せなかった。  だが、どうすれば秋成の気持ちを確かめることができるのだろう。  絹布団の上に座り、悶々と志乃は迷っていた。

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