「志乃様……？」 「わかってた。目隠しをさせているのも秋成だって。優しく抱き締めてくれるのも、髪を撫でてくれるのも秋成だって、わかってた」 「なんのお話ですか。あなたはなにか……勘違いをされている。目隠しのことなど、俺は知りません」 　らしくもなく、秋成は宙に視線を泳がせる。 この期に及んで、まだしらを切るつもりなのか。 志乃は少しだけ、いつもの自分を取り戻す。 「バカにするのもいい加減にしろ！　俺が知らないと思ってたのか？　あの香りをさせてるのは、客の中でお前一人だ」 「……香り？」 　秋成ははっとしたような顔をして、自分の上着の肩口に高い鼻梁を近づけてみる。 「それに、首の怪我だって……衣桁が倒れたときに切ったんだろ？」 「…………」 　しばらくの間、往生際悪く黙りこんでいた秋成だったが、やがてむっつりと聞いた。 「……いつからですか。どうしてなにも言わずに抱かれていたんです。……嫌じゃなかったんですか。俺のことなど、蛇蝎のように嫌っていたのでしょうに」 　口調はひどく不機嫌だが、大きな手のひらがそっと、志乃の汗に濡れた前髪を梳いた。 目隠しをさせる客の手と同じだ、と志乃は目を閉じる。 「嫌だった」 　きっぱり答えると、秋成の手が止まった。 「最初は秋成だとわからなかったから、嫌じゃなかった。でも、秋成だって気がついて……おとなしく抱かれている俺を見て、お前は面白がってるんだろうって、そう思った。悲しくて……辛かった」 　言いながら、二度信じこまされ、二度裏切られたのだという悔しさがこみ上げてきて、眦に涙が浮かんできた。 「そんなことはありません」 　呻くような声に、志乃は目を開ける。 「面白がったりするものですか。ただ、俺は……どうしていいのか、わからなかっただけです」 　秋成は立ち上がり、疲れたように肘掛け椅子に腰を下ろして額に手を当てた。 そして深い、搾り出すような溜め息をつく。 「黒条の家を出てからも、あなたのことが気がかりでならなかった。幼い子供相手にどうかしていると思うほど、ことあるごとに思い出していた」 　まるで懺悔でもしているように静かな声が、不似合いなけばけばしい装飾の室内に吸い込まれていく。 「きっと誇り高く勝気で、芯の優しいところは変わっていないだろうと。どれだけ美しく成長しただろうかと想像するたび、胸が騒ぎました。あのころから俺はずっと」 　秋成は、言葉を切る。 その顔は志乃が初めて見るような、なにかを怖がってでもいるかのような表情を浮かべていた。 「俺は……志乃様に……懸想をしていました」 　続けられた言葉に、志乃は息を飲む。 とても信じられずなにも言わずにいると、秋成は自嘲するような笑みを浮かべた。 　それを目にした瞬間、志乃は心臓に尖った砂糖菓子が突き刺さったような、甘く強い痛みを感じた。 同時に、強く大きく鼓動が早鐘を打ち出す。 　自分が秋成に恋をされる。そんなことが本当にあるのだろうか。 　目に映る周囲から秋成以外のすべてのものが消え、その声以外、すべての音が耳に入ってこなくなる。 　今言ったことをもう一度繰り返して欲しいと願ったが、それは声にならなかった。 どういうことかと必死に目で問いかけると、ゆっくりと秋成は話し出す。 「黒条の家が傾き、とうとう倒れたときいたとき、俺は真っ先にあなたの身の上を案じ、部下に逐一動向を報告させていました。けれど俺がここに駆けつけたのは、あなたがすでにこの廓に身を売る契約を成立させてしまった後だった……」 　そういえば、ここにきた直後の悪夢のような検分の後。 退出して戻ってきた夕凪が、ぎりぎりのところで儲け損なうところだった、と言っていたのではなかったか。 　それはもしかすると秋成が先に志乃を手に入れていれば、廓に売られるようなことにはならなかった、ということかもしれない。