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第49話
「それで俺は……客としてあなたを身請けしようと考えました。しかし、ここの身請けの金額は、とても俺個人がすぐに動かせる金銭ではない。会社にも家族にも文句を言わせないよう、説得する必要もありました」
秋成はそこで言葉を切り、苦しそうな表情でぽつりと言った。
「……それまであなたに、少しでも安心して欲しくて身請けを申し出ましたが、にべもなく断られて」
口元に、自嘲めいた苦笑が浮かぶ。
「やはりあなたは、俺のよこしまな想いに気づいていたのだと感じました。それでこんなにも、拒絶されるのだろうと」
志乃は弛緩した上半身を、まだ熱っぽい息を吐きながらなんとか起こし、かけられていた緋襦袢を身にまとう。
「よこしま……ち、違う、俺はそんなこと思ってもみなかった」
「それなら、自分を買え、さもなくば他の客をとると言ったのはなぜです」
国領の声には怒りと悲しみが、ない混ぜになっている。
「俺はあなたが、今すぐにでもそうしてしまうのじゃないかと頭に血が上った」
そのときのことが、昨日のことのようにありありと志乃の頭に浮かんでくる。
確かに志乃はそう言ったが、それは国領が自分を想っているからと考えたわけでは、断じてない。
「早くなにがなんでもあなたを俺のものにしなくてはと……他の誰かにとられてしまうと、それだけで頭が一杯になってしまった」
秋成はもう一度溜め息をつくと、落ち着きなく今度は腰を上げ、苛々と畳の上を歩き回ってから志乃の隣に座る。
「しかしあなたを組み敷くうちに、ふと頭の片隅に浮かんだことがありました」
秋成の肩が、志乃の緋襦袢を引っ掛けた肩に触れる。
その部分からなんともいえない、疼くような暖かさが全身に染みていくようだと志乃は感じた。
「……俺は、嫌われてもいい。むしろ憎んで欲しい。あなたが俺に復讐を誓い、それを勝てにこの境遇を耐えてくださるなら、本望だと。しかし……」
秋成の、日ごろは鋭い瞳を縁取る濃い睫が、かすかに震えた。
「しかし、俺はあなたに……優しくしたいという気持ちを抑えることができなかった。我ながら未練がましいが、慈しみ、大切にし……抱き締めたかった……」
辛そうに俯く秋成を見ながら、志乃はすっかり動転してしまっていた。
これは本当の出来事で、本物の秋成がしゃべっているのだろうか。
聞けば聞くほど、まるで足元が宙に浮いているような、ふわふわとした綿雲の上にでもいるような心地になってくる。
「あ……秋成、俺は」
喉がからからに渇いていて、掠れた声しか出てこない。それになにからどう説明していいのか上手く頭が回ってくれなかった。
けれど、なにか言わなくてはならないと思う。秋成がこうして真摯に話してくれた気持ちに、応えたい。
「十年前、お前が突然いなくなって。いつ連絡をくれるかって、ずっと待ってた。だけど、待っても待ってもなにもなくて……」
志乃は喉に手を当てて、様々な思いに震える声で懸命に話す。
「ここでお前に会って、やっぱり本当に裏切られていたんだって思った。それなのに目隠しなんかさせて優しくしてくれるのは、きっと嫌がらせなのかもしれない、って」
秋成は顔を上げた。訝しげに志乃を見つめる。
「志乃様、お待ちください。裏切りと言われましたが……確かに俺とあなたの父上は喧嘩別れをしましたが、その原因をきちんと聞かされているんですか?」
聞かれて志乃は辛い記憶を思い出し、眉を寄せて俯いた。
「お前の父親が……時期後継者と決まっていた叔父を追い落とそうとし、自分が後継者になるべく、のっとりを企んだからだと……」
「違う!」
秋成の声の、悲痛なまでの必死さに志乃は目を上げる。
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