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第50話

「父が推したのは、志乃様、あなたです。あなたが大きくなるまでは、俺の父が補佐をするからと」 「……え?」  志乃は思いもよらない言葉に、瞳を見開く。 「悪いが、あなたの叔父上を後継者にという話が出たときに、彼に博打で借金があること、怪しげな博徒の胴元とつき合いがあることをを父は調べつくしていました。だから、彼だけはやめろとあなたの父上に進言したんです」  初めて聞く話に、志乃は一瞬、言葉を失う。  確かに叔父には私生活で、いろいろと悪い噂があったらしいが、どこまで本当なのかは子供だった志乃に確かめようがなかった。 「そんな……すぐには、信じられない……そんなこと、叔父だけじゃなく、父上も誰も言ってない」 「おそらく父は、叔父上に関する当時の調査報告書をまだ持っています。見せてもいい」  秋成は苦々しくつぶやいた。 「ただ、あなたの叔父上も黒条一族には違いない。どこまで真実を告げ名誉を失墜させていいものかと父は苦悩し、結局そのことは胸に秘め、去ることを選んだんです。もしかして実際に後継者となれば、少しは心を入れ替えるのではという可能性もありましたし。しかし、いずれにしても叔父上に仕える気持ちにはなれなかったようです」 「それじゃあ、秋成……お前たちは、俺や父を裏切ってなどいなかったんだな」 「そうです」 「俺や父を憎んだりしていなかったんだな」 「当たり前ではないですか!」  秋成は志乃の肩をかき抱く。 「もう会えないのだと言うのが忍びなく、あの地を去る当日、俺はあなたの部屋の窓の下にいました。せめて一目会おうか、正直に別れを告げるべきか、それをしたら泣かせてしまうだろうかと、どれだけ苦しかったか」 「それじゃあ……」  志乃の声に涙が混じる。 「お前は、昔のままの、秋成なんだな。俺を膝に抱いて日向ぼっこをしてくれた……父上に叱られると金華糖を食べさせてくれた、秋成のままなんだな……?」 「それは、違います」  合わさった胸から、秋成の声が志乃の身体に響いてくる。 「今の俺は、当時のように純粋ではない。商売を覚え、金を手にし、狡猾になりました。あなたを想う気持ちも、綺麗事だけでは済まない」  背を抱く指に一瞬、食いこむほどの力が入って志乃は痛みに顔をしかめる。 「あなたの心も身体も俺だけのものにしたい。あなたが他の男に抱かれたら、そいつを殺してしまうかもしれない。例えその男があなたを幸せにするとしても、絶対に許せない」  志乃はいったい自分はどうしてしまったのかと思う。 言われている内容はひどく恐ろしいことなのに、突き上げてくる感情は間違いなく歓喜だからだ。  秋成の胸に顔を埋め、このまま呼吸が止まってしまっても構わないと感じる。  むしろもう、色子としての明日など迎えたくない。 今ここで、世界が終わってしまえばいい。 「昔と違うこんな俺は、嫌いですか、志乃様」  耳元で囁かれ、志乃も回した腕に力をこめる。 「……なんで俺は色子で、なんでお前が客なんだ。どうしてこんな形の再会になったんだ……俺は、ずっとお前に会いたかったんだぞ」  言いながらやるせなさに、唇がわななく。 「嫌いなわけがないじゃないか……!」  志乃は泣きそうになるのを必死に耐えた。外の世界でこうして抱き締めてくれたなら、どれほど嬉しかっただろう。 「……好きだ、秋成」  胸苦しさに顔をしかめながら、志乃は言った。  散々に混乱し、秋成の言葉を聞いて湧き上がってきた感情の元はこれなのだと、ようやく志乃は悟っていた。  憎い憎いと思いながら、朝から晩まで秋成のことばかり考えていたのも、顔も見たくないと言いつつも、その姿を常に探してしまっていたのも全部、この想いのせいだったのだ。

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