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第53話
「……会の後、しばらく姿を見せなくなったから、不安だったんだ。……もう二度と、会えないかもしれないと思ってた」
ひどく疲れ果ててはいたが、緋色の布団の上で二人はしっかりと身体を寄せ合い、とても幸福だった。
つぶやくように志乃が言うと、秋成は小さく肩を竦める。
「まったく、逆ですよ。あなたを身請けするために、奔走していたんです」
「……身請けって、俺を? ……荷風じゃなくて?」
志乃は意外な言葉に目を丸くする。
「荷風? それは一体、なんの話です。青嵐に暇潰しの相手はしてもらったが……あのときあなたもいたじゃないですか。彼とはあれが初対面ですよ」
「だって、噂では」
志乃は言い募るが、呆れたように一蹴される。
「バカバカしい。いちいち廓の噂など信じてはいけません。……もともとここ数年、事業のやり方で少し父と合わない部分があのました。だからこれを機会に独立して、志乃様を身請けするつもりでいたんですが……いろいろと準備や根回しが必要で駆けずり回っていたというのに」
秋成は少しだけ、怖い顔を作ってみせた。
「その間にあなたは、別の客なんかに指名を受けて」
「だって、それは!」
夢中で自分の意思とは関係ないのだと主張すると、秋成はすぐに穏やかな顔つきに戻る。
「ええ、仕方ないのはわかっています。腹が立つのは、俺の我侭です」
「……見世に出なくていいようにしてくれてたのも、秋成なんだろ?」
思い出して聞くと、秋成は照れたような顔でうなずいた。
「当然です。身請けの準備が整うまで、そうしておけば大丈夫だろうと思っていたんですが。あの夕凪という番頭は、とんだ食わせ物ですね」
それは確かに志乃も同感だったが、まだ不可解な点もある。
よりによって、ここしばらく足が遠のいていた秋成がくる日の同じ時刻に、夕凪が別の客の予約を入れたのはなぜなのか。
衝突を避けるならば日にちか時刻だけでも、少しずらせばよかっただろうに。
なにか意図することがあって、わざとそうしたようにしか思えない。
もしや、秋成と志乃の想いを成就させようと画策したのか、と思いかけ、そんなはずはないと志乃は首を左右に振る。
それならば最初から、志乃を色子にする前に秋成に引き合わせてくれていただろう。
いずれにしても、あんな一癖も二癖もある男の腹のうちなど読めるわけがない、と志乃は考えることを放棄した。
「でももう、全部、どうでもいい。秋成の気持ちがわかったから」
「改めてお詫びします。本当は俺がもっと上手くことを運べればよかったんですが……駄目なんですよ、俺は。あなたのことになると、平常心でいられなくなるらしい」
それは、志乃にも経験があるのでよくわかった。
庭園で着物を褒められたときも、秋成に悪気はまったくなかったのだと今なら思える。
「それに、嫉妬もしていました」
「嫉妬?」
なんのことだろう、と首をひねると、秋成は苦笑した。
「……目隠しをさせて抱いている間、あなたは俺以外の男を想定しているんだと思ったら、後になってとどうにも不愉快になって」
「そんなこと言っても、どっちも秋成じゃないか」
「ええ、まさに自業自得です」
自分で自分に焼きもちとは、秋成も相当に複雑な心境だっただろう。
志乃も思わず小さく笑ったが、すれ違う間、自分と同じように苦しんでいてくれたと思うと、それさえも愛しかった。
様々な言い合いも、必要以上に感情的になってしまった上での売り言葉に買い言葉の応酬で、実際の心情とは無関係な傷つけあいになってしまっていたに違いない。
秋成のことになると冷静でいられなくなるのは、志乃もまったく同じだった
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