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第3話 〜進展〜

「お布団干してないから布団乾燥機かけるわね。2時間ほど京介の部屋でお話で勉強でもしてて」  眞知子さんは夕食後、パタパタと走り回りお風呂の着替えだとかタオルだとか布団だとかを忙しそうに揃えてくれた。  風呂から上がって2時間ほど、京介の部屋で話し込む。 「ロード?」  京介が首を傾げた。 「そう、インラインスケートって知ってるか?ローラースケートの一列のやつな。あれを履いて、その時々に決められた場所まで競争するゲームなんだ」  そう言って京介のパソコンでYouTubeを開き見せてやった。  ダイジェストではあったが、高速らしきところを走っていたり、車に捕まって走っていたり、中には仲良く一列に連なってカメラにピースしている女子たちもいる。 「なにこれ、ちょっと面白そう」  京介も興味深そうに動画を見つめた。 「だろ?これにいつか出ようって、まっさんと銀次と言ってるんだ」  てつやはキラキラした目で動画を見つめ、いつか出ることを想像している。 「そういやたまに履いて走ってるよな」 「練習あるのみだぜ。高速とか危ないところを楽しめないとつまんねえし」 「でもそんなちょっと練習したくらいでいけんのか?」  流石に京介も、生身で高速道路を走るのはどうだろうと思う。 「いやいや、俺たちは小4からやってる。もうその辺のローラーには負けない自信もあるぜ。あ、ローラーってのはここに出てる人たちのことな」 「うわ、キャリア持ってやがる」  京介がお見それしましたと笑って、画面を見つめているてつやをみた。  本当に楽しそうに画面を見ている。 「俺の、3番目か4番目の父親がさ…」 「ん?」 「シューズを買ってくれたんだよ。来るやつくるやつ変なやつばっかりで殴られたりしてたけど、その人だけはなんだかちゃんと親父だったんだよな。その人がインラインシューズ買ってくれたんだ」  京介は黙って画面を見つめた。 「誰も俺のことなんか気にかけてなかったのに、急にそんなもの貰ってさ、俺嬉しくて毎日練習してたんだ。そしたらまっさんと銀次も買ってもらった、とか言ってきて、そこから一緒に練習してんだよ」 ーあの親父はきっとロードのファンなんじゃないかと思ってるー  と続けててつやは言った。 「じゃあこれに出ればお前だってわかるかもな、その親父さんも」 「ああ、そう言うこともあるか。考えてなかったわ」 「まじか」  ここ使えよーと頭を軽く叩いて京介はまた笑った。てつやの前では笑っていたい。てつやが笑えるように。 「頭使うと言えばさ、俺大学行こうと思ってて」 「なんだ急に」 「勉強ついていけてないわけじゃねえけど、いろんな事情で休みがちだからさ、フォロー頼むわ」  両掌を合わせて、京介様と拝んでくる。 「俺だってギリなのに。まあできる範囲でやってくよ。まっさんの方が頭いいと思うけど」 「あいつにももちろん頼むよ」  何言ってんのくらいな勢いで言ってくるじゃん。 「なんだお前〜〜」  てつやを軽く押したら、ふざけて寝転んで 「暴力はんたーい」  とか言って笑い出した。  京介は一瞬、そのまま組み敷きたい衝動に駆られ、理性でそれを止めた。 ーやべえ…今のなんだ…ー 「どうした?何怖い顔してる?」  てつやが起き上がってきて、顔を覗き込んで来る。 「ん?ああ今押した手がちょっと痛かったんだ。もうなんでもない」 「バレー部だろ〜手大事にしろな。その身長ならいけるんじゃねえの?もう180超えただろ」  とアタックの真似をしてくる。 「今183かな。一応狙ってるけどな。俺セッターもやりたいからさ」  それは身長ない人に任せてやんなよ〜ともっともなこと言って、てつやはパソコンを閉じた。 「しかしでけーな…俺春の測定で178だったけど…でもお前とそう変わんなくね?」  ちょい立ってみ、と京介を立たせ向かい合って立ってみる。 「あーやっぱ目線1cmくらいしか変わんねえじゃん。俺180超えてんだな。明日保健室で測ってこようぜ」  てつやはそんなことを言って喜んでいるが、京介は息がかかるほどの距離にてつやがいて、再び妙な気持ちに襲われていてそれどころではない。 「ああ…明日な、測りに行こうぜみんなで」 「だなーなんかうれしーわ 180いったかー」  再び座り直して、そばに置いてあったコーラのグラスを一気に飲み干した。  それと同時に、 「てつやくん、お布団できたからね。いつでも寝られるわよ」  と眞知子さんが外から声をかけてくれる。  普通男子を持つ母親は、不意には部屋を開けたりしないんだなとなんかちょっと面白く感じたてつやだ。 「はい、ありがとうございます」  そう答えると、眞知子さんの足音が遠ざかっていった。 「やっぱドアは不意に開けるなって言ってあるん?」  興味本意に京介に聞いてみると、一回やばい時あってさーと京介が教えてくれた。 「怒鳴っちゃうよな。こっちも悪いのにさ」  てつやは爆笑して寝転がっている。 「そこまで笑わなくたって」  流石に恥ずかしいのか、京介はてつやの足を掴んでもみほぐした。 「ぎゃーくすぐってえ〜〜やめろ〜〜」  爆笑がゲラゲラに変わり、てつやは身を捩る。 「陸上部の中距離エースの足揉ませていただきますわ〜」  変な言葉で足を揉みながら、京介は気持ちを晴らしていった。  てつやが寝ると言って部屋へ戻った後、京介は言いようのない感情が湧き上がり、1人で既に半分反応してしまっている自分へと手を添え目を瞑った。  男に襲われ、母親にまで男を斡旋されたてつやに何やってんだ俺…。そう思うが、手は止まらない。  俺は…てつやを………?  思い起こせば襲われたと聞いた時に、犯人を異様なほど憎んだ自分を思い出した。  これはまずいぞ…てつやでヌくのはまずいぞ…俺…やば… そう思いながら手のひらで受け止め、深い自己嫌悪のため息をついた。 「これから一つ屋根の下だぜ…」  京介はティッシュで手を拭い、ベッドに寄りかかる。 「もつかな…」  不穏な一言を呟いて、ティッシュをゴミ箱へ放り投げた。  京介の家に世話になって一月後、てつやは3人の母に連れられてとあるアパートにやってきた。  そこは、小さい頃よく来た駄菓子屋の「イノウエ」だった。 「ここの2階の真ん中のお部屋が、てっちゃんの部屋になるよ」  と、広田(まっさん)の母梢が教えてくれる。  アパートの前に立ち、見上げると2階の真ん中にはもうすでにカーテンがかかっており、誰かが住んでいるような雰囲気を醸していた。 「一応、カーテンとか冷蔵庫とか必要最低限なものは揃えておいたけど、足らないもの有ったら言ってね」  とは浅沼(京介)の母眞知子。てつやは浅沼のお母さんの趣味だとカーテンがお花模様かもしれないな、と想像しておかしくなった。  そこへ駄菓子屋「イノウエ」のおばちゃんがやって来て、 「てつや、今日から私の監視下だな」  小さい頃から来ている常連の子供達の顔は、全て覚えているおばちゃんだ。  3人の母たちがここを選んだ理由もよくわかる。 「監視って怖えよ」 「守ってくれるって事だよ」  花江(銀次)の母葉子が笑って言った。 「よろしくお願いします」  3人が頭を下げるのをみて、てつやも慌てて頭を下げる。 「はいよ、任せな」  イノウエのおばちゃんはそう言って、てつやに金色の龍のキーホルダーがついた鍵を渡してくれた。  てつやはそれを受け取り、かっけえ…と呟いた。 「護身と金運の意味があるってもらったんだよ。お前にあげるから大事にな」  そう言いながら、じゃあ部屋へ行こうか。と建物脇の階段へ向かい、2階へと上がった。  部屋の中は2Kの間取りで意外と広くはある。  入ってすぐ台所で、玄関の左脇すぐが流し、その向こうがガス台。  玄関と並んで右側のドアはお風呂で、そのドア直角のドアがトイレだった。  コンパクトにまとめられてて、部屋は間続きの2部屋。 「どう?」 「じゅうぶんっす!いいんですか」  てつやは中へ入ってぐるりと一周した。  カーテンは予想に反して無地のグリーン。冷蔵庫は一人暮らし用の小さいのがキッチンにあり、洗濯機は玄関でてドアのすぐ脇に設置してあった。 「イノウエさんのご温情で、格安で入れてもらえたけれど、てっちゃんお家賃だけは自分で行けるかしら?」   と 梢さんが話してきた。  もちろんそこまで甘えるわけにはいかない 「もちろんです。家賃てどのくらいですか」 「お前はまだ15だし、何かあったら私の孫と言うことにするから、それを考えて3万円でどうだ?」  かなり安い。てつやは思わずーえ?ーと聞き返してしまったほどだ。今まで住んでいたボロアパートでさえ5万は取っていたのに。 「学校はアルバイト許可してるから、とりあえず大変だけれどやってみて。大変な時はちゃんと言ってね、全面フォローはするって決めたからね、みんなで」  てつやがいずれ社会に出るときのために、ちゃんと仕事をして家賃を払わせることをさせてくれる母たち。 「ありがとうございます」  としか言えなかった。  てつやはそれから帰宅途中にあるラーメン屋さんで時給800円でバイトを始め、入れる時にはできるだけ入って生活費を賄った。  頑張れば9万ほど入るし、試験や行事で入れないときもあるが家賃はきちんと払い、その辺で迷惑はかけないようにと頑張っている。  勉強の遅れは、まっさん、銀次、京介がフォローをし、同じ大学に向けてその辺りも頑張っていた。  てつやには夢ができた。  大学で経済を学び、お世話になった人たちに恩返し、そして助けが欲しいと言われた時になんでもできるようになっていたいと言う夢だ。  稼ぐことはもちろん、稼ぐ術も学びたかった。  何より大学に入ったら、まっさんと銀次いれた3人で小学校の時に出場を決めた「ローラーゲーム」に参加ができる。  これが1番の楽しみだ。車の免許も取らなければだし、夢が膨らむ。  毎日学校帰りに店により、高校生は9時までと決められていたので部活も辞めてバイトオンリーにした。  5時から9時まで毎日働き、3か月経つ頃には店にも慣れて順調にことが運んでいた。時だった。 「いらっしゃいませー」  ガラガラと入り口が空き、男女2人が店に入ってきた。男はウエーブの入った黒髪ロングを後ろで束ねて派手なアニマル柄の毛皮を羽織り、女は煤けた茶髪を伸ばしっぱなしにして、やはり茶色の毛皮を胸の大きく開いたワンピースの上に羽織っている。 「ここのラーメン美味いんだよ。モツ煮もいけるぞ」  男が小柄な女性の肩に腕をかけて、空いている席へ着く。  てつやはその女性を見て固まった。美香子だった。 「てつや!?」  一度腰を下ろした美香子はすぐに立ち上がっててつやの方へ歩いてくる。  てつやは厨房へ逃げ、そこへ入り込もうとした美香子は他のバイトの子一名と店主の奥さんに止められた。 「何よ!はなしてっ息子なのよ!探してたの!てつや来なさい」  店の中で怒鳴り散らし、捕まえているバイトや奥さんを蹴ったり、その辺のグラスを払いのけたり大暴れしている。  連れの男が 「お前何やってんだよ」  と腕を引っ張って店内に戻してくれたが、その男にさえもビンタを食らわせて、また厨房へ突進しようとする。 「てめえ!いい加減にしろ!」  男は怒って美香子を捕まえ、一度殴って床に座らせてから 「おやっさん、すまなかったな」  と財布から 3万円を取り出してテーブルに置き 「オラっいくぞ。てめー迷惑かけやがって」 「息子なんだってば!離してって。てつやこないと酷いよ!おい!」 「うるせえって」  美香子は口を塞がれ、半ば運ばれるように連れ出されていった。  てつやは厨房の隅で耳を塞いでうずくまっていた。  怖いのではない。徹底的に嫌なのだ。顔を見るのも声を聞くのも。 「加瀬くん…大丈夫?もういなくなったよ」  奥さんが優しく声をかけてくれた。 「すみません…でした。すみません…すみません」  厨房のぬるぬるした床に土下座をして、てつやは店の人たちに謝る。  今の自分にはこれしかできないから。  連絡を貰って迎えに来たのは京介とまっさんと銀次だった。  店の隅っこのテーブルに奥さんと向かい合って座っていたてつやは、3人を見てまた泣きそうな顔をする。  ツーブロックにしているが被せる髪は長く、あの事件以来顔を出すのに神経質になっていて顔を隠すためらしい。その髪で、泣いてはいないが泣きそうな自分の顔を隠す。 「お母さん?みたいな人が来てね…この子を連れて行こうと暴れて…」 「本当にすみませんでした。店の備品とか…壊してしまって…俺の今月分をそれに当ててください」  テーブルに頭をつけて、てつやは謝り続けた。 「加瀬くんがそこまで謝らなくてもいいのよ。それにつれの方がお金置いていってくれたし、そこは気にしないで。こんなラーメン屋の備品なんか安いものなんだから」 「あの男の人はさ…」  と店主が椅子に座りなさいと 3人に言って話に来た。 「この辺をまとめている組の人なんだよ」 「え…」  てつやは驚いた。もう自分の母親はそんな人間とも関わっているのか… 「でもあの組は筋が通っていてね、さっきもそうだけどきちんと店のこと考えてくれてただろう。そう言う組なんでそこはまあ…安心って言うかね」  言いにくそうではあったが、店主はお金は心配するなといいたいらしい。  3人も絶句していた。 「でももう…俺はここにいることはできません…見つかってしまったし、何よりまたきて暴れられたらまたご迷惑になってしまうから…」  店主夫妻も多少の事情は聞いて雇っていたので、そこは気にするなと言いたいが、本人のあの嫌がりようを見てしまったら、無理に引き止めることもできないでいた。 「ともかく…今月分はお店の備品に当ててください。俺は要らないです。備品が間に合うなら、迷惑料として収めていただけたらと思います」  そう言って立ち上がり、再びしっかりと頭を下げてから、つられて立ち上がった3人に囲まれててつやは店を出ていった。 「大変だったな」  銀次が隣でボソッと呟くように言ってきた。 「偶然だったから仕方ない。またバイト探さなきゃな」  てつやは元気を装って笑った。 「お前さ…」  まっさんが前を向きながら言う。 「俺たちの前で強がんな」  まっさんの横顔をみて、てつやの頬に涙が伝った。 「やっぱ泣くんじゃん」  京介もそう言って、ハンカチを手渡してやる。眞知子さんはそう言うのはきちんともたせる人。  てつやは立ち止まって泣いた。  涙が地面に溢れるほど泣いて、そのてつやの肩に3人は手を置いて黙って立っていた。  いつまで続くのか。こんなことが。  本当にいっそのこと…が頭をよぎってしまう。  もう11月も終わりに近い。  4人はてつやの部屋へ向かい、葉子さんが持たせてくれた銀次の家のパンをみんなで食べた。  明日は土曜日で休みだったから、各々連絡を入れ、その日はてつやについて一緒に夜を過ごした。  1人にはできないと、誰もがそう思っていたから

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