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第4話 〜邂逅〜
あれから3日経ったが、てつやは色々考えた結果新市街でバイトを探すことにした。
学校へはいく気にはなれないでいる。待ち伏せがうざいと思ってしまった。
てつやの住む街は、東西に走る大きな道を境に新市街地と旧市街地に別れていて、新市街は繁華街を含む高級住宅街の一面があり、旧市街は所謂下町という風情である。
新市街は賑やかな分まだ年齢にそぐわない仕事も多いだろうが、できれば母親が偶然にでも来ない場所を探したい。
喫茶店やレストラン、居酒屋は絶対に無理だ。偶然があり得る。だとしたら…
てつやはバイト情報誌のとある一件へ連絡を入れた。
バーではあったが、年齢要相談と書かれていて少し怪しかったが、そう言った店の中ではそこが1番怪しくない気がした。(ややこしい)
『Boy’s Bar』と銘打ってあって、若い男の子が接客するお店なのだろうと考えて連絡を入れたが、今日にでも面接に来てと言われ慌ててシャワーを浴び、新市街へと向かった。
11月も終わりに近づき、街は少しずつクリスマスの色を呈してきていた。
この時期の華やかさは好きで、約束の18時には少し早く着いたからとその辺の店を眺めながら歩いていたが、ちょっとよそ見をしていたら何かを蹴った気がした。
ん?と足元を見ると、結構中身が入っていそうなヴィトンのモノグラムの財布が転がっている。
「おお〜」
手に取ってみたが、ずっしりとしていて多分だけど200万は入っていそうだ。
「これ絶対ヤバいやつ…」
直感でそう思い、持っているのも怖くなったがでも大金すぎて放置もできない。
てつやは仕方なく交番へ届けることにした。今の場所からならまっすぐ10mほどで確か交番があったはず。
落とさないようにしっかりと握りしめ交番へ向かい歩く。向かい側からライオンのような男が下を向きながら歩いてるのを見かけたが、あまり気にせずに交番へ赴き、ちょっと覗いてみたら誰もいなそうだ。
取り敢えず中へ…と2段ほどのステップに足をかけた時
「おいおいおい、そこの兄ちゃん」
と 柄の悪い感じで呼び止められた。
振り向くとさっきのライオン…男性が立っている。
髪は肩くらいまであって、金髪の髪を無造作に後に流して何かで留めているのでライオンのイメージだ。
ゼブラ柄の毛皮を着て、今捕食しましたの演出かなとか呑気な事も思ったが、その男は絶対にカタギではないと誰もが思う風体である。
「は…い?」
「それそれ、俺のなんだよ〜助かったわ〜ありがとう」
「え?これですか?」
取り敢えずそこから降りてくれ、とステップから下され、交番から少しだけズレた場所へ引っ張られた。
「それ無くしたらさ、俺もうこれもんで」
親指を立て。首の前で横にひいてみせた行為を見て、てつやは眉を顰めた。怖い…
「え、でも…」
疑うわけではないが、大金ぽいので矢庭に渡すよりは警官を通して渡す方が賢明な気がして
「一応交番に届けて、それからでも…あ、礼金なんていらないんで、その方が安心…」
「いやいやいや!お巡りさんに渡したらもう俺終わっちゃうんだよねー、頼むよ渡してくれ」
脅してでも奪えそうだが、この男はそれをしないでいてくれてる。ちょっといい人かな…
「あ、そうだ。開けていいから中開けてみてくれ。免許証入ってるからそれみてくれれば俺のだってわかるだろ」
てつやは、え〜…と思いながらも、じゃあ…と定番モノグラムのファスナーを解いた。
だいたいこの型の財布に百万単位って無謀っていうか…と内心思いながらキツキツのファスナーを開け、カード入れるあたりに入っていた免許証を取り出した。
『高城誠一郎』
顔写真をみると、まんまライオンの様な顔が載っていて絶対間違いない様子だ。
「な?俺だろ?」
ニカっと笑って、高城さんは手を出した。
「渡してくれよー」
と言われ、間違いはなさそうなのでてつやは免許証をしまってファスナーを閉めようとしたがなかなか閉まらない
「ああ、いいよいいよ。それコツがあるんだ。大体から無理だよなーこれにこの金ってさ」
てつやが思っていたことと同じことを言う高城さんに、てつやは開いたままの財布を渡す。
高城さんは簡単に閉めてみせ、な、俺のだろ?とまたニカッと笑った。
「いやーーー本当に助かったわ〜。これで命が繋がったよ。ありがとう。兄さんはこれからどこにいくんだ?よかったらお礼に飯でもいかないか?」
「いえ、俺これから面接なんで。お礼なんかはいいです。見つかってよかったですね。じゃあ」
できれば関わり合いたくはない人物なので、てつやは足早に去ろうとしたが、
「面接?どこに?」
俺のバイトがこの人に何の関係があるんだ?などと思いながらも
「『バロン』っていうBarです。もういいですね。じゃ」
そっけなく言って歩き出した。が、高城はなぜか隣に並んで歩き出した。
並んでみるとてつやとそう変わらない身長だ。
「バロンか。お兄さん何歳?」
「え…じゅ…18ですけど」
タッパはあるから誤魔化せるかとやっては来てみたが、この人は何か勘づいちゃったかなと少し警戒する。
「その店、どんな店か知ってて行くのか?」
「どんなって、バーでしょう。バーテンの勉強したいので」
関係ない人なんだからと適当なことを言ってみるが、高城はふむ…と息を漏らし
「一緒に行ってやる」
と肩なんか組んできた。
「え〜、いいですよ。大丈夫ですから。お財布のお礼はもういただきましたし、そこまで…」
てつやは立ち止まって、いい加減もう…といいかけ
「Boy‘s Barだぞ?」
と聞き返される。
「はい、だから俺みたいなのがお酒出すところでしょ?」
はぁ…と高城は今度はあからさまにため息をつく。
「まあ、表向きはな…お兄さんは男と寝たことあるんか?それともゲイか…」
はあ?
「ある訳ないでしょう。なんでそんな話になるんですか。もうほんといい加減に…」
とやっと言いかけて
「Boy‘s Bar ってとこは…裏で売春 やってるところだぞ。知ってて行くのかと思ったら…」
と、言葉をさらわれた。『え…』てつやは、襲われたことや母が連れてきた橋本などを思い出す。
「だから一緒に行ってやる。もちろん店だけの仕事もあるからな。俺が言ってそこだけの仕事をさせるように話をつけてやる」
てつやを上から下までジロジロとみて
「その容姿 じゃあすぐに裏に回されかねねえからなぁ」
背が高くて細身。美形な顔立ちではないが可愛い系の顔。
どこまでも恨めしい見た目だとてつやは舌を鳴らした。
しかし、せっかくここまできてバイトを不意にするのもな…と考え身を売らなくて済むようにしてくれるならそれに越したことはない、そう思いてつやはお願いすることにした。
「お…ねがいします」
「まあ、けつ触られるくらいは覚悟しとけよ」
またニカッと笑って、てつやより少し先を歩く。
「でも、そんなことお願いできるんですか?」
高城は顔だけ振り向いて
「さあてねえ」
と揶揄うように言って、まあ着いてきなって と前に向き直った。
店に着いて、高城は勝手知ったるとばかりに隣の路地へ入り、裏口を入り事務所へと向かう。
てつやはそれに着いて行くのみだが、いいのか悪いのかもわからない。
高城はとあるドアを開けて
「面接に来ました〜」
と、とぼけた声で入っていく。
中は如何にも事務所といった感じのところで、幾つかのデスクと手前にソファーが3台程置かれていて、そこには今時の服装をした若者が数人座っていた。
「誠一郎さん!?どうしてまた」
メガネをかけた白シャツに黒ズボンのインテリ風な男が事務デスクの椅子から立ち上がると、ソファーの若い子を取り敢えず、あっちのデスクに座ってて、とどかして迎えに出てきた。
男子たちは、え〜だの、だるっと言いながら誠一郎に一応挨拶をし、てつやを舐めるように見回してから奥のデスク椅子へ向かっていく。
「柏木、久しぶりだな」
「ほんとご無沙汰ですよ。生きてたんですねえ」
へっと笑って、誠一郎はソファーへどっかりと座り、柏木と呼ばれた男はてつやへ目をやる。
「この子は?」
「ああ?今日面接の予定入ってんだろう?その子だよ」
てつやは何が何だかわからずにその場に立ち尽くしていた。この人は何者なんだ?
「面接の…子?…がなんであなたと?」
まあ取り敢えず座って、と仕方なく誠一郎の隣へ促した。
「俺の命の恩人だ。丁重に扱えよ」
気分がいい時の誠一郎の笑いは柏木も心得ているらしく
「何の話です?」
と合わせるように笑う。
「じゃあ、取り敢えず履歴書見せてもらえるか…」
「そんなんいらねえだろ。俺の紹介だ。使ってやってくれ。ただし『表』のみでな」
割と強引に進めているが、てつやは自分を庇ってくれているのはわかった。
「そういう訳にはいかんでしょう。せめて履歴書くらいは…」
「お前パクられてえのか?」
「はああ?」
柏木はもう何が何だかわからない顔になっている。
「いくらあなたがご機嫌でも、一応俺の店なんですよ。氏素性もわからないやつ雇えません」
「あそこに座ってる…腹が出る服着たやつ…15くらいか?」
さっき奥へといった男子の1人を指して、その目のまま柏木を見る。てつやもえ?とみてしまう。ほぼ同じ年…。
「ぅ…」
「お兄さん、自己紹介してやって」
「へ?」
てつやは急に振られて変な声出したが
「あ…加瀬…てつやです。12月21日でじゅ…18になります…」
本当はそこで16歳。
「な?嘘言ってんだろ?」
と誠一郎が柏木にそう言うのを聞いて、てつやは下を向いた。
「だから履歴書なんて証拠残しておくなよ。俺の紹介じゃあ不満かよ」
「不満って言うんじゃあないんですけどね…」
柏木も、座ってはいるがてつやをジロジロと見つめ…
「勿体無いですがわかりました。表オンリーでいいです。使いましょう」
「さすが柏木ちゃん!話わかるねえ」
誠一郎は疲れた顔の柏木の手を取りガッツリと握手をした。
「こんだけなら、表でも客増えるだろうよ。それとな…」
急に身を屈めて小さな声になり
「こいつ、俺の『女』だから」
と柏木に『通達』した。それはてつやにも聞こえていて
「え!ちょっとあの!」
と反論しようとしたが、誠一郎は左手でストップ、と手のひらを見せ
「ここにいる限り、1番強い抑止力になる。お前もそれ振り翳してやっていけ」
柏木も頷いて、ーそれ以上の護符はないですねーとてつやに向かって言った。
「まあ、ヤりたいときには好きにやれ。何かの揉め事にはその言葉は武器になるから。俺けっこう顔聞くのよ裏新市街 で」
またしてもニカッと笑っててつやの頭を撫でた。
「色々理由あんだろうけどさ。裏新市街 で仕事するったって危ないことしなくたっていい。俺と会ったのも何かの縁だと思ってよ、無理しねえで何か目的が果たせるまでここにいろな」
最近の自分は泣いてばかりだと思いながら涙が出た。俺なんかに優しくしてくれる人…いっぱいいて…俺なんかに…
「俺なんかに…ありがとうございます…」
「おいおい、泣くなよ。それにな『俺なんか』は言っちゃダメだぞ。お前のために色々してくれる人いるだろ、俺にもだけど失礼だからな」
それぞれの友人の顔が浮かびその友人の母たちも浮かぶ。そして誠一郎。確かに失礼だな…と思う。
「高城さん、ありがとうございました。俺頑張って働きます」
立ち上がって頭を下げ、気持ちも入れ替える決意をした。
「よし、頑張れ。それとなもう一個」
「はい」
「俺のことは呼び捨てにしろな。なんせお前は俺の女なんだからさ、高城さんは他人行儀だろ」
わははと笑ってタバコを咥えると、柏木がすかさず火を差し出す。
「え…無理ですよ…」
「それできねえとやってけねえぞ」
「どえらい権利を初っ端から持ちますね加瀬くん…」
いろんな事情を知っている柏木が、まあ座って、と促した。(ずっと立ってた…)
「呼び捨てにできるのは、本当に誠一郎さんの彼女か後は上の者…」
「余計なこと言うな柏木。俺は俺だ。なあてつや、呼び捨てないと『俺の女』の効力はないんだからな、頼むわ」
じゃあ、と言って誠一郎は立ち上がり、柏木に『頼んだぞ』といい含めて
「お見送りしてくれよ〜俺のハニ〜ちゃん」
「誠一郎さん調子乗りすぎです」
柏木の言葉に笑って、誠一郎はてつやを伴って入ってきたドアへ向かう。
外に出る時に誠一郎はてつやに向かって
「俺の女だからって俺とヤる必要ないからな。俺は男はからっきしなんだ。そこは安心しろ」
と またてつやの頭を撫でて、ドアを開けた。
「たかg…誠一郎…さん…」
「誠一郎だ」
「あ…誠一郎…色々ありがとうございました。本当にありがとうございます。確かに事情があってこう言う店を選びましたが、訳もわからずに入ったら大変なことになってた気がします。ありがとうございました」
頭を下げて精一杯のお礼を言う。
「柏木は信頼できるやつだ。俺に連絡取りたければ、奴を通せ。ああ、でも…電話番号くらいは教えておこうかな。詳しい連絡先なんかは持ってるとお前が不幸になるからな」
そう笑ってスマホを取り出し、お前の番号は?と聞いてきた。教えると着信がなり、番号が表示された。
「俺のだ。名前変えて取っておけよ。不幸になりたくなければな」
お前のは登録しないでおくから…なんかあったらいつでもかけてこいなと言い残し、誠一郎は去っていった。
ドアの前で頭を下げて見送り、事務所へ戻ってみると柏木が表の店用の制服を用意していてくれている。
「シャツとリボンタイ、黒いスラックス。見習いは短めなカフェエプロンだ」
一式がテーブルに置かれていて、
「今日から出れるだろ?」
ときかれ
「はい」
と答えた。
着替えながらでいい、と言われその場で着替えをさせられながら店の説明を受ける。
「表は会員制のバーだ。だから余計なこと言う客もいないし、品のない客もたまにしかいない」
「たまにはいるんですね…」
「金使ってくれる人に何人かなぁ。切れないで困ってるんだが、あまりに酷ければ考えよう…くらいな人はいる」
まあどこにでもいるよな…と思いつつ、リボンタイに苦戦していると柏木がホックをかけてくれた。
「おいおい慣れていけ。酒も高いのが多いから気をつけて扱うように。主に水割りかロックが主流だから、作り方はさほど難しくはない。つまみも、チョコかナッツ類だから、注文さえ間違えなければ平気だろう」
後は店へ行ってから…と制服を着る作業を手伝ってくれた。
「一年くらい勤めたらエプロンが長くなるからな。そんときはまた教える」
エプロンの留め方を教えながら、色々話してくれる。
柏木は誠一郎が言うように誠実な人間だった。ヤクザかもしれないけれど…
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