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第12話 〜遭遇〜
「はよーっす」
とある日の午後5時。
「あれ、丈瑠どした?てつやは?」
柏木がデスクで読んでいた新聞から顔を上げた。
「進路指導とかで、今日8時入りするそうなんで、臨時で」
「なるほど。進路指導とか聞くとあいつもまだ高校生なんだなって思うよな」
苦笑しながら、柏木は新聞をたたむ。
「やばい橋を渡ってるの実感します?」
白シャツを羽織ってボタンを留めながら、丈瑠が笑う。
履き替えようとズボンもベルトを外し、ボタンまで外している格好で立っている丈瑠に、柏木は眼鏡を外して立ち上がって近づき
「やばいよなぁ、やばいやばい…」
などと言いながら丈瑠のボタンを止める手を止めてロッカーへと押しつけた。
「あれ、どうしました?珍しい。溜まっちゃった?」
軽口をキスで塞がれて、両手も頭の脇で柏木の手によって抑えられる。
「やばいよなぁ…」
キスをしながら股間を押し付けてきて、そこは既に臨戦体制。
「お前がやばいかっこしてるからさぁ…」
唇を浮かせて、息でくすぐったいほどの距離で言う
「こんなことくらいでこんなんなるほど、溜まってるんすねえ…」
腰をくいくいと押し付けて、同じ距離で微笑んだ。
「いいか?」
「この体勢で言う?」
微笑んで、丈瑠は手を解いてもらって柏木に抱きついた。
ロッカーの後ろはちょっとした備品置き場になっていて、グラスの予備やバーテンダーの着る制服等色々置いてある場所だ。
そこの棚に手をついて、丈瑠は後ろから柏木に貫かれている。
柏木が組を抜けた理由の一端に、これがあった。
誰でもいいわけではないが、男所帯で暮らすにはこの嗜好は少々厄介だったのだ。
「最近どうなんだ…?」
「あっ…ぁ…どうって…?」
時々柏木は、こうやって丈瑠を犯しながら店の状況や丈瑠の近況などを聞いてくる。他のスタッフにはやっていないらしい。
「ここんとこ…客を取るのが少ないなと思ってな」
ここ『バロン』と言う店は、ボーイとお客との個人的連絡は禁止していて、連れ出す時は必ず店からと言うことになっていた。
気に入った子を連れ出す際はカウンタースタッフがきっちりデータ管理をし、帰る時間はそれぞれなので、連れ出したことのみに料金が発生する。
行為のあるなしに関係なくなので、その分少々高めに設定されてはいるが、お客の年齢や立場もここに限っては上流の人が多いので、揉め事がないのも売りの一つでもあった。因みに稼働率の高い子は、本人の身体のことも考え値段設定を上げて、稼働率を下げるような管理もしている。それ以外は、個人個人の連れ出し金額はさほど差があるわけではなかった。
そのカウンターから上がってきたデータを集計をしているのが柏木なので、誰がいつ『お仕事』をしたかは全部把握しているのだ。
「ん…意識してるわけじゃないけど…はぁ…あぁいい…そこ…」
「意識しないで…客減らせるのか…」
緩慢に腰を揺らしながら、問う柏木は丈瑠の反応も楽しんでいる様子。
「俺も…そろそろ自分の店の計画でもって…あっあっ考えてて…んっ…ね…もっと…もっとしてよ…こんなんじゃないだろ…」
「なんだよ…もう|店《ここ》辞める事考えてんのか?冷てえな…」
丈瑠の『おねだり』は無視して、相変わらず緩やかに攻め立てていく。
「あっあぁ…ねえ…もっと、もっとしてくれって…」
「はしたねえやつだな。おねだりかよ…辞めてくやつに優しくはできねえぞ?」
そんな風に焦らしてはいるが、柏木もだいぶ動きたくなってきてはいた。
「まだ…まだまだだよ…ここは気に入ってるから…あぁっああ…そんなすぐに…じゃな…ああっんっ」
「そうか…ちょっと安心した…はぁ…相変わらず気持ちいなお前…じゃ、遠慮なく」
柏木は丈瑠の腰を掴み、激しく突き始める。
「はぁっあああっこれっあああいいっいいっあっあっああ」
棚の淵を掴んで、丈瑠は乱れた。まだ誰かが来る時間ではないことも相まって声も抑えなくていい。
丈瑠の方も、掃除が面倒だとゴムを嵌めてるので気にすることもない。
「柏木さん…相変わらずいい…いいところ擦ってくるからっあ…俺好き…柏木さんとするのすきぃ…。あっあっいきそ…あぁ…いきそぉ…」
「サボるから早いな…もっと俺を楽しめよ…」
「そんなの無理っあっああぁっもっと乱暴にしてよ、突いてっもっとだよ」
「お?本領発揮か?丈瑠…いいなそれ…そそるわ」
言って手を当てていたお尻を叩く
「ああっ」
叩かれて結合部が締まり、それに柏木は満足した。
「あっああぁっも…っと」
パシンパシンと音が響き、その度に丈瑠の声も響く。
そのたたく音と共に、丈瑠を穿つ音も重なり、それが速さを増す頃に丈瑠の行き着く声が殊更大きく響き渡った。
「ねえ~!激しかったって!」
事務所のソファに寝転んで、丈瑠は文句たらたらで顔を歪めている。
「そう言うおねだりされたんでな」
コーヒーを用意しながら、柏木が笑っていた。
「だからってさ…開店までに立てなかったらどうすんだよ。尻っぺたもヒリヒリするしっ。腫れてたらどうしてくれる?」
「見たところ腫れてなかったし、俺を信じなすぎだぞ。そこまでやらん」
コーヒーをテーブルに置いてやって、反対側のソファに座る。
「そう言えば、てつやが最近なんだか一皮剥けたみたいだが、なんか知ってるか?」
「なに?」
一皮剥けたって…と笑いながら、丈瑠は起き上がってコーヒーを啜った。
「なんか、店の中でも余裕が出た気がするんだよなぁ…少し前までは、どうしたって客取る子たちに遠慮っていうか、ちょっと見る目が違ってたんだが、今はそういうのが全くなくなってる」
「へえ…」
とニヤニヤしている丈瑠を見て、柏木は目を細めた。
「何か知ってる顔だな…」
「えぇ~?なんでだろうね、気づかなかったよ。さすが柏木さんだね」
ニヤニヤが笑いに変わるのに柏木が何かに気付き、細めた目をますます細くする。
「お前…」
「ん?」
「…やったか…?」
丈瑠はえへへ~と笑って、ごち~とソファに寄りかかった。
「はぁぁ~~?なんだよお前~言えよぉ」
「言うかよ~」
声を出して笑って、ソファのクッションを抱える。
「柏木さんも狙ってんでしょ?てつや。でも『誠一郎の女』じゃあんたの立場上できないもんね~~」
「知ってて煽んな」
渋い顔をして、柏木はカップを置いた。
「で?どうだったよ。あいつ」
クッションを抱えたまま、思い出すように天井を見る。
「ああ~、あいつさ…やっぱもったいないねえ~」
「そんなか?」
ん~…と考えて
「なんて言うか、天性のなんかがあるよなぁ。あれはここで売ってたらやばいよ。そっちで天下取っちゃうな」
「そりゃ言い過ぎだろ」
流石に柏木も笑うが
「まあ、天下取るは言い過ぎにしても、確かに天性のモノはあるんだよな。だってよ?初めてだよ?それなのにすんなり。終わってからもノーダメージで、しかも気持ちよかったとか笑ってる。また声もいいし…それにさ」
と少し溜めて
「本当に香ってるのかなんなのかわかんないんだけどさ。最中いい香りがする気がした。あれは体臭なのかフェロモンなのかわからないけど、めっちゃそそられたわ」
もううっとりと言っても過言ではない顔で、丈瑠は思い出している。
「お前がそこまで言うのも珍しいな」
「まあ、しばらく飽きないかな。稜も狙ってる風だし…柏木さんは…残念だね」
「なんだ?うちのスタッフは乱れてんな」
残念なのはそうだけど、売りに出せなかった|商品《てつや》はデカかったことを残念に感じていた。
その後、店になんとか立てた丈瑠は今日てつやと組む稜と久しぶりに一緒になったが…
「ねえ、どう言うこと?てつやに手を出すってさ!丈瑠⁉︎」
「あ~いや…成り行きっていうかさ、あんじゃんそういうの。飲みにいったらさ…こう…」
入店準備から始まって1時間。丈瑠はずっと稜に攻められっぱなしでいた。
それと言うのも、柏木が悔し紛れに稜がやってきた瞬間に『丈瑠がてつや喰った』と告げ口をしたせいだ。
『あの人子供かよ!』と憤っても、知られてしまったことは覆らない…
「大体さ、暗黙ってあったわけじゃん?僕だって一回はって思ってたけどさ、売りもしてない高校生をね?まさかね?23歳のおにーさんがね?喰う??」
かなりお怒りだ。
確かにてつやに関しては、誰もが暗黙で手は出さないと言ったような空気が出来上がっていたのは事実。
売り専門のお兄さんたち(同年代もいるけど)もそこは弁えていたのであるが…
「じゃあ僕も解禁でいいんだね?喰うよ?喰い捲るよ?」
「ああ、ああ、稜さん落ち着いて。捲らないでやってよ、まだまだ素人さんなんだからさ」
「その素人さんに!手を出したのは!!どこのどいつだ!!!」
男の割には甲高い、聞き用によっては低めの女性の声にも聞こえる稜の声は結構響く。
稜は、見た目が可愛らしい一見ネコタイプの容姿をしているがその実はバリタチで、見た目にそぐわない立派なものを武器に、おじさまたちを見た目とのギャップで魅了している変わり種。本人は絶対に言わないが、タチをしている理由はありそうなんだよな、と丈瑠や柏木は感じてはいた。
「稜、声でかいってお客さんきたらどうす…」
と思っていたところへ、ドアの鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ~」
今までの怒りを瞬時に抑え、稜はにっこりとお客さんを迎え入れる。
『この変わり身は…こええわ…』丈瑠はわかってはいたが毎度この変わり身を見るたびに、思い知らされる。稜の怖さを。
それからまた一年が過ぎ、てつやは来年大学受験を迎える時期になっていた。
あれ以来、丈瑠とは何度か関係は持ったが、稜も他の人間も特にてつやに関わることもなく、日々は過ぎてきた。
店には、12月に入ったら受験が落ち着く2月いっぱいまで休みをもらうことにしている。
今日はそれに向かう今年最後の日だ。
途中で稜と会い一緒に店に向かっていた。
「てつや今日で店休むんだよね。ちょっと寂しいや」
口元くらいまでの長さの前下がりメンズボブに、ゆるふわなスパイラルパーマをかけふわふわ金髪の稜は、お客さんに人気の赤い唇を寂しそうに尖らせる。
「辞めるわけじゃないし。ちょっとは顔出すよ。息抜きくらいしないと」
「M大受けるんだよね。僕の後輩だね」
「丈瑠もでしょ。まあここに住んでていい|大学《ところ》行くってなったらM大一択だしな」
ー受かるかまだわかんねえしーと続けてため息をついた。
「受験前はナーバスになっちゃうよね。わかる。まあでも頑張るのみだよ。応援してるから」
「ありがと」
身長差がかなりある稜を見下ろす形で笑うと、続けて稜が『あ、そうだ』とポケットから何かを取り出して、てつやに渡してくれた。
「なに…お守り?」
「うん。今日神社行ってきたよー。これ持って頑張ってね」
てつやの手に握らせてにっこりと微笑む
「本当にありがとう。俺頑張る」
お守りをもらったのなんか初めてだった。嬉しくててつやは袋から出したお守りをじっとみつめた。
【安産祈願】
「………」
多分だけど間違えたのだろう。こう言う意地悪をするタイプではない。
てつやは困った笑みで稜を見返すと、満面の笑みでいる。
勝てない…
「ありがと」
ニコッと笑い返して、とりあえずダウンのポケットに仕舞った。
暫く受験について話を聞きながら歩いていると、ちょっと先で揉め事みたいなことが起こっていた。
それほど狭くはないが、店に向かう路地裏の出来事だ。
「だから金出せばいいって言ってんの。おじさん持ってそうだし、この辺うろついてるなら事情わかってんだろ?」
おじさんと呼ばれた人物は見た感じ30代前半くらいで、髪はかなり明るい茶色で襟が隠れる程度の長さの髪をいわゆるハーフアップにしている。
服装も、大声を出しているやつが言うようにかなりいい服装だ。
「いや、ちょっと迷い込んでしまっただけで、ここの事情はわからないんだよ。すまないね。早いところ帰りたいんだけど」
「だーかーらー!出すもん出せば、|新市街《おもて》まで案内してやるから」
「いや、それはできないな。君たちにお金を渡す義理もないし」
おじさんもなかなかに抵抗している。
「まだ俺たちが優しいうちに…」
「やめとけ」
てつやは今にも殴りかかりそうな男の前に、おじさんを庇うように立った。
「なんだよてめえ。関係ねえだろ、どけ」
「いやいや、やめてやんなって言ってんの。可哀想だろ。しかも裏|新市《ここ》街歩いている人がお前らに金払う事情なんか俺は聞いたこともねえけど」
稜を先に行かせて、とりあえずてつやはおじさんの助けに入る。
「き、君危ないよ」
おじさんも気を遣ってくれるが、
「大丈夫っす。俺に手出しはしないはずだし、もし出してきても俺負けないっすから」
とてつやは振り向かずに言い放った。
「はあ?お前なんだよ偉そうに」
男はいきりたって、てつやに詰めてくる。
しかし男の連れが、詰めようとしてきた男を捕まえて
「おい、ダメだあいつ。手出すな」
「はあ?なんでだよ」
男は止められたイラつきで、仲間をも怒鳴り散らした。
「てつやだよあいつ。『誠一郎の女』って言われてる。あいつに手出したら後が怖いってもっぱらの…」
そんな事実はないのだが、噂というのは一人歩きするもので…。何かあるとすれば、てつやが喧嘩を体得してから、構ったやつがボコられるという事実のみ。
「誠一郎の女だぁぁあ?なんだ、ただのカマ野郎かよ。そんなんに俺が負けるわけ」
「お前は、今日ここにたまたま来ただけだろ。ここの事情も知らねえでそこまでイキるな。行くぞ。ほら!」
ここに元からいる仲間は、流石にてつやの『誠一郎の女』としての立場もそうだが腕っぷしもわかっているのか強引に男を引っ張って行こうとする。が、大人しく連れていかれるはずがない男だ。
「ふっざけんな!ここまでコケにされたら我慢ならねえ」
男はてつやの前に立った。
「はっ!お前も『初心者』だったか。いいよ、かかってくれば?おじさん、ちょっと下がってて」
なりはでかいが、たかがカマ野郎と完全に舐めている男は大声をあげててつやに向かってくる。
てつやはごめんと言っておじさんを軽くだが押して後ろへ下がらせると、真っ直ぐに向かってきた男の拳を右手で受け止め即座に手首を握り、男が向かってきた勢いを利用しながら思い切り膝で腹を蹴りあげた。
そして腹を抑えてくの字に曲がった男の後頭部へ合わせた両手を叩きつけ、地面へ這いつくばった男の髪の毛を掴んで強引に立たせると左頬へ右フックをぶち込んだ。
男は何もさせてもらえずにぶっ飛んで、仲間たちの足元へ雑巾のように落ちる。
1分もかからない出来事だった。
「あれ、大丈夫?もうおしまい?」
てつやは息も切らさず指を鳴らして声をかけるが、倒れた男は既に気絶しており殴られた時に歯でも折れたのか、口元からは血が流れ出ていた。
「つ…|強《つえ》え」
男の仲間は転がった男とてつやを見比べて逃げようとしたが
「連れてってあげなよ。仲間だろ」
男の連れたちにそう声をかけて、てつやは事の成り行きを見守っていたおじさんを見つけ
「送ってくよ」
と声をかけて先頭に立った。
「ダメだよこっちにきちゃ。あの道見えるでしょ。あなたたちの世界はあの道の向こう側。こっちは危ないよ。しかもそんな身なりで」
「君強いんだねびっくりしたよ」
てつやと負けない身長のおじさんは、ウキウキと言う感じでてつやと並んで歩いている。
「聞いてます?俺の話」
「聞いてる聞いてる。助けてくれてありがとう。僕も色々言ったけど、どうしようかと困ってたんだ」
でしょうね…とてつやは目だけを上に向けた。
「はいここまで。どこに向かってたのか知らないけど、この道、ここね、ここから向こうにしかあなたの探してる店はないと思うから、こっちに来ちゃダメだよもう。来るならタクシーか車でどうぞ」
言い聞かせるように言って、じゃあ、と離れていくてつやをおじさんは呼び止めた。
「なに?」
「てつやくんだっけ。どこに行けば君に会えるのかな」
どこで名前を…とは思ったがさっきの男の仲間が俺の名前言ってたっけと思い出した。
てつやは、はああっと深いため息をついて
「俺に会おうなんて思わなくたっていいから。名前も忘れてな。じゃあね」
そう言って強引に引き上げてしまった。
「なんだあのおっさん、話し聞けっての」
いらない時間を取ったが、事情は稜が言ってくれているはずだ。が、とりあえずてつやも急いで店に向かうことにする。
おじさんはてつやの背中を見送りながら
「てつやくんか…『誠一郎の女』ってなんだろう。その線から調べられそうかな」
今日助けたこのおじさん。この人こそが後々てつやたちに関わってくる文ちゃんのとーちゃんいわゆる『文父』であったのだが、まともにおじさんの顔を見ていないてつやは関わることになってもこの出来事には気づかないで過ごすのだろう。
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