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第19話 〜変移〜
「おれってエロいの？」
「「は？」」
丈瑠はパエリアを盛りながら、稜は切ったチキンを口に入れてフォークを咥えたままで動きを止めた。
てつやが仕事前に食事でもと、新市街のレストランに2人を呼んだのは平日の午後4時。
先日の一件でちょっと思うところができて、2人に相談したかったのが本日呼び出した理由だ。
「なに？どうしたの」
やっとフォークを外した稜が、ちょっともぐもぐしながら聞いてくる。
「ん〜、自分のことなんて全く気にしてなかったんだけどさ、最近よく言われるんだよな…」
「エロいって？」
盛ったパエリアを手元に置いて、丈瑠はワインを口にした。
「エロいっていう言い方じゃないんだけど」
「色気があるとかでしょ？」
稜が代わりに言ってきて、てつやは渋々うなづく。自分で色気があるとか言いたくはなかった。
「実はね、僕もそれは思ってたんだよ。敢えて言わなかったけどね」
チキンが美味しかったのか、もう一切れ皿にとってナイフで切り始める。
「ほら、この間のカフェテリアでの一件あったじゃん。あの時僕がなんで気付いたかって言うとね、窓際に座ってたてつやがそういう感じだったからなんだよね。色気がムンムンしてるなあってみてたんだよ」
ーあのおっさんが来るまでねーと続けた。
てつやはーそっか…ーと項垂れる。
「俺も最近のお前見ててそう思ってたよ。そばにいられると勃っちまそうだなって」
笑っていうが、それって酷い。
「柏木さんも言ってたなそう言えば…」
「ええ〜〜〜〜？」
てつやは頭を抱えた。
え、やなの？ーと、稜が聞いてくるが即座に
「嫌だよ…」
と不貞腐れる。
「昔から変なのに絡まれてたけど、最近また多いなって思ってたんだよ…その所為かあ」
てつやは料理には手をつけず、アイスティーをずっと啜っていた。
大皿で頼んだ3品の他にも好きなの頼んでよ、とは言っておいたが、育ち盛りのてつやが食べないと、案外減らない。
「食欲ないの？」
3切れ目のチキンをとって、稜が一個てつやの皿に置いてあげる。
「食べないとダメだよ」
お酒は20歳とはいうが、18歳になってからてつやも店でお客さんに奢ってもらう酒を飲むようになっていた。
空きっ腹によくないと、稜はもう一つの皿のオムレツも切り取っててつやの皿に乗せる。
「てつや…怖くなったか？」
丈瑠がワインを注いでてつやの前に置いた。
「あ、ああ…そうか」
稜も何かを思い出したのか、そう言ってちょっと黙る。
「怖いっていうんじゃないんだけどな…。またそういうので迷惑かけるのかなとか、そういうやつ…この間も変なのきたけど、見るのももううんざりで…」
若い…というかまだ10代半ば頃だと、なんで自分が…という気持ちが強いが、歳を重ねると、自分の持ってるものが原因だと気付いてしまう。
「自分で呼び寄せてんのか…って思うとちょっと気が滅入る」
ワインを口にして、自重気味に笑った。
「自分がっていうか、その人がどんなでもね？悪い風に近づいてくる方が圧倒的に悪いんだから。そこ間違えちゃダメだよ、てつや」
「そうそう。それにな、お前はちょっと特殊かもしれないけど、俺たちもそういうことがないわけじゃないんだ。俺たちみたいな感じでセックスの経験を積むと…どうしたってそういう色気はついちまうし、街で名指しで誘われたことなんか数えきれない」
隣で稜もうんうんと頷いている。
「でも俺は売りは…」
「その代わり、遊んでんだろ？体使ってさ」
あ…と言葉をつぐむ。
男女ともの初体験を済ませて2年弱。大学に入って、受験から離れ今が一番解放的に遊べる時期だ。てつやが羽目を外して遊んでいても不思議はない。それ自体は問題ではないのだ。
「『遊ぶ』にも責任はかかってくるからね」
稜もワインを口にして、テーブルに肘をつく。
「まず病気でしょ？相手の事。女の子だったら避妊も大事だし、年齢詐称に引っかかるとこれまた警察沙汰だよ？色々付いて回るわけだよ」
「そこに、お前の場合は、変なおっさんホイホイ機能が加わるわけよ」
それは責任なのか…？
「遊んだ結果色気が増して、おっさんホイホイ機能の性能が増してしまうなら、それも責任の一端なんじゃねえの？」
てつやの場合は、親があんなのだったので今まで自分で責任をとってきた自負もあっただろうが、『未成年』と言うことで許されていたことがあったことは、そろそろ解らなければいけない、と解らせてくれようとしているようだった。
「責任…」
「そうだよ。てつやが遊ぶのは自由だけどさ、たとえば病気持ってる子とやっちゃって、それを他の子に…って言うのもありえるしさ。僕らは自分でだけどちゃんと検査やそれなりのケアやってるんだよ。遊ぶにはそこもちゃんとしないとね。話の本筋ずれちゃったけど」
美味しいから食べな、と何度も言って聞かせ、てつやは漸くオムレツにフォークを刺した。
「美味 …」
「ね、ここのお店美味しいよね。スペイン料理が多いのも好きなんだよ。いい店選んでくれてありがと」
ワインとお肉でご満悦な稜。
「だからてつや。向こうから無遠慮にくるやつは相手しなくていい。自分を責めるな。前にも言ったけど、俺たち…もうお前もバイってことで入ってるけど、そんなやつらと俺らを一緒にしちゃだめだぞ。悪意は悪意なんだからな」
「うん…」
「そうなんだよねー。無意識に色気蓄えてから苦労してんだよこっちだってさ。お前らみたいのがいるからーーーって言ってやりたいよ」
ワインのフルボトルを一本空けてしまった稜は、タブレットで2本オーダーする。
「もうてつやはそういう奴らと戦えるようになってるんだからね。誰かに迷惑かけちゃうはもういらないんだよ。気持ちで負けちゃダメだよ」
大体この間のだって、柏木さん呼ぶ意味あった？ーと稜は、髪型を変えた際にせっかく作った前髪を鬱陶しそうに払って憤った。
てつやはーああ、そうか…ーと腑に落ちた。
無意識で、またかーさんズや仲間に迷惑をかけてしまうと思ったが、今の自分は自分で対処できるのである。
だからと言って変なのに絡まれるのはもう嫌だったが…。
「色気上等だ」
丈瑠があげたグラスに稜も掲げ、てつやにも持たせて鳴らし合う。
そんな色気上等な3人は店の窓際片隅に陣取っていたが、その3人を外から見た人たちに周りの席を固められているのには流石に気づかなかった。
日曜日。
この日は珍しく何も用が無く、てつやは自室でFXの勉強をしていた。
これだけで稼ぐつもりは、今はないけれど身につけておけば絶対損はないと柏木に付いて色々教わっている最中だ。
持ち株も、銘柄が増えたらTOBとかもやってみたいと思うが、まだ先の話だなと色々考えながら黙々と作業をしていると、部屋の外からノックと共に呼ばれた気がした。
玄関に立ってみると、まっさん、銀次そして京介が立っていた。
「お？どした？」
「今平気か？」
まっさんがちょっと中を覗くようにして聞いてくる。
「うん、誰もきてねえよ。まあ入れば」
てつやは先に立って居間へ戻り、パソコンを部屋の隅のカラーボックスへ移動させてテーブルを空けた。
勝手知ったる部屋で、みんな各々がこの部屋で決まっている自分のポジションへと腰を下ろす。
「久しぶりじゃねえ？どした？」
冷蔵庫を確認しても水しかない。
「何もねえや、なんか買ってくるからまってt…」
「大丈夫持ってきた」
銀次が家のパン屋 の袋と、ペットボトルが入っているであろうコンビニ袋を掲げた。
「何、用意いいじゃん」
ふらわあのパンも久しぶりぃ〜、とてつやはにこにこ笑って、これも決まった自分の場所へと座る。
「本当久しぶりだよなぁてつや。元気そうでよかった」
言いながら銀次がパンをテーブルに出した。
久しぶりと言っても2週間ちょっと程度なのだが、ほぼ毎日会っていた頃にしたら全然だ。
「元気だぜ〜、お！クリームパンあるじゃん！すげえ」
てつやもしばらく食べていなかったふらわあのパンに湧き立っている。その姿を冷静にみているのはまっさんと京介。
「牛乳もあるぜ、パンには牛乳だぞ」
銀次が甲斐甲斐しくてつやに勧めている中でも、2人はじっと観察中。
暫くはパンに気を取られていたてつやも、3分くらいでそれに気づいた。
「なに？」
パンを咥えてまっさんと京介を交互に見る。
「な？」
とまっさんに言う京介に
「うん…まあなあ…これは流石に…」
と、顔を合わせあってから、改めててつやを見た。
「なんなん？」
牛乳でパンを落とし込んで、てつやはパンを置く。
「いや、今日はちょっと聞きたいことあってさ」
まっさんは前に置かれたペットボトルの紅茶を開けて、こくんと飲み下した。
「聞きたいこと？いいぜ？なになに？」
何だろうとは思ったが、大したことなさそうだなとてつやはパンを取り上げ、再び口にする。
「ちょっと前に京介が耳にしたらしいんだけどな」
まっさんもパンを手にして袋を開いた。
「『誠一郎の女』ってなんだ？」
何でもないことを聞いているかのように装って、まっさんはパンを出して齧っている。てつやのことは見ていない。
てつやは一瞬咀嚼を止めたが
「ああ、お前らにまで聞こえちゃったか…」
ため息をついて今度こそパンを置いた。
「言う機会もなかったんで中々この話できなかったんだけどな、要はこう言うことなんだ」
とてつやは最初からじっくりと、誠一郎との顛末を3人に聞かせた。
「じゃあつまり、その金を拾ったお前に恩義を感じて、その人が俺が目をかけているから滅多なことはするなよ、って言う意味ってこと？」
「そう」
話終わって少し安心したのか、てつや は再びパンを齧り始める。
「その人は超女好きだから、俺になんかするなんて最初からないって言われてたし、ほんとに何もないんだよ」
3人はあまり気取られないようにしてはいたが、内心ほっとしている態度は見てとれた。
「あの辺締めてる人のお気に入りとかきくとさ、やっぱこっちも穏やかじゃ無くなるって言うかさ…」
銀次が正直に言ってくれた。
「だよなぁ、この話は最初にって言うか、前に店の事話した時に言えばよかったな」
「だぞ〜」
銀次がパンチの振りでてつやに笑った。
「それのことで俺も一回あったぞ」
銀次が続けて話出した。
「専門の友達とさ、新市街へ飯食いに行った時、8人くらいで行ったから4人ずつに離れちまったんだよ。通路を挟んで席取れるかと思ってたけど、無理だったんで仕方ないって離れて食ってたんだけどさ、何を話してたか俺が『友達に加瀬てつやってやつがいてさ』って話出した途端にさ、その通路挟んだ隣に座ってた兄さん方がたちあがってさ、『てつやさんの友達ですか？』ってくるんよ。だから幼馴染だよって言ったら、席空けるんでさっき離れたお友達隣に呼んでくださいって言いながら店のお姉さん呼んで席変えてくれたんだよ。そん時おれは、お前がなんかここの王様にでもなったんかと思ったぜ」
これには全員が笑うしかなかった。
「それってさ、あの辺たむろしてる奴らは誠一郎に気に入られたら色々動きやすいらしくてさ、だから俺に関係することでも良いことやっとけば恩恵に預かれると思っての行為なんだよな。おもしれーだろ」
馬鹿らしいべ〜、とうんざりするてつやにまっさんは
「お前って結構すげー世界にいるなぁ」
と改めて感心する。
「でも俺には関係ない世界だしな。あの店で働いてたら金になるってだけでさ」
実際大学の費用も、おかーさんズが密かに三等分で…などと話し合っているのを息子たちも聞いていたが、1人で払ってるしな、と仕事の是非はいずれにしろ頑張っていることは認めてやらないとなとは思う。
「で、お前あの仕事ずっとすんの？バーテンダー？」
あの店で便宜上バーテンとは言っているが、実際にカクテル等が作れるわけでもないし、お客と男の子を繋ぐだけの仕事だから、長く続けててもいいことはなさそうだ。
まっさんはそれを見越して聞いてきたのだろう。
「それなんだけどなぁ…ちょっと思うことあってそろそろかなあって」
「それってお前のその色気と関係ある？」
京介がストレートに言ってくる。
「ん〜やっぱお前らにもそう見える？俺」
まあそうなんだけどさ、とボソッと言っててつやはちょっと黙った。
「さっき入ってきてからずっと、俺とまっさんでお前見てたんだけどな、まっさんも納得できたみたいだぞ」
「うん、何だろうな…女っぽいとかそう言うんじゃねえんだよなぁ…」
まっさんにじっと見られて、てつやはーやめてーと苦笑する。
「多分だけど、お客さんにもそう思われ始めてて、俺が売りしてないのわかってる人まで『一応声かけてみるけど』って感じで来るんだよ。ちょっとまいってる」
何事にも潮時というものがあって、てつやの周囲 もちょっと動き出す時期なのかもしれなかった。
「この間も、大学 のカフェテリアで大崎みたいなのにひっかかっちまってさ」
「「「はあ？？」」」
3人の驚き用は格別だ。
「たまたま稜がいてくれて、丈瑠も来てくれたんで何も無く済んだけど、ちょっと俺怖くてさそん時」
「だよな…」
京介は、知らなかったとはいえまた守ってやれなかった…と拳を握りしめていた。
「でも前と違ったのは、やる気になれば俺はそいつぶん殴れるようになったっていう気持ちは持ててた。なまじ誠一郎がらみできた奴だったから手を出せなかったけど、もしあんなふうに近寄ってくるやついたら、もう泣いて怯えるだけじゃないって事も判ってきた」
あの事件の日、げっそりと淀んでいたてつやはもういないのか、と力をつけたてつやを頼もしく思う反面、なんか寂しい3人。とか言って自分らがどうこうできるものでもないのだが。
高1の頃の生傷が絶えなかった日々が、てつやに自信をもたらしたんだろう想像はついた。
「うちの母ちゃんがな」
と、まっさん。
「『てっちゃんはいつまであの仕事する気なのかしらね』って言っててさ。それもあって今回、銀次と京介誘ってここにきたんだけどな」
「かーさん達にまで心配かけてるなら、本気で考えなくちゃだな」
「でも学費はどうすんだ？あと3年もあるぞ」
と銀次が問うと
「一応、全額納めちまったんだ。退学しても戻らないらしいから、頑張って卒業しなきゃならなくなった」
となんでもないように笑っているが…
「「「全額？」」」」
流石に驚く。
「いいいいいくら？どんくらい？」
銀次に落ち着け、と笑っててつやは
「教材費とかはその都度だから、学費としては4年で…まあ一括入金ってことで割引もあったんだよなそれで このくらい」
と人差し指を一本出した。
まさか100万ということはないだろうから…
「一千万…か…？」
一気に空気がドヨンとなった。
バイトで家に入れてるとはいえ、親の脛を齧って大学や専門に入ってる自分たちときたら…
「まあ俺頑張ったよ。ボトル一本入れてもらうと1万貰えるとか、たいした額じゃないけどチップもらったりとかさそういうの全部溜めてた。幸い入学金はあったから、もしあれならそれだけでもと思ってたけどな」
「おまえすげえな…」
3人が三様にそういう意味のことを告げてきた。
「でもあれだぞ？受験終わってからも、何かといえば惣菜を作ってくれたりしてくれた母さん達のおかげもあるし、売りしなかったのも、お前達に迷惑かけたくなかったからだしさ。みんながいなかったらできなかったんだから、すごくもなんともないんだよ。頑張れたのはみんなのおかげ」
「しかもいいやつになってるううう」
銀次が泣きまねで言ってくる
「元々いいやつだろ！」
こうやってみんなで騒ぐの久しぶりだなとてつやは思っていた。
あの世界はあの世界で楽しくないわけじゃないけど、やっぱりこっちの仲間がホッとする。
近々柏木さんに話をしてみようと考えた。
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