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第20話 〜通知〜

 話をするタイミングを逸したまま2.3日が過ぎた頃、店の締めをしている最中に柏木がやってきた。 「この後ちょっと時間取れるなら残ってもらえるか?」  今日は丈瑠も稜も出払ってしまって締めは1人だし、何の用もないので 「大丈夫です。わかりました」  グラスを洗いながら、応える。  売り上げはカウンター下の引き出しに入れているので、伝票を売掛とわけてクリップし引き出しごと柏木へ渡すことになっていた。  10数分後、てつやは引き出しを持って事務所へ戻りそれを渡して着替え始める。 「出かけるんじゃないでしょう?いや、それでも良いんですけど」  シャツを脱いで業者用のカゴに入れて、Tシャツを着替えた。 「ああ、そっか。飯食っても良いかもな。なんか食いに行くか?」 「寿司!」  やや食い気味に用意してあった様にいてくるてつやに笑って、ーわかったよーと柏木も薄手の上着を羽織った。  夜中ゆえに回転寿司もないので、夜のお寿司はいつでも回らないところ。  小上がりに席をとって、まずは乾杯。 「お前が飲める様になって、よかったわ」  生ビールを一気に空けて、柏木は上機嫌。 「飲まないと俺食いますからね」  てつやも笑って、こっちは半分ほど飲み干す。  18から飲む様になって、てつやのアルコールの強さは異常だと丈瑠が言っていた。  最初はほろ酔いにはなっていたが、3ヶ月もしたらお客さんの奢りのロック5.6杯では全く酔わなくなった。  本人は仕事中で緊張感あるからだとはいうけど、普段の食事でもそんな感じだから、元々アルコールの耐性が強いのだろう。 「そうそう、お前食うからな。まあ飲まれる方が痛手は大きいんだが」  柏木がおかわりのビールを受け取って、本題なんだがなと、ジョッキを置いた。 「はい」  てつやもお通しをつまんでいた箸を置いて、聞く体勢をとる。 「お前さ、やっぱり売りはやらねえのか?」  言いづらいのか、柏木はジョッキの水泡をながめていた。 「ああ、そのことですね。俺もちょっとそのことで話があったんっすよ」  『そのこと』が何を指すのか、柏木にはすぐに判った。要はてつやの『色気』の話だ。 「ああ、じゃあお前の話から聞こうか」 「俺の話は、柏木さんがさっき言ってたことの答えになると思うんすけど、俺そろそろ…って考えてます。店のこと」  意外なことを言われて、柏木は咄嗟にてつやを見てしまった。 「辞めるってことか?」 「はい」  てつやは真っ直ぐに柏木を見て返答する。 「俺の話の答えってそういうことか…やっぱり自分でも気付いたのか?俺今日はお前を売りに出すか、嫌なら事務所勤めになると言おうと思ってたんだが」 「気付いたというか、もう周りがそう言ってくるんで」  苦笑いをして、てつやはビールを煽った。 「周りから言われてるってなら、店でも結構言われてんだな。誘ってくる客が増えたって丈瑠が言ってたな」 「ええ、そうなんですよ。売りしてないってわかってる人も何でか誘ってくるんで、どしたんだろうと思ってたんですけどね…」 「俺から見ても、割とすごいぞ…」  いやぁ〜とてつやは後頭部を押さえながら下を向く。 「まあ…15の頃に襲われたのも、多分俺がそう言うの『持って』るからなんだなって最近思い始めて。売りをしないでここにいるのも申し訳ないし、売りをする気は絶対にないから…」  柏木は、届いた一品料理数点をつまみながら話を聞いていた。  てつやは、さっきから苦笑いしか出ないが新しいビールを飲みながらポツポツと伝えてゆく。 「まあ…お前の気持ちはわかるわ…。仕事でもなければ他人にエロい目線で見られるのは辛いだろうしなぁ」 「ですねえ…先日の佐藤の件とか、結構決め手になっちゃったっていうか」  柏木は、あののほほんとしながら性欲しか詰まってない様な体型を思い出しうんざりとした。うちの貴重な人材を! 「後はまあ…ちょっと真面目に勉強したいかなと。柏木さんに教わってること面白いんですよ。あれしばらくやって行きたくて」 「じゃあ俺んとこにいれば良いじゃねえか」 「辞めるまでにできるだけのこと教えてください」  居る気はないと…。 「いつに決めてんだ?」 「次の誕生日でおれ19になります。その誕生日で区切りをつけようかなと」 「12月だったか」 「21日です」  今は9月末 「2ヶ月ちょっとか…寂しくなるなあ…」  そう言ってもらえることは光栄だった。  16歳になる11月ごろにお世話になり始めて、丸3年。 「まだ3年なんですね。もっと長くいた様な気がする」 「普通はこれから入店する歳だな」  柏木に言われ、本当ですねと笑う。 「本当にお世話になっt…」 「ストップ!まだ2ヶ月ある。感傷的になるのは早いな」  まあそうだな、とまたしても苦笑して、てつやもおつまみをつまんだ。 「丈瑠とかには言ったのか?」 「明日言おうと思ってます」 「そうか、寂しがるだろうな」  まあ…先日相談した時も頑張れって言われてたしな、とちょっと申し訳ない。  そこからは、教えてもらってる資産運用の話など色々を話して明け方まで話し込んだ。  電話が鳴って、誠一郎は番号も見ずに取る。 「はい」 『あ、誠一郎?てつやだけど」  最初の頃は絶対に呼び捨てにすらできなかったのに、今では呼び捨てタメ口が基本になっていて、『誠一郎の女』としては満点のてつやだ。 「おー、どうした。珍しいなかけてくるのは」 『ちょっと話があって。電話では失礼かなとは思ったけど、いつ会えるかわからないから一応伝えておこうかなって』  誠一郎は手元の書類をそばに立っていた秘書の金城(きんじょう)に渡すと、後ろに倒れるんじゃないかと思うほどしなる背もたれに寄りかかった。 「おう、なんだ?」 『12月の誕生日で店辞めることにした』  誠一郎は片眉をあげて、スマホを左手に持ち替える。 「そうか、思ってたより早かったな…何年だ?」 『3年ちょいかな』  やはりもっといた様な気がすると言われ、ーみんな言うーとてつやは笑った。 『会った時に詳しく話すな。いつか時間があったらとってほしい。いつでもいいよ、まだちょっと先だし』 「わかった。時間が取れたら連絡する」 『うん、ありがと』 「今からか?店は」 『そう。家出る前にと思って。夜になっちゃうと誠一郎もっと忙しくなるだろうしな』  そんな些細な気遣いに電話のこっちで笑って、誠一郎は 「そんな良い子には、今夜会いに行っちゃおうか。仕事終わり空けられるか?」  言いながらデスク上のあるボタンを押すと、すぐに先ほどの金城が戻ってきた。 『え、まじ。どっか行くなら少し小綺麗な格好してくけど』  金城に電話を聞いていろとジェスチャーをして 「ああそこは気にするな“まだ”その必要はない。今日は飯でも食いながら話をするだけにしよう」 『よかった。買いに行かなきゃかと思った』  てつやの笑っている声に苦笑する。 「おいおい、スーツくらい持っておけ」 『入学式のならあるぜ』  それを聞いて誠一郎は何やらメモをし始めた。 「お前身長は?』 『183かな 5くらいにはもうなったかも。なんで?』 「まあまあ…で、体重は」 『ん〜…この間ジムで測った時は70ちょうどだったかな』 「細えなぁ…」 『標準だぜ』 「はいはい、まあそんな訳で今夜空けとけな。柏木には言っておく。きっちりに帰せってな」 『わかった。よろしくな。じゃあでかけるから』 「おう、気をつけてけよ」 『へ〜い』  電話は切れた。 「今日お出かけですか?」  金城がスケジュール帳を開いて確認をする。  タブレット管理は誠一郎が許してはいなかった。いつ壊れるかわかんねえものに自分を預ける気がしないと言うことだ。 「出かけるったって12時回った頃だ。なんか入ってるか?」 「入っていると言えば、響子様とのお約束が…」  響子は裏新市街のクラブのママで、5店舗を持つやり手ママだ。  クラブといっても銀座系のアレ。 「あ〜それか。俺が連絡しておこう。それ以外はないな」 「はい」 「それなら12時から『バロン』へ行っててつやと飯にいく」 「わかりました」  金城は何やらを書き込んで、ご用意するものありますか、と聞いてきた。 「いや、今日はいいか…なんかあった方がいいのか?」 「まあ…『誠一郎の女』と言う立場は色々気苦労もあるでしょうからねえ」  金城は意味深なことを言ってくる。 「なんだよ、含んでくるじゃねえか」  誠一郎とて、その名を背負っててつやが喧嘩に明け暮れた日々も、それで揶揄われて要らぬ争いをしたこともわかっていた。 「あなた一回もプレゼントとかしたことないでしょう?てつや君に。最後近づいてきてるなら、一回くらいそう言うのがあってもいいかと思いましてね」  そう言えば、今までに何もやったことはなかったな、と思い返す。  さっきの電話で、餞別にスーツでもと思って身長と体重を聞いてはみたが、それ以外になんかあっても確かに悪くはない。 「何がいい?」 「そうですね。裏新地を出られるなら、一般の学生さん並みの財布とかいかがです?何十万もするのではなく、何万程度のもので」  ふむ…と誠一郎は考える。 「…任せてもいいか…」  頭パンクしたらしい。 「わかりました。早々に行ってまいります。少し空けますが、仁科に言っておきますので何かあったら仁科の方へ」 「ああ、頼んだぞ」  誠一郎はたわんだ背もたれから起き上がり、タバコを取り出して一本吸い点けた。 「あの小僧が裏新市( こ  こ)街を出ていくか…」  感慨深そうにそう呟いて、再び背もたれに寄りかかると椅子を回して後の窓へ体を向ける。  9月末の5時辺りはそろそろネオンも点き始め、薄暗空の向こうが仄かに青色とオレンジの混ざったような色を残していた。  その少ない青色にてつやを重ね、ーへっーと笑って、誠一郎はタバコを咥えた。

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