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第21話 〜信頼〜
「ええっ!てつや辞めんの?ここ?」
5時半に事務所へ入って、準備をしていた丈瑠に店を辞めることを告げた。
かなり驚いてもいたが、何となく察していたようで、その後にーそっか〜…ーと言って着替えを始めた。
そのまま店の準備のために店に移動して話を続ける。
丈瑠にしてみれば、稜もいたがカウンター専門でいつも居るというバイトが今までなかったため、ここに来ればてつやがいると言うのは結構安心材料にもなっていたのだろう。
「なにすんの?辞めて」
「学生に決まってるだろ」
笑って返すが、
「今だって学生だろうよ。その他にって事だよ」
ちょっと頭をこづいて、丈瑠も笑う。
「ちょっとしたバイトはするかもしれないけど、一年くらいは暮らしていけそうだから、少し勉強に専念しようかなって思ってる。でもその辺はまだわかんないな」
柏木に教わったことを少し掘り下げたいのもあって、今のところバイトは考えていなかったが、まあ気晴らし程度にはいいのかなとか、考えようによっては経理事務所や会計管理事務所とかのバイトもあるかもしれないななどとは考えてもいた。
「へえ〜。じゃあアッチの方はどうすんの?俺、継続で相手するよ」
ニコニコとさっきとは違う笑いでふざけて近寄ってくる丈瑠に、やめろよとやっぱり笑っててつやは言う
「辞めたらしばらくセックスしないかもなぁ…なんかだいぶやっちゃった感あるし」
「女も?」
「なんかそっちの方がめんどくさそ」
だめだこの人と丈瑠は爆笑して、まあ俺がいるからとか訳わからないことを言っていた。
「てつや!辞めるんだって!?」
なぜか店の入り口から稜が駆け込んでくる。
「いらっしゃいませ〜、クリュッグのロゼですね〜いつもありがとg」
「本当なの?」
冗談を言おうと思って完全にスルーされた。
「うん、ほんと。稜にもお世話になったね〜」
のほほんとした顔で本当にシャンパンを出そうとするてつやを止めて、
「まあ、クリュッグがうちにあるわけはないけどさ、ええ〜〜まじなのか〜〜びっくりしたよ、丈瑠にラインもらってさ」
今の間の何処にLINE打つ時間があったんだろうと思わず丈瑠を見てしまう。
「この間の話の時も結構参ってたから、まさかな〜とは思ってたんだけどね」
カウンターの席について、稜は突っ伏した。
「そんなに残念がってもらえると、なんか照れくさいけど嬉しいよ」
グラスを磨きながら、なんか飲むか?と聞いてみる。
「クリュッグ…」
ないって自分で言いましたやん…
「いや、いい。今日は仕事入るつもりできたから」
気まぐれにおじさまの相手をしに来た稜は、途中でそんなラインを貰い慌てて店から駆け込んできたと言うことだった。
カウンターの脇から事務所へ向かい、今日は途中で抜ける気だからと着替えずに荷物だけ置いてまた店に戻ってくる。
「そっか〜そうなんか〜〜」
テーブルを拭いてはそう言い、グラスを並べてはそう言い、あれやればそう言いをずっと繰り返す稜にいささかうんざりし始めた頃、ドアベルが鳴った。
「瀬戸さんいらっしゃい」
やっと営業用になった笑みを浮かべて、稜は瀬戸へ寄ってゆく。
「お、今日は3人揃ってるんだね」
瀬戸さんはカウンターについて、入っていたボトルを出してもらった。
「今日一番客です。言いことありますね」
なぜかこの店に一番に入ったお客さんは、後であの日さあ…といい話を聞かせてくれることが多いのだ。
「お、そうなの?じゃあ今日はどんないいことがあるのかな〜」
と、瀬戸がまんざらでもない顔で丈瑠が入れた水割りをうけとる。
「悪いこと…っていうか悲しいお知らせならあるんですけどね…」
大袈裟にため息をついて、稜が瀬戸の隣に座り込んだ。
「おい、稜!それはまだ言っていいって言われてないぞ」
てつやも困った顔をして、サービスのキスチョコをカクテルグラスへ入れている。
「え?悲しいおしらせ?なんだい?それは」
「すいません瀬戸さん。ちょっと稜 テンパってて、気になるでしょうからお教えしますけど、ここだけの話にしてくださいね。みなさんには後できちんと言うんで」
と、丈瑠が場を取り持って、瀬戸にだけ小さな声でてつやの退店を知らせた。
「ええ?そうなのかい?てつや君。いやぁ…本当寂しくなっちゃうなぁ」
瀬戸は本当に驚いたようにてつやを見て、とりあえず好きなの飲んで、と言ってくれた。
「いつだい?」
「12月の21日が誕生日なので、その日を最後にと思ってます」
お言葉に甘えて、と瀬戸のボトルからロックでいただきグラスを合わせる。
「そうかあ、でも君は初志貫徹で通したね。偉いと言っちゃあ他のみんなに失礼だけれど、初志貫徹はすごいと思うよ。頑張ったね」
ははっと笑ってグラスを傾け、ー最後に一発どう?ーとか言われなくて安心した。
「瀬戸さん紳士的で助かります」
てつやはキスチョコを勧める。
「まあ、やらないって言う子を無理に誘ってもね」
瀬戸はこの街では結構大きな会社と言われる会社の専務さんだ。
この店は割とそう言う立場のお客さんも多く、綺麗に遊んでくれるので比較的これ関連の店では良い方とされている。
てつやが初めてきた時にも、そう言われて安心したものだ。
「瀬戸さぁん?僕今日空いてるぅ〜」
まだ隣に座っていた稜が、甘えるように瀬戸に擦り寄ってきた。
「お?そうなのかい?僕も今日はされる方がいい気分だったよ。稜くんが相手してくれるなんて嬉しいなぁ」
「ほんとに?よかった。じゃあどうする?」
「食事でもするかい?何か食べたいかな」
その問いに、稜は瀬戸に耳打ちをして最後に頬にチュッとする。
「おやおや、ずいぶんやる気だねいいよ、稜くんのいいようにしよう。じゃあ稜くん借りてくから、後で請求してね」
「行ってらっしゃいませ」
「じゃあ表で待っててね」
稜はカウンター裏から事務所へもどろうとして、丈瑠に止められた。
「もう言いふらすなよ。広まったらてつやが居づらくなるだろ」
「わかってるよ。大丈夫。瀬戸さんも僕が口止めしておくから」
自分で暴露しておいて妖艶な笑みを浮かべてそう言っちゃう稜は、やはり最強だ。
「もうなぁ、あいつショックなのはわかるけど」
瀬戸のグラスを片付けながら、丈瑠はぼやく。
てつやは黙ってグラスを磨いていた。
その日はなぜだか盛況で、裏で待機していた5人もの男の子たちも全員連れ出され、最後には丈瑠もアフターで呼ばれて行ってしまうほどだ。
店の締めは少しだけ柏木も手伝ってくれて、何とか12時には終わらせることができた。
「お前を12時に空けとかねえと、誠一郎さんに怒られちまうからな」
そんなふうに笑って柏木は店の電気を消した。
事務所で着替えて待っていると、誠一郎が秘書を伴ってやってくる。
「あれ、金城さん珍しい」
売り上げの計算をしていた柏木が、誠一郎の後の金城へと目を向けた。
「ちょっと訳ありで」
メガネを中指でクイッとあげて、柏木をみてからてつやへと目を移す。
「てつやさん、裏新市街を卒業なさるそうで」
卒業?
「卒業って、金城さん。まあ…学ばせてもらいましたからね、ここでは」
金城はてつやも何度か顔を合わせたことのある人物で、真面目でお堅い銀行員の様な格好をしているが、誠一郎の秘書兼ボディーガードだ。
密かに喧嘩の方法を教わったこともあった人で、この人にもてつやは感謝をしている。
「華のある方ですから…ここに長くいる人じゃないので喜ばしいことです。おめでとうございます」
「金城さん、そりゃないでしょ」
柏木も困った顔で苦笑した。
「だよなあ、俺たちに華がないみたいな言い方だよな」
誠一郎も気にはしてなさそうにそう言って柏木を宥める。
「あなたたちは、私も含め徒花として咲き誇りましょうよ。てつやさんにはしっかりと実を結んでいただかないと」
「ディスりにも聞こえますけどね」
タバコに火をつけて、柏木は横を向いてしまった。まあ、てつやにはここを辞める以上は先々盛大に盛り上がった人生を歩んでほしいとは思うけれど。
何の話だ?とちょっと喧嘩っぽい応酬にてつやはじっと座って、話している人の顔をきょろきょろと見回っている。
「ま、取り敢えず出かけるか」
てつやへ目配せして、誠一郎は出口へ向かい、金城はてつやをエスコートするようにその後に続いた。
「柏木、響子の店にいるから、仕事終わったら来いな」
「あそこはいい酒が飲めるんで、後でお邪魔します」
と柏木は喜んで、再び仕事を再開する。
てつやは響子の店というフレーズは初めてで、隣の金城に聞いてみる。
「本当の『誠一郎の女』の店ですよ」
と小さな声で教えてくれた。なるほどね、とてつやも納得して後をついていく。
店は近いということで、3人連れ立って歩いている時、それは起こった。
てつやが靴紐が解けたとかかんだときに、後ろからナイフを構えて誠一郎に突進してくるおじさんが見えたのだ。
「誠一郎走れ!」
「あん?」
一瞬の事に誠一郎の反応がいっぽ遅れたが、そこは金城が誠一郎の背中を押して数歩前へと押し出し、その間にてつやはおじさんに体当たりをして突き転がしていた。
「何の用ですか」
てつやはズカズカと近寄りながらたずね、そのおじさんは震えながらも立ち上がって声をあげながらナイフを振り回して向かってくる。
そのぶん回し方はどうみても誠一郎を狙う同業者 ではないことは窺えた。
ぶん回る手を冷静に見極め、てつやは腕を掴んでナイフを叩き落とすと、顔面に頭突きを食らわせて、おじさんの戦闘意欲を奪う。
おじさんは鼻血を流しながらわんわんと泣き出し、それをみたてつやはーあれ、やりすぎたかなーとおじさんに近寄って すみませんなどと声をかけてしまった。
「やるだけやって謝ったらダメでしょ」
金城が苦笑しながらおじさんの腕を引っ張って立ち上がらせ、誠一郎の前へと連れて行く。
大笑いをしていた誠一郎は、おじさんに向かって
「物理的な痛い目にもあっちゃったな、近藤さん。銀行ダメだったか?」
おじさんはうんうんうんうんと何度もうなづく。
「そうか、俺と関わってるのもよくないと思ってあんたを切ったんだがな。仕方ねえ、明日また俺んとこ来てくれ。相談には乗るよ」
「高城さん…」
鼻血を拭いもせずに、おじさんは誠一郎を縋るような目で見上げた。
「俺は甘くはねえけどな、あんたが頑張れる範囲で応援はしてえよ。今日みたいなバカなことしたって、返り討ちに遭うだけだからな?」
「はひ…すみませんでした…」
それをそばで金城から説明を受けながら見ていたてつやは、誠一郎が裏新市街 で信頼されているのがわかった気がした。
「頭突きはやり過ぎだったけど、途中で素人さんと気付いたのは素晴らしかったです」
説明し終わってから、金城はてつやの動きを褒め、てつやはやりすぎでしたね…と反省して、またおじさんに謝る。おじさんは
「目が覚めたよ、犯罪者にならずに済んだ。ありがとう」
そう言ってお礼まで言ってくれてた。
こんなことに出会ってしまうと、この街を出るのが惜しくなってしまう。
金城がハンカチを近藤さんに渡し、近藤さんが顔を拭いながら頭を下げて去っていくのを見送った誠一郎は
「お前俺の下につかねえか?」
などと多分冗談なのだろうがそんなことを言って、お得意のガハハハ笑いで先頭を立って歩いて行った。
金城は、確かにこの方面でも惜しい人材だと内心思いながらもてつやと共に誠一郎の後ろに従った。
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