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第22話 〜目標〜
見たことな世界だった。
入り口からもうシャンデリアのお迎えで、綺麗なドレスを着た綺麗な女性たちに両脇に並んでお出迎えされる。 そこを堂々と笑いながら通る誠一郎は様になっていて、てつやは見惚れてしまった。
女性たちの最後に、玄ちゃんママとはまた違った圧を持っている女性が立っていて、
「誠一郎、急なお出ましは勘弁よ。アフターのつもりだったのに」
そんなことを言いつつも微笑んでいる響子ママは、てつやへを目を向け
「あら、私のライバル連れてきたのね」
と、ヲホホホと笑って、同じ『誠一郎の女』と称される者同士の格の違いを見せつけてきた。
「仲良くしてくれよ?」
響子の頬を撫でて、誠一郎は店の奥へと入って行く。
店は営業時間は過ぎていたが、VIP連れてくから女の子少し残して少しでいいからもてなしてくれ、と誠一郎がママに頼んだのだ。
中に入ると、テーブル数はざっと見6つくらい。端に階段があるから、上にVIPルームか何かがあるのかもしれない。
すげ〜とてつやが見回していると、愛花 です と言って、女の子が誠一郎の席へとてつやを案内してくれた。
お店で一番広いテーブルの真ん中に誠一郎とてつや、その両脇にずらっと綺麗どころを侍らせる。
「ママの響子です。よろしく」
さっきの圧は消え、優しく微笑んで名刺を渡してくれた。
「あ、バロンに勤めている加瀬てつやと申します。ちょっと緊張してます」
素直な感想に、周りの女性たちもサワサワとした声で笑う。
普段男しかいない店にいるせいか、女性の声が実に柔らかく静かに聞こえた。
「てつやな、裏新市街 出る事になったんだよ。だからこの店にも一度連れてかなきゃなとおもってな」
響子に説明がてら、ここにきた理由もてつやに伝わった。
「何事も経験だしな。この店に次にくるときは自腹で来い」
誠一郎らしいエールの送り方である。
そして金城が、テーブルの向こうから誠一郎に小さな紙袋を渡し、再び傍に捌けていった。
金城が渡したものは、例の初めてのプレゼント。
「あー、これな。今まで『俺の女』を背負わせてた割に何もしてやれなかったからな。せめてものお詫びにこれ、俺からだ」
「え…いいのに。俺、いろんなことで世話になってるんだから」
「戴いときなさい、滅多にない事なんだから」
響子ママが言ってくれて、てつやはまあ…と受け取ってみた。
「この人ほんとに気が利かないのよ。私だってまだ何も貰ってませんし」
同じ『誠一郎の女』として負けちゃたわ、と可愛らしく拗ねて見せ、誠一郎は周りの女性からブーイングを起こされる。
「わーかったわかった。ママ、今度なこっちでな」
と股間を指さしていうと、サイテー、ひどいーという声が再び沸いた。
「こんな人放っておいて、開けてみたら?てつや君」
ママがてつやを自分へ向けて話始めると、なんだよーと誠一郎まで拗ねて見せる。
他で見られない顔が見られてちょっと面白い。
てつやは言われて袋から箱を取り出し、開けてみた。
まあ袋から察せられたのはPRADAの製品。興味はそれがなんなのかだったが、黒いラウンドタイプの財布だった。
四角い角の一つに『PRADA』のシグネチャが入っており、華美ではないシンプルな、普段使いに最適なデザインだ。
「え、ありがとう誠一郎。俺の財布、小5からのやつだった」
その言葉に全員が、え?は?うそ。ほんと?と言った声を上げ、誠一郎は
「物持ちがいいのは悪い事じゃねえけどなあ」
といいながら、財布にしてよかったわ、と水割りを飲み干す。
「バカみたいに高価じゃない方がいいと思って選んだよ(金城が)学校でも使えるだろ。そういうブランドに合うように自分を磨け」
うん、と頷いて大事そうに箱に戻すてつやを見て
「使えよ?それ」
と確認をしてしまう
「使うよちゃんと。今は必要ないだろ。ちゃんとしまっておくんだよ」
裏新市街で揉まれたにしては、まだまだウブいてつやにお姉さん方は母性を刺激されているようだ。
「てつや君、お寿司注文してあるよ、もう少し待っててね」
とか
「何か食べたいものあったら言ってね、買ってくるから。このお兄さんたちが」
と黒服を指したりとか、なんだか弟扱い。
初めて『クラブ』というところに来たが、緊張はだいぶほぐれた。
踊る方のクラブならあるんだけどなと、相変わらず華美な店内を見回している。
「てつや君」
ママの響子が、てつやの手をとってきた。
「頑張ったわね。偉かったわ」
手をポンポンと叩かれて、てつやはちょっと泣きそうになる。
ここに一時期でも在籍したなら、この意味がよくわかるはずだった。大抵のことに涙を見せなくなったてつやだったが、女性の言葉にはちょっと弱いのかもしれない。
「お店と家との往復といえばそれまでだけど、貴方15歳でここに来たんですってね。染まらずによく、がんばったなってずっと思ってたわ」
考えてみれば、売りで稼げる、飲み屋で飲み放題。街を歩けば誘惑は多いところで自分でもよく、と思う。でも…
「俺には仲間がいて、俺を救ってくれたお母さんが3人います。その人達のお陰で、今ここでこうしていられます」
「いい方々に囲まれているのね」
「はい。最高です」
「じゃあこう言うのには誘惑されないの?」
チーママの由依ちゃんが、自らの胸を揺らしてボインボインしてきたが
「俺、貧乳好きなんすよね〜」
あはは〜と躱し方もちゃんとできている。
「じゃあ、ここを出てからも大丈夫なのね。心配はいらないのね」
再び手をポンポンされて、言われるが
「はい、大丈夫です。ちょっとだけ名残惜しい気もするんですけど、やっぱり俺の居場所は仲間のとこで、かーさん達に心配かけない所だと思うから」
響子は、羽振りのいい生活から一変することを危惧していたが、どうやらそれも大丈夫そうだ。
「そうなのね。そこだけが心配だったのよ。大丈夫ならいいわ。がんばってね」
少しだけど、と着物の合わせから可愛い絵柄のポチ袋を出して手渡してくる。
「え!そんないただけません」
「こんな袋に入るようなものよ。受け取って。本当に困った時に使ってね」
無作法と思いつつ手で探ってみると、コインのようなものが感じられた。
流石にその場で確認はできなかったが、後で見てみたら1オンス金貨が5枚入っていて、まだ知識がないてつやは、大事にしよう程度だったが、後にその凄さを理解することになる。
「ありがとうございます」
響子ママには男の子が1人いた。
『いた』というのは、今は離れて暮らしていて会うことが叶わないからだ。
この地へやって来て水商売の道に入り数年した時に愛する人ができた。お互い深く愛し合っていたが、彼の家は名家で親が水商売の女は…と敬遠された。
その頃には小さな店だったがチーママとして認めてもらい、響子自身もそこで生きていく覚悟を決めた矢先だったのだ。
反対を押し切って結婚をし子まで成したが、ご主人の家から100歩譲って妾なら
と言い出してきて断固それを拒否すると、離婚を言い渡された。
ご主人も悪い人ではなかったが、最終的に『家』の圧力に耐えられず、離婚という手段を取ったのだ。
子供は男の子ということもあり、跡取りだからと連れて行かれてしまってそれ故に会うことができないでいた。
今年20歳になるはずなので、成人したら会いにきてくれるかと期待はしている
が、どうなるやらと考えているところなのである。
その息子と年齢が近いてつやが気になるのは仕方のないことだ。
「てつや君には、お母さんがいっぱい居るみたいだけど、新市街のお母さんは私にしてね。また絶対に会いにきてね」
「ママだけにお母さんか。てつやはお母さんいっぱいでいいな。1人紹介してくれ」
感動の場面にがっかりよ!と響子ママに怒られて、誠一郎はまた笑った。
誠一郎を見ていると笑っている時が多い。
苦労もあるのだろうに、いつも笑っているから仕事もプライベートも充実してるんだろうなと思えた。
てつやはまず誠一郎を目標に頑張ってみようと考える。
「お寿司が参りましたよ」
黒服の人が大きなオケのお寿司をテーブルに運んでくれた。
それに沸き立って場が賑やかになり、てつや初のクラブはこれから盛り上がっていった。
12月に入り、てつやの退店が近づいてくると事務所に誰が買ってきたのか、1日1日に物が入れられる小さな引き出し付きのアドベントカレンダーが設置された。
本来クリスマスを楽しみにするためのものだが、今回はその上に『てつやが店を辞めるまでにさせたいこと』と不穏なことが書かれたものとなっていた。
一つ一つの小さな引き出しに、スタッフや誠一郎の関係者までが何かを書き記したメモを入れるシステムになっているらしいが、当然てつやには、書かれたことを拒否する権限は一切ない。
「嫌な予感しかしねえ…」
てつやにしたらそれはそうだろう。みんながまともなこと書いてくるとは到底思えない…。
しかしまあ、そこは無理なことは書かないという暗黙も勿論あってのことだ。
11月の半ばに設置された『てつやへのアドベントカレンダー』は12月20日まですでにもう中身が詰まっていた。
そして本日1日に、その1日の引き出しに入っていたメモが公開される。
「2枚入ってた。今日のてつや君にやってもらうことは〜〜」
ドルルルルルル
丈瑠がノリノリでドラムロールまでやって開いた紙には
「一枚目!本日5本のボトルを取る」
「5本!?」
流石に声が出る。こんなこと書いてくるのは絶対に柏木だ。
「お前が抜けるのはちょびっとな、ちょびっとだけ痛いんだ。そのくらいの貢献してから辞めてけ」
という論調。
「5本は流石に…」
じっとりと汗ばむてつやを無視して
「2枚目いきまーす。2枚目は…おお!!『こんばん一晩俺に付き合う』これはっ!ボーイの奏 君からだー!」
「へ?奏…?」
今日、一番 から奏がいることに疑問を持ってはいたが、こういうことだったの?と今度は冷や汗を隠さず奏を見てしまう。
「奏君といえば、誰もが認める受け専ボーイ!てつや初の男童貞捧げるか!」
丈瑠の言葉に奏は可愛らしく頬を染め俯いた。
「ええ?えええ?マジで?」
てつやはなんとなくずっと受け専門で来ていたが、初めて攻め手になるのにちょっと動揺している。
「まあ、この結果は明日。じっくりと聞かせてもらいましょう」
ニヤニヤとしながら丈瑠は、本日の開票(?)はここまでです。さあお仕事頑張りましょう。てつやは5本のボトルがんばって」
ーこういうお祭りみたいな企画大好きだよなこいつ…これ用意したの絶対こいつだーと恨めしそうに見てため息一つ店へと向かった。
『しかし…ボトルもそうだけど奏が…ねえ…。まじで奏とやんのかな…』
そう考えると色々思い浮かんでしまい仕事にならないので、一旦はボトル5本を売り上げることに専念した。
ボトル5本は、意外にも丈瑠の口添えもあったからかみんなが餞別がわりにと入れてくれてあっさりとクリアをした。
それに味を占めた柏木が、また同じものを入れないとも限らないが、それだけはきっちり見張っておきたい。
そして肝心の奏の方だったが、店が終わってみんなに囃されながら出かけたのは奏の一人暮らしの部屋。
『おお、自宅でか…』となんだか緊張してついていったてつやだったが、これまた意外で、実は奏は大のロードファンで以前ちょっとだけてつやが話したロードの話を覚えていて、いつかじっくり話がしたいと思っていたのだそう。
奏は、撮り溜めた以前の大会の録画やYouTubeを持ち出して、てつやとともに盛り上がり、店を辞めたら本格的に参戦する気持ちがあることをてつやからも聞き絶対にYouTubeとか当日の実況サイトで見るからね!と約束して朝を迎えたの
である。
てつやにとっても楽しかったらしく、裏新市街にきてから初めて素を出した気がした。
その後も色々無理難題もあったが、なんとかこなしてはきた。
6日辺りになぜか金城まで参加しており、金城は自分が行っている少林寺の道場へ連れてゆき、基本的な護身と簡単な攻撃法を教えてくれた。
知らないよりは身についていた方がいいという理由だった。
いつかスカウトしようなんて考えてはいない、と言うところが考えてるってことじゃん!と内心思ったものだ。
あとは丈瑠が仕組んだのか、お客さんとのセックス無しのアフターなどがあったり、普通に誘ってくれれば受けるのに、稜と丈瑠もそのボックスにメモを入れ、一晩ずつ相手をしたりした。
以前の3人行為の時に、せめて1人ずつにしてほしいというてつやの要望を受け入れたのと、あとはそのボックスの無理難題を少しでも減らそうとしてくれたと言う意味もあったらしい。丈瑠なんかは自分が考えたくせに…っと、てつやは思ったものだった。
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