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第23話 〜憧憬〜

        〜〜〜〜〜現在〜〜〜〜〜  目の前が真っ白になり、腰、というか腰の周辺一回り…辺りが甘美な痺れに包まれて、てつやは身体を数回痙攣させてパタンと動きを止めた。 「てつや…?てつや!おい、大丈夫か?」  頬を軽く叩かれて、うっすらと目を開けたてつやは、目の前の京介を確認して 「だ…いじょ…ぶ…良(よ)すぎ…いまの…なに…?」  今は快感の余韻で動きたくない…もう少しこれに浸っていたくて目を瞑り、それでも心配する京介の手をキュッと握り締めた。 「良かったならいいんだけどな、効果すごいな」  てつやの脇に寝転び、眉が少しだけ寄っているてつやの顔を見つめる。  前から知識だけはあったが、何度となく試しそびれていた事を実践してみようと今日行った。  前立腺弄り。  京介にしてみたら探り探りで、中に指を差し入れてからーここから5cm辺り…っていわれてもな…ーなどとてつやの腹側を指で擦りながらゆっくりと差し入れていたが、ある場所でてつやの身体が跳ねた。 「ちょっ…そこ…」  てつやが腰を引き気味にするのを抑えて、京介はその部分を軽く押してみる。 「ぅあっだっ、だめだそこ…なんかやば…あっぁ」  てつやのいつもの様子と違うことに興を示し、京介は執拗にそこを優しくではあるがすり続けた。  その結果が、動けなくなったてつやである。  行き着く際には声も出ず、体を震わせて歯を食いしばってはいたが、てつや自身は痛いほど張り詰めているにもかかわらず、そこからは精液も漏れずにてつやは達した。ただ透明な液体が迸ってはいたが…。  しかしてつやはこの感覚を、前にも味わった気がしていた。その時は何をどうされたか知らされずにいたように思う。あれはなんだったかな…。  いきついた快感の中で、ぼんやりとその感覚を思い出そうとしていた。             〜〜〜〜戻る〜〜〜〜  てつや退店前最後の土曜日、15日にアドベントの引き出しに入っていたのは誠一郎からのメモだった。  誠一郎がそこに入れたのをみんなが知っていたために、その日は誠一郎だけの要望だった。 『本日0時より明日の0時までの24時間、俺についてること』 「だってよ、てつや。どうなるんだろうなぁ」  丈瑠がメモを見せてくる。 「24時間て丸一日か…どっかに連れてかれそうだな」  メモを受け取って、全く予想がつかない誠一郎の要望に首を傾げた。 「まあ、夜中から出れば車でも割と距離行くよな」  丈瑠も着替えながら考えているらしい。何せ24時間と言っている、どこかへ行くか、もしくは… 「誠一郎さんて男いけたっけ」 「いや、ダメってくらいダメなはずだよ。あんな女好きだし、俺がそっちでどうのはないんじゃないかな…」  自分も一瞬考えたが、確か男はからっきしと言っていた。  まあなんにしろ、誠一郎なら楽しませてくれそうな気はしている。この前は豪華なクラブにも行かせてもらったし、今度はどこかな〜などと楽しみにすらなってきた。 「取り敢えず、今日はお仕事な」  丈瑠にエプロンを巻かれ、お仕事モードに。  長いエプロンになって 2年。慣れるのに時間かかったなぁと少し感傷的になったりした。   店では、てつやの誕生日が知られることとなってしまい、連日お客さんから何かしらのプレゼントが届いている。 「これ、大学生でも着けられるし派手じゃないから…」  と、常連客の高島さんが金のネックレスをくれた。アクセサリーはあまりというかほとんど持ってないてつやは、ちょっと嬉しくなった。 「ニットにもサマーセーターにも季節や服を選ばず着けられるな」  丈瑠もそれを見てそう言ってから、今つけてみれば?とてつやの後ろに周りネックレスを留める。仕事着の白いシャツは割と広く前を開けているためネックレスが映えていいかんじだ。 「うん、似合うねてつやくん。良かったそれを選んで」  高島さんも満足そうにてつやを眺め、うんうんとうなづいている。 「ありがとうございます」  てつやが嬉しそうにそう言う隣で 「高島さ〜ん。俺の誕生日は4月6日ですよ〜。忘れないでね」  ニコッと笑って丈瑠がおねだりするが、 「あれ?小野塚さんには10月って言ってたような気がするけど?」  とにっこり言われてしまい、 「ああ、それはね4月は受精した日」  指を一本立てて、OK?ときいてくるが 「計算合わねえ」  とてつやが笑い、だよねえ、と高島さんも笑って丈瑠もへへっとイタズラな笑みを漏らした。 「大丈夫だよ、丈瑠くんにもちゃんとあげるから。で、今夜のアフターはお願いできるかな」 「喜んで。ちょっと虐められたから、いじめ返しちゃおうかな?」  などと言って、高島のグラスを新しいのと交換して、 「楽しみにしてます」  と、営業の笑みを送った。  12時になる30分前に、誠一郎が事務所へやってきた。 「早いですね、仕事片付いたんですか?」  帳簿をつけているパソコンから顔をあげて、柏木はたちあがる。 「まあな、お前に言っておくことあって」  なんか飲みますか?の問いにーいや、いいーと答えた後の言葉だった。 「なんですかね」  ソファに座った誠一郎の正面に座って、誠一郎が咥えたタバコに火をつける。  誠一郎は耳を貸せと言って、誰もいないのになんです?と言いながらも耳を寄せると何やら言われ、その内容に柏木は一瞬目を開き、 「いいんですか…」 「もちろんだ。お前も随分頑張ったしな。あの色気に当てられて」  いや、それはもうなんていうかね…と、自分もタバコをつけてソファに寄りかかった。 「気づいてたんすねえ」 「まあな。俺はソッチじゃねえから、へえ〜で済むけどその()のあるやつは大変だろうなと思ってたわ」  うっすら笑ってタバコを吸う誠一郎は、その色気の元のことを考えている。 「響子もな、あれが女だったらとんでもなかったって言ってたな」  総じて色気を放つ女性は不幸になりがちだから…と、そうもいっていたらしい。 「ま、あいつが芯をもった男であったことは幸いだったな」 「小せえ頃苦労はしたようですけどね…」  言わずもがなの、てつやの話だ。  まあ、元々持ってはいても開花するかしないかは生活の環境にもよるが、てつやの場合はここに勤めてしまったことが持っていたものを増幅させてしまったのだろう。 「前にも1人いたよな、そんなやつ」  誠一郎がちょっと思い起こすような目で天井を見ている。 「ああ、いましたね。あの子は売りやってましたから…身を持ち崩しましたね、見事に」  裏新市街の同じような店にいた店員の話だ。 「それもあって、俺はてつやがそんな風になってきたんで事務職にさせようとおもってたんですが、こんなことに」  と少しつまらなそうに、灰皿に灰を落とした。 「あいつも自覚して引こうと思ったんだろ。やばいことへの嗅覚はあいつすげえな」 「全くですよ」  そんなことを話している間に、てつやが上がってきた。  誠一郎の呼び出しの日は、何をおいても戻れと言われてるので、誠一郎に挨拶をした後柏木に 「丈瑠もアフターの声かかってますんで、ほどほどで手伝ってあげてください」  と伝えて着替え始めた。  柏木はーおうっーと答えて、じゃあ行ってきますわ〜と店に向かって行った。 「今日はどうだった?」  誠一郎に問われ、 「誕プレにネックレス頂いちゃったよ。みなさん気を遣ってくれて、なんかだんだん心苦しくなってきた」  笑いながらシャツを脱いで、ネックレスを誠一郎に見せた。 「おー、結構いいもんだな」  言いながら値踏みしてそうな誠一郎に 「値段言わないでよ。気持ちなんだから値段はどうでもいいんだよ」  と、釘を刺してハイネックのニットから頭を出す。 「そんな下品なことはしねえさ。5万程度だなんて言わねえよ」 「誠一郎????」  怖い顔をして誠一郎をにらみ、ネックレスをニットの上に出してくる。 「え、でも5万もすんの?これ…申し訳ないなぁ。しかも今日のグレーのニットに合わねえし」 「そうでもねえよ。さて、行こうか。車表に停めてるから早く行かねえと」  はい、とは答えつつ 「車?やっぱどっかいくの?」 「いいところにご招待するわ」  振り向いてにっと笑い、車ならとブルゾンを手に持っててつやは急いで誠一郎の後ろに続いた。 「うわっジャガーじゃん!」  車を見て、てつやはつい一周してしまった。 「さすがオトコノコだな」  その姿を誠一郎は微笑ましく見ている。 「友達が車が好きで、いろんなのをよく画像や雑誌見せられるんだよ。こんな高級車は実際に見られないからな。うはぁまっさんに見せてえ〜」  車で少年にもどったてつやに、中に入れと促して誠一郎は運転席に座った。 「え、誠一郎が運転するの?運転手さんは?」  助手席へ入るよう告げて、エンジンをかける。 「今日は俺がお前をエスコートするからな。俺が連れてく」  発信した車は振動もそれほどなく快適な走りだしだ。 「まっさんてな友達なんだな」 「そうそう、あと銀次と京介と弟分で文治っていうやつがいて5人組」  友達のことを話すときも車と同様に年齢なりになる。てつやは初めて話す自分の友達のことが、ちょっと照れくさそうだった。  夜中の高速を走りながら、店辞めたらその仲間とロードに出る話や、おかーさんズの話をして暫くいたが、てつやはいつの間にか寝入ってしまう。  誠一郎はそれに構わずに運転を続け、とある別荘地の自分の別荘へと入っていった。  和モダン建築の平屋で、敷地面積は見るからにやたらと広く、駐車場から見えるウッドデッキから中に灯りが(とも)っているのが見えて、真夜中3時頃に豪邸が浮き彫りになっていた。 「ここ…って。てか、すげえでけえ家…」  着いたぞと起こされて、外に出るとその家を目の当たりにしてつやは寒さも忘れ立ちすくむ。別荘地というのは比較的避暑の意味合いが大きいことが多いから、大抵は一年を通して涼しいところに建てられることが多い。  真冬の12月の今、たまたま雪は無いが気温はかなり低い。  そう喋っているてつやの口からも、白い呼気が普段見ない濃さで流れ出していた。  それに微笑んで、こっちだーと玄関に案内されそれに従うと玄関がまた広い。  玄関に入るとふわっと暖かい空気に包まれ、てつやはやっと寒かったことに気づいた。 「ここは?誰さんの家?」  靴を脱いで上がらせてもらいながら聞くと 「俺の別荘だ。気兼ねなく過ごせ」  との返答。 「別荘!へえ〜俺別荘とか初めてきた。でもなんでこんなあったかかったり電気ついてたりしてんの?」 「別荘は長く来ない時が多いから、管理してもらってるんだ。その管理人に連絡しておけば、ここにくる時の準備をしておいてくれる」 ーおお…そう言うシステムになってんのかー妙に感心をしながら短い通路を歩いてあるドアを開けるとそこは広いリビングダイニングが広がっていた。  暖炉がありそこには火が入っていて、天井にはシーリングファンがゆっくり回っており、さっきのウッドデッキはこの場所から入れるらしい。  駐車場を明るくしておくために薄いカーテンだったのか、誠一郎はまずカーテンを閉め、ダイニングへ向かいコーヒーサーバーからコーヒーを2ついれながら 「適当なところにすわっててくれ」  とてつやにすすめた。  いま閉めたカーテンの向こうは灯りが漏れていたのだから多分窓で、それにしても大きい窓だった。  今暗いから気づかないが、この部屋は今てつやが見ている窓とその向こうの2辺がガラスとなっている、ガラス張りのリビングである。  そのガラスに向かってソファが2台置かれていて、てつやはそこへとキョロキョロしながら腰掛けた。 「外も見えねえのにそこかよ」  笑って誠一郎がとりあえずな…とコーヒーを持ってきてくれた。 「あ、ありがと…それにしてもこの部屋だけで俺の部屋の3倍以上ある…」  落ち着かねえ…とてつやはコーヒーを一口啜って、なんとか気を取り直そうとしていた。 「まあ、でかけりゃいいって思っちまうから、俺はなんでも大作りなんだよな」  自分でも呆れるわ、とソファに寄りかかり外も見えないカーテンを見つめる。 「ここ、明るくなったら見るといい。富士山が見えるようになってるからな」 「この窓から?」 「そう言うふうに設計した。景色はいい方がいいだろ」  にっと笑ってコーヒーを啜る誠一郎は、やっぱり色々でかい人間だなあとてつやは憧れの念を強めた。 「さて、少し寝とくか。明日もあるしな」  誠一郎は膝をパンと叩いて立ち上がると、ちょっと待ってろと言ってとあるドアの向こうへ消えていく。  てつやはコーヒーを呑みながら、まだキョロキョロと室内を見まわし、照明がかわっているのをかっこいい…と思ったり、飾ってある絵が興味はないけどいい絵だな、こ言うの飾るのもありか…などと観察をしていた。  今てつやが持っているビルのロビーなどに、割とこの記憶が使われているのは、ここがよほど鮮烈だったのだろう。  本当にこの時期は、てつやにとって学ぶことの多い時期だった。

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