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第27話 〜発作〜

 朝まで丈瑠と稜に拘束されていたてつやは、そのまま大学(がっこう)へ行こうかとも思ったが、いかんせん酒臭かった。  自分で匂うのだから、他の人にはもっと臭うだろうなと自主休講を決めてタクシーで戻ってきた。  まあ、必修ではなかったのは幸いだったな…と帰ってからベッドへ倒れて10時間。目覚めたらすでに夕方の3時になっていた。 「あったまいてえ~」  ガンガンと鳴るような痛みに顔を歪め、不思議と吐き気はしない(たち)でよかったな…などと思いながら、冷蔵庫の水1ℓをラッパ飲みする。  そのままペットボトルを持って、ちゃぶ台につきテレビを点けるが頭に響いてだめだ…と速攻消す。  大体平日の夕方なんて、大して面白いのやってない。 「あ〜…今日の(バイト)ちゃんとできるかな」  そんなに酔う方ではないと自負していたが、流石にあの二人に付き合うにはまだまだ自分はひよっこだと思い知った。  きっとあいつら仕事にも普通に来るんだろうなあ…などと思いながら寝そべり、ぼんやりと昨日のことを思い起こした。  京介は、学校帰りに携帯を見つめて歩いている。  今電話して、出なかったら自分がどれほど冷静でなくなるかが容易に想像がついて電話をかけるのを躊躇しているのだ。  電話の相手はもちろんてつや。  最近の自分がおかしいのには気づいていた。  てつやが誰かと何かをしていないか…どこで誰と何をしているか…てつやの行方を把握していないと心配で仕方がないのだ。 「やっぱおかしいよなぁ俺…」  実際土曜の夜からてつやの状況が掴めず、気持ちが逆立っている。  毎週土曜の夜は自分も新市街で遊び、夜中にてつやの部屋の前を通り2時頃に電気が灯っているのを確認しては安心する。  しかし先日は夜中にも明かりはつかず、日曜も訪ねてみても昼間からいないし夜中もいなかった…。  そして今、電話して出なかったら自分は…と気後れしているのだ。 「はあ…頭おかしい…」  以前の自分はここまでではなかったと思う。ため息一つ、いつまでもこんなふうでもいかんなとてつやの番号を表示した。  てつやが印象的に思い出すのは、でかい檜風呂や、富士山が見える窓。だだっ広い畳の部屋。どれをとっても大らかな誠一郎っぽい家の作りだ。  あいつらしいなとちょっと口の端が上がってしまう。  でかい男だなと思う。ああいう人になりたいなという憧れを持たせてくれたのには本当に感謝だ。 『父親』がいない自分には、大人の男性がわからなかった。  大人の男性といえば変態ばかりで信用できようもなかったし、そんなもんかと思い込んでいたのも少し反省した。  考えてみたら世の中はまともな大人で回っているのだから、あんな変態ばかりじゃないはずなのだ。  店で紳士的なお客さんと接してるのに、なんか変なバイアスかかってたなと苦笑する。  お客さんはオトコノ買いに来る人達でもあったが、話の片鱗に出て来る昼間の仕事への向き合い方や、取り組み方は深いものもあって、やはり社会に出ている人は尊敬に値する。 「ほんと勉強させてもらったなぁ…」  店にも誠一郎にも感謝だ。と、思ったそのときテーブルの上の携帯がブルブル震えた。  稜に誰からも邪魔されないようにと音を消されていたのをそれで気づく。 「あれ、京介だ。はい、俺」 『うん、俺。お前今どこにいる?』 「いま?自分家にいるぞ。なんで?」 『いや、昨日一昨日帰ってなかったみたいだったから』  てつやが出たことに京介の妙に張り詰めた気持ちが一気に溶ける。 「ああ、もしかしてうちに来たか?悪かったな。俺、辞めるじゃん?店。だからって誠一郎が別荘に招待してくれたんだよ。土曜の夜中から昨日の夜中まで24時間拘束でさ。で、昨日の夜はそれから丈瑠と稜に捕まって朝まで飲んでたんだ」  おかげで珍しく頭痛え、とてつやは笑ってそう言っているが、電話の向こうの京介は少し唇を噛み締めた。  俺…あんなに苦しかったのに…てつやのせいではないのは重々わかっていても感情は…。 『そっか。楽しかったか?』 「もう最高だったよ。あいつの別荘すんげー豪華でさ。なんでもでかいのよ。間取りもでかいし、部屋もでかいんだ。そうそう布団!布団なんかさ。多分横幅250cmくらいあったぜ。笑っちゃうだろ。俺と誠一郎が一緒に寝たって十分余ってた」  何の気なしに面白い話を聞かせているてつやだったが、『一緒に寝た』がまずい言葉と気づいていないようだ。 「一緒に…?」  京介のザラっとした感情そのままの声に、てつやはまずいこと言ったと気づく。 「そうそう一緒に寝たけど寝ただけだぞ!あんな広いのに1人なんてごめんだったから頼んだんだよ。やなこと考えるなよ?」  笑ってそう言って、てつやは誤魔化せたかなとひやひや。実際布団では何もしてないから嘘は言ってない。  しかしー誤魔化せたかなーと言う感情に、てつやはすごい違和感を覚えた。  なんで京介にこんなに取り繕う…?  ホッとしたのか京介の眉間の皺は緩んだ。 『俺今学校帰りなんだけど。ちょっと寄っていいかな』 「お、そうなんだ?いいぜ。今日もバイトだからそんなに長くいてもらえねえけどな。それにちょっと酒臭いかもしれない。シャワーは浴びとくわ」 『わかった。じゃああと20分くらいでつく。なんか欲しいもんあるか?』 「あ~じゃあ悪いけど、ポカリのでっかいの頼んでいいか。早いとこ酒抜かんと」 『わかった』  そう言い合って電話を切った。  電話をおいて、さっきの違和感と京介の電話からでも感じるほんのりとした圧を、少し考えながらもー風呂風呂~ーと歌って脱ぎながら浴室に向かう。  まあ…今は難しいこと考えられないからな…薄くなった頭痛に両手で頭をはさんで浴室へ入り、シャワーを出す。  熱めのシャワーが心地いい。その心地よさに一昨日の夜のシャワーを浴びながらの行為が蘇ってきた。 「でかかったな…」  誠一郎のを触った時と入ってきた時の感触を思い出したら、少し勃ってくる。 ー俺、チョロくねえかーと苦笑して、そこに手を当て擦り上げた。 「あ…」  思わず声まで漏らしてしまい、ちょっと恥ずかしくなったが、その声でより硬くなった竿を擦り上げ、小さくではあるが声を漏らしながら自慰をした。  避けそうなほどの挿入感と初めての時以来の圧迫感を思い出し、手の動きも早まる。  それに、柏木が弄ってきたあの変な感覚になる場所()。あれはなんだったのか。  あの猛烈に射精感を煽る感覚は抗い難くて、そして気持ちが良かった。  色々思い出して、手の中のものははち切れそうになり、 「あっあっあぁ…」  自然と漏れる声はもう気にせずに、てつやはイキついた。 「はぁ…」  手についた精をシャワーで流し、ちょっと照れてしまう。 「何やってんだ俺」  そう呟いて、体を洗う用のタオルにボディシャンプーを泡立てて、身体を洗った。  シャワーから出てスエットを身につけた頃、ドアがノックされ 「開いてるぞー」  と声をかけると 「ういす」  と京介が入ってくる。 「なんか久しぶりだよな~」  入ってきた京介は一瞬目を疑う。  タオルで髪を拭きながらコップを用意しているてつやは、いつもと違うてつやだった。  何がどう…と言われると説明できない何かを纏っていて、下半身の反応を抑えるのに少しだけ努力が要った。  これが例の『壮絶な色気』の根源なのか?と思い知る。  まあ、それも仕方のないことで、一晩のうちにセックス上級者二人に抱かれてきたてつやが、京介の思う色気がどうのと言われる中普通であるはずがない。しかもさっき一人でもイタしたし…。  これが無意識なのがまずいのだ。 「だな。いつ振りだ」  京介はポカリとハーゲンダッツを買ってきて、それをちゃぶ台に乗せてコートを脱いだ。 「おお!神か!アイスは二日酔いにいいからなー。って二日酔いってか今朝迄飲んでた酔いか」  アイスが二日酔いにいいかどうかは知らないが、うははと笑って、食っていい?とバニラを見せる。 「うん、食おうぜ」  台所で手を洗ってきた京介も、座ってハーゲンダッツを手に取った。  てつやはまるで普通だ。気にしないのが一番だ…。 「朝までって、お前今日大学(がっこう)は?」 「あの状態じゃ無理だった」  苦笑してアイスを口にいれて 「でもあれだぞ。今日は必修じゃなかったからな。だから休んだんだからな」  必死に言い訳をするてつやに笑って 「何俺に言い訳してるんだよ。別にいいよそれは」  そう言われて、それもそっか…とアイスを削る。 「楽しかったみたいじゃん別荘」 「うん、めっちゃ楽しかったぜ。結局うちの店の人ほぼ来てたしさ。店以外で会うの初めてだったから、ああ、あの二人以外な、結構素も知れておもしろかった」  店の子はどうでもいいんだが、気になるのは誠一郎だ。 「店の奴らもさ、朝起きたら急に湧いてて。びっくりしたわ。あいつら夜通しかけて別荘きてんだぜ、頭おかしい」  朝に沸いていた?ということは夜12時から朝までは誠一郎っていう人と二人だけか… 「本当に何もなかったのか~?」  冗談風に聞いてもみるが、 「ないない。言っただろ?あの人無類の女好きだぜ?こんな痩せた男眼中にねえよ」  多少目が泳いだのは気のせいか…どこまでも疑う自分も情けないが、モヤモヤするのは治らない。 「で、今日は何?なんかあってきたんだろ?おもろいことか?」  一気に口に入れてキーンってなりながら、京介の様子を見るとなんだか深刻そうな顔をしている。 「どうした?なんかあったんか?」  アイスを持ったまま顔を覗き込むが、ーん?いや実は何もないーと言われ 「なんだよー」  と、急いだシャワーの時間返せと笑ってもう一口アイスを口に入れた瞬間、京介に抱きすくめられた。 「ん?」  腕ごと抱きしめられて、アイスが京介の服を汚しそうだったので 「ちょと待てちょと待て、アイス溢れるから」  腕を上から抜いて、アイスをちゃぶ台に置くと、そのまま背中に手を回す。 「どうしたぁ?いじめられたか?」  笑いながら冗談のように言って抱きしめてみるが、返事は 「うん」  で、まじかー?とぎゅってしてやる。 「いじめた奴言ってみ?俺がとっちめてやるから」 「マジで?」 「おう、マジマジ」 「てつや」 「俺かー」  困ったなと呟いて、 「じゃあ俺を殴れば元気でる?」  なんだか訳のわからない会話になってきた。  京介は身体を離しててつやの顔を間近で見つめ、それに応じるようにてつやは自分の頭をポカっとたたいて 「これでいい?」  とニカッと笑った。 「よくねえ…」  京介はそう呟いて、不意に唇を重ねてきた。  なんだか自分を求めているような京介に実はてつやは気づいている。  自分もなんか京介には思うところもあり、それは今ここでどうにか決意できるものではなかったから、軽口で応戦していたのだが直接攻撃を受けて一瞬戸惑った。 そこで気づいてしまう。  もしかしたら俺、京介のこと…。こんなことされても嫌じゃないし…  思い起こせば、なにかと京介を思い浮かべてた気がする。丈瑠に初めてキスされた時の身長差の時もそうだったが、何かあるごとに真っ先に浮かぶのは京介の顔だった。 「ん…ちゅ…んん…」  京介のキスは美味しい。アイスが美味しいわけではなく、非常に上手だ。優しくて労わるように舌が蠢いてくる。  なんだかこのまま流されてもいい気持ちにさえなってしまうが、京介と「して」しまったら…他の仲間になんて言ったらいいか…言わなくても自分が罪悪感に苛まれる…『罪悪感』…なんでだ…?まだこだわっているのか…いや違う。  京介とそんなことをしたら仲間に見捨てられるかもしれない…それは一番の恐怖だった。 「はいおしまい~」  京介の胸を押して、身体を離すとそう言ってにっこりして京介の手にアイスを持たせる。 「内緒にしといてやるから…もうおいたしちゃダメだぞ」  唇に指を当てて、再びアイスに専念し始めるてつやをなんともいえない顔で京介は見つめた。  やってしまった…心が吹き出してしまった。  でも仕方ないとも思ってしまう。  自分の知らないところで、こんな色っぽく(風に)『変わる』てつやが作られているのだ。  店を辞めて自分たちの所に戻ってくるのももう少しだが、それまでに変えられてしまったらどうしよう…そんな漠然とした不安を京介は京介で持っているのだ。  アイスを持ってじっと自分を見ているようで焦点が定まっていない京介を見て、てつやはまたアイスを置いて京介に向き合った。  ついでに京介のアイスもちゃぶ台に置き、膝の上に落ちたその手を両手で握ってやる。 「俺は変わらないから。今はちょっと体質的になんか振りまいて心配かけてるけど、そんなんすぐに消せる。お前も仲間なんだから俺を信じろよ」  片手を離して、京介の胸に軽くグーパンチ。 「なんかあったら俺が受け止めてやる。いつでも来い」  そしてもう一度ぎゅううっと京介を抱きしめる。  時々てつやはこうやって、見透かしたかのように安心させる言葉をくれる。  家庭の事情で涙腺の弱かった頃のてつやではなくなってからの傾向だった。これもてつやの成長なのだろう。  仲間と一括りか…と京介はその肩の上で笑った。   しかし特別じゃなくたっていい。てつやが変わらず戻ると言ってくれたことが、少し心を落ち着かせてくれた。 「じゃあ、ほい。アイス食おうぜ。溶けちゃうよ」  京介の手にアイスを乗せてやり、自分も溶けかけのアイスを口にする。 「溶けても美味いな」  言いながらわざとスプーンをぐるぐる回すてつやに 「おいおい、それ溶かしてんじゃん。飲む気かよ」 「ワンチャン美味くなるかもしれんし」 「ねーわ」  二人で爆笑する  そんなくだらない会話が出てきたら大丈夫。  これが、のちにてつやに『発作』と言われる京介の謎行動の最初のできごとだった。   

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