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第9話 勇者と魔王様、農園に行く

 十時。ドーム型の白壁の集会所の前を通り、村の南端にある共同農園に向かう。  ジェイミーがここに来るのはなんと十年ぶり以上だ。幼い頃、親の手伝いで来たには来たが、草をつまみ、土で少し遊んだくらいで役には立たなかった。  顔で生きてきたジェイミーは泥臭いことが苦手だ。努力とか根性なんて言葉はジェイミーにはない。  小さい頃は大聖堂に描かれた天使みたいだったし、学生時代は美術館の少年彫像みたいだった。そこに立って笑っていれば、皆がニコニコして優しくしてくれて、欲しいものはだいたい与えてくれた。  ただ、学校を卒業してからはなんとなく風向きが変わってきた。大人の男達が困った目をしたり、時に蔑むような視線を投げてくることがある。  それもそのばず。このココット村は人口百と少しくらいの小さな村で、共産的な主義を掲げる村だ。村の皆で協力して食物を作り、畜産物を飼育し、分け合って生活している。  その中にあって、学校を卒業してもどれひとつ満足にできず、村運営の力にならないジェイミーは重鎮達の悩みの種となりつつあった。  ハンナや、今は村の外に出たジェイミーの兄のマシューやライアンの働きがなければ厄介者でしかなかっただろう……いや、まだいる。ジェイミーを庇護する人間達は他にもいた。 「ジェイミー! お帰りなさい!」 「無事でよかったわ、ジェイミーちゃん」  そう。この、ジェイミー(の顔)に弱い村の女達。  彼女達の過保護さがジェイミーを能無しに育てたと言っても過言ではない。  両親が早くに亡くなったこともある。天使のような容姿のジェイミーが涙を流して弱っていたら、手を差し伸べる以外なにが彼女達にできただろう。  両親亡きあと、いくらハンナが奮闘してジェイミーを躾けようとしても、横から甘やかしてきたのが村の女達なのだった。 「只今、ハニー達。心配してくれてありがとう! 僕ならこの通り平気さ!」  バカ丸出しイケメントーク炸裂である。ただ、今回ばかりは村の男達も好意的であった。なにせ「悪の大魔王」を倒してきた「勇者様」なのだ。   「ジェイミー、今回は大手柄だったな。カラザの向こうの地区でもお前の武勇伝で持ちきりだそうだ。剣で稲妻を出したとか、炎の術を使ったとか」 「そうだそうだ。話を詳しく聞かせてくれよ。さすがは先代勇者の血を引く勇者様だ」  ジェイミーの顔がひきつる。目だけでちらりとルナトゥスを見ると、今にも癇癪を起こしそうな真っ赤な顔をしている。  ルナトゥスはジェイミーに倒されたとは思っていないし、ジェイミーに得体のしれない薬をかけられて幼児化したことを知らないのだ──知れば怒り狂うだろうが。 「あー、ははは……いや、先祖の守りの力のお陰です。俺の力ではとてもとても……あっ、そうだ。この子を紹介します!」  ジェイミーはしゃがんでルナトゥスの背中を押すと、両肩に手を置いて皆に披露した。 「討伐の帰りに道で助けた子どもです。名はルナトゥス。他のことはなにも覚えていないんです。身寄りもないようで、村長の許可ももらって俺が育てることになりました。よろしくお願いします」    頭を下げると、ルナトゥスにも頭を下げるよう促す。もちろんルナトゥスは、ぶすっと愛想無くそっぽを向いた。  大魔王ともある者、人間達に頭を下げるわけにはいかない。 「こら、ルナトゥス! ちゃんとこんにちはしなさい」   (こんにちは、だと!?)  つーん! ルナトゥスはますます明後日の方向を向いた。これが大人の姿であれば、他人と馴れ合わない美形の孤高感を醸し出せるのだが、今のルナトゥスの姿では単なる「人見知り」だ。 「ルナトゥス!」  痺れを切らしたジェイミーは、声にもルナトゥスの肩に置いた手にも力を入れてしまった。 「い、|痛い《いちゃい》」  なんということだろう。小さなルナトゥスにはこんなわずかな力でさえ、痛みとして感じる。 「う……」  じわりと涙がにじんだ。泣くつもりなどない。昨日みたいに人前でなど泣くものか。 (くそ、この幼児の体め。我の指示に従え)  そう念じるものの、ジェイミーに再び肩を強く揺らされて、ポロポロと涙がこぼれた。 「あらあらあらあら。ジェイミー、駄目じゃない。このくらいの子は人見知りが始まるし、ご挨拶は恥ずかしいものよ。ルナトゥス、いらっしゃい。あっちに子ども達がいるから一緒に遊ぶといいわ」  熟練の母親、マダム・メイにひょい、と抱き上げられ、ルナトゥスは農園の端にある子ども達の遊び場に体を移された。 「すいません、おばさん」 「いいのよ、子育てはゆっくりやらなきゃ。それよりジェイミーが子育てなんて、魔王退治に出てからすっかり大人になって……」 「いやぁ、まだまだですよ」  その通りだと、離れた場所で見ていたルナトゥスはため息をついた。  その後もジェイミーは、女達に囲まれてずっとくっちゃべっている。男連中が「そろそろ|鍬《くわ》を持って……」と促しても、お話好きの奥様や、ジェイミーファンの娘達がジェイミーを離さないのだ。  確かに、魔の森で初めてジェイミー見た時から美丈夫だとはルナトゥスも思っている。  ジェイミーは今まで魔王討伐にやって来たどの(自称)勇者達より顔の造形も体躯のラインも綺麗で、食して見れば|体《にく》も魂も甘い味がするのかもしれない、とも思った。  しかし、あまりに軟弱で外見以外に能力はない──いや、優しい気立てではある。すぐに動揺するきらいはあるが、幼児化したルナトゥスを連れ帰って世話するところを思えば、自分のことだけを考えて生きているわけでもなさそうで……。 「んんっ!?」  どうしたというのだろう。  ぼんやりとジェイミーを見ていたルナトゥスの頭に、突然泥水が降ってきた。

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