15 / 49

第15話 勇者様、料理に取り組む

 子育て生活十日目。  ルナトゥスはあの日以来、おねしょをしなくなった。それに、言葉も気をつけているようだ……それであまり話さないようにしている気もして心配だけど、この村で生きていく決意ができてのことだろうから、今はあまり心配しないでいよう。なにより今一番考えるべきは「食事」だ。  ルナトゥスを連れ戻した朝、初めて釜戸場に立った俺は酷かった。フライパンも駄目にしたし、お皿は二枚割ったし、スクランブルエッグは炭になるし。俺にできたのは姉さんが焼いたパンを温めるくらい。今まで俺は姉さんになんでもしてもらいすぎたんだなぁ…… 「いけない。日記がまとまらない。さっさと釜戸場に行って準備しないと……わっ」  日記帳を閉じたところで、温かいものがジェイミーの太ももに乗った。  視線を下ろすと、ジェイミーの腹がわに顔を向けたルナトゥスの頭が乗っている。 「ルナトゥス。起きたのか。今日は早いな。おはよう」  頭をぐしゃぐしゃと撫でると、犬っころみたいに目を細める。 (く~~。かわいい!)  あまり言葉を発さなくなったのもそうだが、ルナトゥスはあれ以来、ジェイミーやハンナに素直に甘えてきたりして、中身もすっかり三歳児になった。ルナトゥスの両親の祈りの力が降りたのかもしれないし、もしかしたらジェイミーが「生まれ変わろう」と言ったのが言霊になって、ルナトゥスの魔王の記憶を消したのではないかと考えている。 「なぁ、ルナトゥス、お前……」 「ごはん」  自分のこと、覚えているか? と聞こうとして、ルナトゥスの声に遮られる。 「……そうだな。お腹すいてるよな。よしルナトゥス、一緒に釜戸場に行こう」  急ぐことはない。一緒に暮らしていればわかってくることだ。 (今は食事食事!)  ジェイミーは子育てスキルはおろか、家事スキルも皆無だから、結局夕食はハンナが作ってくれている。けれど朝食と農園に持っていくお弁当はジェイミーの担当だ。   「卵はだいぶ焦げなくはなったけど、毎日じゃあ飽きるよな、ルナトゥス」  ジェイミーが言うとルナトゥスはこくこくとうなずいた。それからやにわに籠の中から昨日収穫したトマトを二つ握って、ジェイミーに差し出した。 「トマト? サラダにするのか?」 「んーん。スープ。スープ飲みたい」 「ああ! そっか。ルナトゥスはスープとかシチューが大好物だもんな」 「しゅき」  うーん。ルナトゥスが可愛い。  とはいえ、トマトスープなんて作り方がわからない。ハンナが起きてくるのはまだ少し先。  ジェイミーがトマトを見つめて思案していると、ルナトゥスが短いあんよをパタパタと鳴らしながら、居間の隅にある棚から絵本を一冊持ってきた。   〈ひつじちゃんのトマトスープ〉とタイトルにあるそれは、ルナトゥスも幼い頃に読んだものだった。 「そうか! ルナトゥス、でかした」  この絵本、主人公の羊が半端ない食いしん坊で、様々な料理にチャレンジするシリーズものだ。この巻の他にもパンケーキ、ハンバーグ、グラタンを作る話もある。そして絵本と侮るなかれ、料理の行程が幼児にもわかりやすく描いてあるのだ。 「とまとをふぉーくに(しゃ)してあぶりま(しゅ)。ひ(ちゅ)じくんは、ふわふわのけがもえないように()をつけます」  たどたどしくもルナトゥスが読み始める。  ジェイミーはその指示通り(?)に動く。読むスピードがゆっくりだから、焦らなくても大丈夫だ。  そして、二十分後。  サイコロに切ったじゃがいもや玉ねぎとベーコンを炒めて鍋に入れ、ルナトゥスがボウルの中でにぎにぎして潰した角切りトマトも入れて火をつけた。 「コン(ショ)メと、おしおとお(しゃ)とうぱっぱっぱ」 「なるほど、調味料だな。オッケー」  ルナトゥスが読み上げる通りに全てが終わり、あとは待つだけ。 「この間にパンを温めよう」 「ん」  パンは夜にハンナが焼いてくれるから、それを冷所棚から出してオーブンに入れるだけ。ただ、これだけでも普段やらなかったから、気を抜くと焦がしてしまう。  今日はルナトゥスと二人、オーブンの前にしゃがんでゆっくり百を数えた。 「……きゅうじゅく、ひゃあーく!」  顔を見合わせてからオーブンを開ける。ふわっと漂う柔らかい香り。パンは昨日より少しだけ焼き目がついて、表面は噛んだらカリカリと音がしそうだ。  そのうちにハンナも起きてきて、ジェイミーとルナトゥスが協力して食卓を彩るのを愉しそうに見た。もちろん、ひつじちゃんシリーズの絵本が釜戸場にあるのを見てにんまりもして。 「頂きまーす!」  三人揃って手を合わせる。パンとトマトスープしかないけれど、ボリュームは十分だ。 「んまっ、んまっ」  ルナトゥスが興奮気味に言うと、ハンナも「上手にできたわね」と顔を綻ばせた。 「ルナトゥスと二人で作ったんだよな。よぅし、明日からもひつじちゃんシリーズで攻めていくぞ」  ジェイミーとルナトゥスが拳を突き合わせる。 (もう少し、シリーズを増やしておかなくちゃ)  ハンナは二人を見ながら、今日のお買い物では|本屋《ブックドーム》に寄ろうと計画するのだった。

ともだちにシェアしよう!