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第16話 勇者様、狩りに出る①
お弁当にサンドイッチを持って、今日も農園に行く。
サンドイッチといってもハンナが焼いた丸いパンを横にスライスして、チーズとトマトとキュウリを挟んだだけの簡単なものだが、農園に行けば女性陣がなにかと差し入れしてくれるから十分足りるのだ。
子育て生活三五日目、農作業もまだ三五日目のジェイミーは誰がどこから見てもへっぴり腰で、ちょっと固い土でも耕すのに時間がかかり、足手まといになるので女性陣の作業を手伝う割合の方が多い。
女性陣の作業は、耕した畑に分量の種や苗を付けたり、収穫した野菜を洗ったり、ドライベジやドライフルーツを作る作業た。けれどこれならルナトゥスも一緒に横にいさせられて、ジェイミーとしては助かっている。
「ルナ、野菜は優しく触るんだぞ。傷がついたら悪くなるからな」
最近、ジェイミーとハンナはルナトゥスを「ルナ」と愛称で呼び始めた。ルナトゥス自身が自分の名を言う時に「ルナチュチュ」になるため(それも可愛かったのだか)言いやすいようにしてやったのだ。
ルナトゥスは存外に気に入ったようで、なにか言う時には名前を先に言うようになっている。
「ルナ、でき る」
人から聞いた知識をいかにもらしく伝えるジェイミーに、ルナトゥスは素直に頷いて、水の入ったタライで優しく撫でてから、種類ごとに分けてゴザの上に分けていく。
「ルナトゥス、賢いね。上手」
マダム・メイの孫娘のアリッサも、他の何人かの子供達も、ルナトゥスを気にかけてくれつつ一緒にお手伝いをした。
ただ、以前ルナトゥスに意地悪をした二人の子供は、ルナトゥスとジェイミーに謝った時も、目は明後日の方向を向いて不服げだったし、あれから農園には来ていない。アリッサ含む他の子供はルナトゥスに好意的だが、なかなか全員が、とはいかないものだ。
(まあ、仕方ないよな。俺だってそうだったし)
ルナトゥスは目玉を端に動かし、農園にいる男達の中の二人を横目で見た。
幼い頃から男女問わず顔でもてはやされてきたジェイミーにも「敵」はいる。
あの男二人には、なにかあっちゃ「オトコオンナ」とか「いくじなし」とか揶揄われて泣かされたものだ。
(学校を卒業してからは関わりがないようにしてたけど、これからはそうはいかないよなぁ)
彼らと接触したくないから村の仕事からも逃げ回り、女の子と遊び歩いていたとは口が避けても言えない。
「……!」
ぼんやり二人を眺めていると目が合ってしまい、急いでそらす。が、時すでに遅し。
「よぉ、ジェイミーちゃん。最近は頑張ってるみたいじゃねぇか。コブがついて目覚めるたぁ、さすがのジェイミーちゃん。父親じゃなくて母親ってか?」
岩みたいなゴツい体格の男がそばまで来てせせら笑う。
「ちょっと、あんたたち、ジェイミーにちょっかいかけないでよ」
同級生だった女の子が盾になろうとしてくれたが、ルナトゥスの手前、今までみたいに甘えて隠れてはいられない。
ジェイミーはすくっと立ち上がり、必要以上に胸を張って返事をした。
「そ、そ、そうだよ! 俺はルナの父であり兄であり母でもある気持ちだからね!」
「へーぇ、威勢がいいことで。流石は勇者様。さあさぁ、なら狩りに出てその力を見せてはくれないか?」
「狩り?」
「そうさ。昼飯のあと、俺とコイツでキジ狩りの命を受けている。この間村のキジを分け合ったから残肉が少ない。繁殖用に捕らえるのさ」
岩男は隣にいた丸い太っちょの男を親指で差した。
「俺は狩りはしないから……」
ジェイミーには狩りの実践はない。学校では習ったが、生け捕りとはいえ生き物に矢を当てるなんて、可哀想でできなかったのだ。そもそも狩りは村の中でも狩猟ステータスが高い男達に命じられることだし。
「そう言わずに勇者の技、俺達に見せてくれよ」
太っちょがジェイミーの言葉を遮る。彼ら二人はジェイミーが勇者退治なんてできるわけがないと疑ったままなのだ。
実際そうなのだが。
しかし他の村人達はジェイミーが魔王を倒したと信じていて、悪気なく事を囃し立てる。
「いいじゃないか、ジェイミー、俺達も見たいぞ!」
「そうだ。俺も賛成だ。今回は立派なキジが捕れそうだな!」
「ジェイミー、頑張って!」
ついには女性陣まで……。
どうしようかと焦るジェイミーの手に、柔らかい温もり。
見るとルナトゥスが心配そうにジェイミーの手を握っている。
「ルナ……」
(ルナには俺の不安が伝わるんだな……駄目だ。こんなの。よし、いい子育てのためにかっこ良くならなくちゃ! 姉さんが言うじゃないか。元気があればなんでもできるって)
「わかった。昼食のあとだな」
ジェイミーは頷き、岩と太っちょは意地悪く口角を上げた。
***
狩り場は隣村との境の草むら。先日ルナトゥスの両親の化身の狼に出会った場所だ。ルナトゥスはなにかを感じるだろうか。
ジェイミーはちらりとルナトゥスを見たが、ルナトゥスは長い棒きれを持って楽しそうに草を叩 いて遊んでいる。
本当は、狩りには危険もあるから、ルナトゥスはいったん家に帰そうとジェイミーは思っていた。
しかし、ハンナも昼間は飼育の仕事に出ているから家には誰もいないし、農園で他の子と遊んで待つよう言ってみても「ルナも行く」とジェイミーの手を離さなかった。
「ジェイミー、虫 ー! 虫 !」
ルナトゥスの棒に、赤い小さな虫がついて、嬉しそうにジェイミーに見せる。
「これはテントウムシだよ。お空に向かって飛ぶんだ」
「ふぅん、かわいい」
ルナトゥスがちょん、とテントウムシを触る。笑うとほっぺたがぷっくりするのがかわいい。
(かわいいのはお前だよ、ルナ。すっかり三歳児になって……やっぱり魔王の記憶は消えたんだな。でも……)
そうだとしたら、やはり狩り場に幼児がいるのは危険だ。
「すまない。一度村に戻るよ。ルナを……」
ジェイミーが岩と太っちょの背に声をかけると、二人はあからさまに眉を歪ませた。
「あぁ? 逃げる気かよ、勇者様」
「キジ狩りくらい、半時間で済むから平気だろ。さっさと捕れよ、勇者様」
むかつく岩と太っちょである。相手を挑発する言葉も掛け合いのようにリズム良く飛び出す。
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