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第17話 勇者様、狩りに出る②

 意地悪な二人に詰め寄られ、ジェイミーは気弱に返した。 「う……でもルナに怪我でもさせたら……」 「うるさいんだよ。さっさと獲物を探せ……ああ、向こうからおいでなすったぞ」  バタバタと激しい羽音がした。岩が片側の口角を上げてジェイミーの前から体をずらす。 「え、ええええーーーーーー!」  草むらから突進してきたのはキジだけどキジじゃない。普通のキジの何倍以上もの大きさの、まるで怪鳥だ。 「ケエエエエェェーーーーン」  けたたましい声を上げながら、怪鳥はまっすぐジェイミー達の元へ向かってくる。  キジは元々獰猛な生き物だ。ひとたび外敵と見なせば容赦なく突進してきて、クチバシでつついたり足で引っ掻いてきたりする。   「あいつはキジのボスだ。縄張りを守ろうと、狩りに来る人間に毎回向かってくるんだ」 「てなわけで、しっかりやれよ? 勇者様」 「えっ?」  あっという間に岩と太っちょが視界から消えて、キジが向かってくる先にいるのは棒立ちのジェイミーとルナトゥスだけ。狩りの実践がないジェイミーは背中に担いだ弓と矢を構えることもできず、ルナトゥスの手を引いて兎にも角にも逃げ出した。  が、追ってくる。ケーンケーンと喚きたて、クチバシをツンツン伸ばしてジェイミーとルナトゥスを追ってくる。  キジが高くは飛べないことを咄嗟に思い出し、ジェイミーはルナトゥスをかかえて再び走って逃げ回った。  岩と太っちょが笑う声が遠くなる。 (あいつら、狩りじゃなくて、俺をバカにするために仕組んだんだ! わーん、怖いよ~~) *** 「で、ここ、どこ……?」  四方八方に走ってボスキジを撒けたはいいが、草むらのかなり奥、もう「森」と言ってしまえるほどのひしめく木々の中にいた。どこを見ても木と草だけの同じ景色。  こんな時ジェイミーに視界ステータスがあれば……いや、そもそも狩猟ステータスがあれば良かったのだが、ジェイミーは顔だけが取り柄で家事ステータスが少し上がったくらいのエセ勇者だ。もちろん体力ステータスも低い。ルナトゥスを落とさずに走り続けただけでも誰か褒めてやってほしい。 「ルナ、ちょっと休もう」 「ん」  木の根に腰を下ろす二人。 「ごめんなルナ。俺、情けなくて」  ジェイミーがしょんぼりと頭を下げると、ルナトゥスが小さな手を伸ばして頭を撫でてくれた。 「だいじょぶ、だいじょぶ、いいこ、いいこ」 「ルナ~ァ」 (姉さんの真似をしてるんだ! 使いどころがわかってるなんて、うちの子はなんて賢いんだ~)  親ばか炸裂。感動してルナトゥスを抱きしめようと両腕を広げる。しかしその時。  ぽつ、ぽつ、ぽつっ……。  小さな雨粒がジェイミーの腕とルナトゥスのぷくぷくほっぺを濡らし、雨? と思った瞬間には「ザーッ」と音を立てて激しく降り出した。  空が真っ暗になる。 「どうしよう。今動くのは危険だし、かといって雨を凌ぐ場所もない」  キョロキョロとあたりを見回しても、やはり洞窟ひとつない。  ジェイミーはルナトゥスを抱き寄せ、自分の膝の間を割って座らせて、自らを傘にしてルナトゥスが濡れるのを防いだ。  しかし、そのうちにゴロゴロと空が唸りだす。雷が近づいているのだ。 「まずい……このまままじゃ雷に打たれちゃ……」    最後まで言えなかった。  ルナトゥスが顔を真っ青にして、小さな体をガタガタと震わせながら、ジェイミーの胸にしがみついてきたのだ。  その言葉は、きっとルナトゥスが一番怖い言葉だったのだろう。魔王の記憶がなくてもあっても、ルナトゥスにとって「雷に撃たれる」ことは、体に染み付いている恐怖なのかもしれない。 「……大丈夫。俺が必ず守るから」    ジェイミーはもう一度ルナトゥスを強く抱きしめ、木がなるべく少ない場所までお尻歩きをして木々と距離を取った。  雷は高いところに落ちる。木の根にいると、その木に落雷した時に巻き添えを喰ってしまうからだ。雨にはたくさん当たってしまうが、雷に撃たれるよりはずっといい。  ゴロゴロ、ガラガラ……雷雲が近づいてきている。 「ジェイミー、ジェイミー、ジェイミーッ……」  そのたびルナトゥスがジェイミーの名を呼ぶ。 「大丈夫。ルナ、大丈夫。俺がいるよ。必ず俺が守る」  確証なんかない。でもたとえ自分が死んでも、ルナトゥスだけは守りたい──いや、それでは駄目なのだ。ルナトゥスを守るということは、最後まで成長を見守るということだ。 「二人で、生きていくんだ……」    ジェイミーは大切な答えを導き出した。が、無情にも空に稲妻が走る。  ガッシャーン!!  空が破裂する音。暗い空が明るくなるほど大きな雷が落ちた。  ドーン!! グワッシャッ!!  鼓膜が震え、破れそうに痛んだ瞬間、十メートルほど先の一番高い木に雷が落ち、木の内側から裂け目ができて、巨大な炎を吹き出した。もはや木ではなく炎の怪物だ。 (ご先祖様……どうか力を。俺達を、俺達の未来をお守りください!!)  ルナトゥスに惨状を見せないよう、胸に埋めて、祈るように抱きしめる。  すると、どういうことだろう。雨がさらに激しさを増し、滝のように二人を打った。いや、二人にだけではない。このあたり一面が一瞬で滝壺のようになった。かと思えば、降り注ぐ豪水が引っ張られるように後退し、二人がいる周囲に水のカーテンが作られた。そして、ジェイミーとルナトゥスのいる場所だけはもう、髪の毛ほどの水も落ちてこない。まるで、滝のドームだ。 「……?」  不思議な現象に、ジェイミーは顔を上げてあたりを見回した。ルナトゥスを抱きしめる手も緩み、ルナトゥスも顔を上げて同じ景色を見る。 「ぅわぁ……! |き《ち》れい……! ジェイミー、|す《しゅ》ごいね。お|水《みじゅ》、いっぱい!」     さっきまで青白かったルナトゥスの頬に赤みが戻っている。ルナトゥスはジェイミーの腕から抜け出て、ぴょんぴょん跳ねて喜んだ。 「火、ばいばい。かみなり、ばいばーい」  ルナトゥスの言う通リ、木が発した炎も、燃え移った火もどんどん鎮火していく。そして雷は遠のき、水のカーテンは幻のように薄くなり、やがて消えた。  嘘のように晴れ間が広がる。

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