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第6話

●  仕事を終えて家に帰ると明かりが点いていなかった。 「あれっ……」  玄関先でそっとノブを回してみると鍵もかかっていたので、「もしや……」と思いながらも自分の鍵で室内に入る。内側にある明かりのスイッチをパチッと押すと靴を脱ぐ。 玄関に彼の靴があったので、いるのにまず安堵する。 「一季、 いるんだろ?」 「……います。ごめんなさい。今夕食の支度をします」  隣の暗い部屋からくぐもった声がする。木実は布団で横にでもなっているのかなと彼の体調のほうを気にしていた。 暗い部屋の明かりを点けると盛り上がっている布団の横に屈みこむ。 「どうしたの? 体調良くない?」 「いえ。考え事してたら寝ちゃっただけです。すんません」  むっくりと身を起こすと木実と向き合う。 「今支度しますね」 「いいよ。今日は俺がやるから」 「……」 「今日は外出したの?」 「はい」 「探索はした? 駅までの道とか……」 「木実さん。俺、帽子買っていいですか?」 「……何で?」 「やっぱり落ち着かないって言うか……」 「……」 「今日、スカウトされました」 「ぇ? 誰に? どこで?」 「これ」  ポケットから一枚の名刺を差し出されてそれを受け取る。 「久家エージェンシー。晴美照善(てるみ てるよし)?」 「……」 「えっと……。まず経緯から聞こうかな」 「昼過ぎに買い物がてら駅まで歩いてたら、前から来たサラリーマンみたいな人に話しかけられて……」 「それでこれ貰ったんだ」 「はい」 有名な人が在籍してる事務所らしいが、どうしたらいいのか分からなくて困惑してると「本物のスカウトだから!」と人気俳優の真野真司に電話して……直接テレビ電話したらしい。 「真野真司って、あの真野真司?」 「はい。あの真野真司でした」 「へぇ……」  住所を見てみると近い。これは信憑性があるな……と思ってみるが、話はそこでは終わらずに「近くだから今から事務所に」と誘われて怖くて逃げて帰ってきてしまったと言うことらしい。 「それでこれ?」 「だって……偽物だったら怖いじゃないですかっ」 「でも真野真司と話したんだよね?」 「タクシー拾うって」 「あー、駅のあっち側だからかな……」  この住所だと駅のあちら側。栄えているほうのエリアだった。駅のこちら側はどちらかと言えば住宅街だし栄えてもいない。手っ取り早く事務所に連れて行きたかったんだろうな……と考えるが、それが一季には恐怖だったらしい。 「で、帽子って? 顔を隠すため?」 「そうですけど」 「でも顔だけ隠してもあんまり意味ないと思うよ」 全体から滲み出る雰囲気までは隠せないから、とも伝えたが本人は自覚ないようで首を傾げられて終わってしまった。 〇 翌日からまた一季は外に出たいとは言わなくなった。木実も無理強いはしなかった。また振り出しに戻っただけだと思えばいい話だ。 「じゃ、いってくるね」 「いってらっしゃい」 「あのさ、今度の休み。帽子を買いに行こうか」 「ぇ……?」 「帽子があればまた出る気になるかもしれない、だろ? また一緒に買い物に行こう」 「……うん」  スカウトされたから出たくないのか、それとももっと別の理由があるのかは分からなかったが、二人なら大丈夫なのかな? と誘ってみる。感触は良かったので次の休みにさっそく出かけようと予定を立てる。木実自身も彼といるのが安心出来たし心地よかった。 六話終わり おまけページ 「お前ってさ、遠慮って言葉を知らないのな」 「いや。この場合それはないでしょ」  毎日のことだが、毎晩寝るのは熾烈な争いが生じる。何故なら寝るための布団がひとつしかないからだ。 最初はお互いに掛け布団を引っ張り合って言い合いしても、結局初めての時のように身なりが小さい木実のほうが一季に抱き着いて眠りにつくと言うのが常だった。 「こっち向けよ」 「嫌ですよ。もう眠いし」 「それを言うのは俺のほうだよっ」  グイッと相手の肩を掴むと無理やりこっちを向かせる。そうしておいてギュッと抱き着くのだが、抱き着いただけではうまく寝られないので脚も相手に絡ませる。だけどその姿がいつもプロレスでもやってんじゃないかと言うほど変だとだと自分でも思っていた。思っていたが、普通サイズの布団ではこうでもしないとうまく落ち着かないのだ。 「お前は俺の抱き枕なのっ!」 「立場としてはそうかもしれないですけど、事実上は俺が木実さんを抱いてる感じですっ」 「そうかよっ!」 「そうですよっ!」  そんな言い合いをしばらくしてからお互いの首元に顔を埋めて眠りにつく。寒いから暖かいし、安心出来たのだった。  俺の布団なのに……。 おまけ終わり

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