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第2話
「金子」
「んー?」
「寒い」
「はいはい、ココア作るから待ってて」
気に入らない。
甲斐甲斐しく世話を焼かれることも、何も反論してこないのも、とにかく全てが気に入らないのに何故か金子と共に暮らしている。
別に自分で住むところなんて確保出来るし、金子がいたところで身を守れるわけでもない。
それなのに僕は金子と暮らしている。
「金子」
「クッキーもつけるから大丈夫」
キッチンでかちゃかちゃと手際良く準備をしているのも気に入らない。そして、恐らくココアは牛乳から丁寧に練って作っているであろうことも気に入らない。
ことごとく僕の好みを熟知し、意を汲むことも気に入らない。
何度でも言う、とにかく気に入らない。
「お待たせしました〜!」
「……ふん」
「付け合わせのクッキーはあおちゃんの好きなお店のだよ」
「そうですか」
カップからは湯気が立ち込めている。
どうせ口をつければちょうど良い温度なのだろう。口を近づければふわりと甘い香りがして、すぐに僕好みの温度のココアが口の中に広がっていく。味も甘すぎず、苦すぎず。けれどほろ苦さを残したそれに舌打ちをしたくなる。
クッキーも本当に僕の好ましいと言った店のものを用意しているから腹立たしい。
まぁ、食べ物に罪はないので美味しく頂かせてもらいますけれど。
「また飲みたかったら言ってね」
嬉しそうにそんなことを言うと、金子は僕から少し離れたところに座り、真剣な表情でパソコンで何かをし始めた。忘れがちではあるが、金子はあれでも大学で教鞭を取っている。おそらくは授業で使う資料か、それとも授業内容について考えているのかもしれない。
真剣な表情の金子も気に入らない。
僕以外のものを熱心に見ることも、何かに心を傾けるのも気に入らない。
「金子、どうして貴方は僕を抱かないんですか?」
気づいたらそんなことを口にしていて、金子の視線が僕に向けられる。金子は驚いて大きな目を余計に丸くしているから何だか気分が良い。
今まで僕に尽くしてきた者達は見返りを求めた。それは金品だったり情報だったり、はたまた僕の身体だったり。それなのに金子は何も求めず、ただ僕に尽くす。
それが不気味で、とにかく気に入らない。
「俺はあおちゃんにそんなことしないよ」
「……は?」
「あおちゃんが生きてるだけで良い、見返りはいらないし、抱こうとも思わない」
「不能ですか?」
僕を前にして抱こうと思わないとは。不能か、それとも僕に余程魅力がないか。
どちらかと言えば前者だと信じたいけれど……
何故信じたいかと言う問題はひとまず置いておく。
「だってあおちゃん嫌だろ? だからしません」
「では誰か連れ込んでも良いのですか?」
「あおちゃんはそんなこと出来ないよ」
「出来ます」
「しないよ、信じてるから」
自信ありげに穏やかに微笑む金子に思わず近くにあったクッションを投げつけてやりたい衝動に駆られたが……やめた。
ここで反撃してしまえば金子の思い通りなような気がして気に入らない。昔からそうだ、金子はそうやって僕のことを優先するし、理解しているんだとでも言わん表情で見てくる。
まだ子どもで、本当に何でも出来ると信じて疑わなかった時からずっと金子だけは変わらない。
「随分と信頼されているものですね」
「そうだネ、だってあおちゃんだから」
「信仰の対象とでも?」
「全く。俺は神サマなんて信じてないから」
そうやって平然と言い退ける金子が昔から嫌いだ。嫌いで、嫌いで……安心出来た。
「金子」
「はーい?」
「……呼んだだけです」
全てを失った気がしていたが、どうやらまだ僕にも残されたものがあったようだ。
気に入らないけれど、認めたくはないけれど、金子だけはずっと変わらない
「俺はあおちゃんが生きているだけで良いんだよ」
「……ふん」
やっぱり金子は気に入らない。
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