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第3話
「みっくん、帰ろ〜」
今日も俺は幼馴染を迎えに行く。
みっくんは優しいから俺のお願いを断らないし、邪険には扱わない。
今も鞄を手に教室の入口にいる俺のところにのそりのそりと向かってくれている。みっくんの周りにいた友達や女子からの遠巻きの視線は気にしないこととする。
だって気にしていたらキリがないから。
「真樹」
「ん?」
「今日は寄りたいところあるんだ」
「いいよ、寄ろうよ」
並んで廊下を歩いて少しすれば階段に辿り着くからそのまま他愛のない会話をしながら階段を降りる。
みっくんとは別のクラスだから話題が尽きることはない。
今日あったことを話すだけでも上履きから外履きへ履き替えて校門に向えるほどだ。
いつもは俺の話をみっくんが聞いてくれているけれど、今日は珍しくみっくんがたくさん話してくれた。
数学の授業が難しかったこと、先日俺が読んでいた本の内容が現代文の授業で出てきたこと、そして体育でバスケをしたこと。
思わず足を止めてしまえばみっくんは少し笑っていた。
「真樹が気にすることじゃないだろ」
「……大丈夫だったの?」
「問題なく出来たよ」
そう言いながらみっくんは右肩に触れる。
もう二年前になる、みっくんがバスケを辞めたのは。
怪我だった、俺が体調を悪くして寝込んでしまった日にみっくんは事故にあった。
いつもは通らない道、俺のために差し入れを買ってくれようとして通った裏道で車に跳ねられた。命に別状はなかったとは言え、右の鎖骨と肩甲骨を骨折して、予定していた試合にも出場出来なくなってみっくんはバスケを辞めた。
それからだ、必ずみっくんと帰るようになったのは。
それを知らないからこそクラスメイト達は俺達のことを不審な目で見てくる。
仲が良すぎる、と。
「真樹」
「何?」
「真樹はもうバスケしないの?」
「みっくんがいないならしないって言っただろ?」
「そうだけど……」
俺もバスケ部だった。
でもみっくんが怪我をしてから辞めた。
皆、俺の所為じゃないと言ってくれていたけれど、俺だけがバスケを続けるなんて嫌だったし、無理だった。
みっくんのいないコートは寂しくて、悲しくて堪らない気持ちになってしまった。
「真樹のユニフォーム姿、好きだったよ」
「……俺も」
「知ってる」
「だよね」
小学校からずっと一緒にバスケして、中学で二人でレギュラー取って、これからもずっと一緒にバスケしていくんだと思っていた。そう約束もしたのに、守ることが出来なかった。
「あ、薬局寄って良い?」
「うん」
何気ない帰り道。
部活のない日々にももう慣れた。こうしてみっくんと寄り道して、帰れるだけでも俺は幸せだ。
もう二度とあんな思いはしたくない。
だから側に居られる限りずっと側に居たい。
ただそれだけだ。
***
事故に遭ってバスケが出来なくなったことは悲しかった。
それは紛れもない事実ではあったけれど、病室で泣き崩れる真樹を見て芽生えてはいけない感情が芽生えてしまった。
ごめん、俺の所為で。
そう言って顔をぐしゃぐしゃにする真樹が堪らなく愛おしくて、俺は真樹に恋していたのだと気づいてしまった。
「みっくん、聞いてる?」
「聞いてる」
あれから二年。
真樹も部活を辞めて、二人で中学の同級生が行かない高校に入学して穏やかな毎日を過ごしている。
真樹はあの日からずっと自分を責めているし、帰り道は特に俺から離れようとしない。
そんな真樹の行動が愛おしくて、毎日教室まで迎えに来てくれるのを待ち侘びてしまっている。
そんなことを知らない奴らは毎日可哀想に、と哀れみに満ちた目で見てくるけれど、俺からしたら幸せだ。
愛おしい真樹のことを側に置けてこの上ない幸福だと言うのに。
「そう言えば何買ったの?」
「ん? ベビーオイルとワセリン」
「ほう」
何に使うかは聞いて来ない。
聞かれたところで誤魔化せる自信もあるし、ゆくゆくは真樹に使いたいと俺が思っているなんて露知らず隣で楽しそうに笑っている。
真樹の身長は平均的で俺よりは小さい。それに細身だ。
だから抱き締めようと思えば抱き締められてしまうし、押し倒そうと思えば押し倒せると思う。
年頃の所為なのか、真樹に対して“そう言った”感情ばかり抱いてしまうし、有り余っている体力を持て余してしまっているからまずい。
「そうだ、今日俺の家来る? 誰も居ないんだ〜」
そう言って屈託なく笑う真樹に胸がぎゅっと締めつけられるように苦しくなる。早まる鼓動を抑えつつ、必死に平然を装う。
そんなことを愛おしく思っている真樹に言われてしまえば思考はそっちに向かってしまうのも仕方がないと思うんだ。
「ジュースも買ったし、どう?」
どうやら真樹はさっき薬局で飲み物を買ったらしい。
俺に断られたらどうするつもりだったんだろうか?
いや、断られるなんて思っていないんだろうな。
そう言う傲慢なところも堪らなく愛おしい。
もしかしたら、ベビーオイルとワセリンの使う日が早くなるのかもしれない。
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