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第四話 成人の儀(一)
十九歳になったばかりの清蓮《せいれん》は、静かに自分の出番を待っていた。
清蓮は大きく深呼吸し、感慨深げに衣装に目をやった。
今日、この日のために職人らが仕立てた豪奢な衣装は、藍白《あいじろ》に染められた薄絹を幾重にも重ねたものだ。
胸元には金糸で繊細な刺繍が施され、その周りには小さな翡翠が散りばめられている。
腰には金絹を使用した華文模様の帯を巻いており、長身で均整の取れた体躯によく映えていた。
今日の衣装は、清蓮の柔和で慈愛に満ち溢れた顔立ちによく似合っていたが、見方によっては女性と見間違えてしまうだろう。
清蓮はなんとなしに外の景色を眺めていると、部屋に同年の男が入ってきた。
侍従は見慣れた様子で、その男に向かって一礼する。
男は長椅子に勢いよく座り、侍従が眉間に皺を寄せるのも気にせず、清蓮のために入れられた茶を一飲みする。
清蓮は振り向くことなく男の名を呼ぶ。
「友泉《ゆうせん》。」
友泉と呼ばれたその若者は、気軽に皇太子に話しかける。
「いよいよだな。」
「うん。いよいよだ。」
清蓮は振り向き様に答え、暖かく友人を迎え入れる。
侍従は皇太子に静かに座を外し、控えの間には清蓮と友泉の二人だけとなった。
友泉。
彼は東南方面を指揮する将軍の一人息子であり、清蓮《せいれん》の幼馴染で、幼いころから学問・武芸を共に学んだ同門の友でもあった。
彼は堂々とした体躯の持ち主で、精悍な顔立ちは近寄りがたい雰囲気を漂わせているが、笑うと子犬のような人懐っこい笑顔を見せる好青年だ。
「会場の様子はどう?みんな来ているかい?」
清蓮には会場の様子が分からないため、友泉に見に行ってもらったのだ。
友泉は残りの茶を一気に飲み干し、こと細かに清蓮に伝える。
「ああ、一階は民で埋め尽くされてるよ。茶菓子なんか振る舞われてたな。こういう時は酒に決まってるだろうに。」
「はは、飲みたいのは君だろう。何かあっても困るから差し障りのないものにしたんだろう。」
「まぁ、そうかもな。なんにせよ、お前の希望通りになってよかったじゃないか。」
「うん、父上や叔父上には本当に感謝している。」
成人の儀は、王族など限られた者だけが参列することができる儀式であり、友安国建国以来、それは脈々として受け継がれてきた慣行であった。
市井の民が天上人を間近で目にするなどと前代未聞のことである。
それをある日、清蓮は是非とも国民にも見てもらいたいと国王に嘆願したのである。
彼は、お祝いするならみんなでお祝いしようという、堅苦しいだけの儀式はつまらない、なんとも楽観的な考えで提案したのである。
国王をはじめほとんどの者が、何を馬鹿なことをと半ば怒り、半ば呆れていたが、清蓮はことあるごとに国王を説得し続けた。
幸い、清蓮の叔父である王弟も賛同し、国王である兄の説得に加わってくれたこともあり、国王は首を縦に振ったのである。
そうは言うものの、誰も彼もと言うわけにはいかず、財を成し身元の保証された者たちが、国民の代表として成人の儀に招かれたのである。
自分の願いがついに叶うとあって、清蓮は自然に頬が緩むのであった。
それを見た友泉も大きく頷き同意するが、すぐに真剣な表情になり、まじまじと清蓮を見てつぶやく。
「それにしても、罪つくりだな…。」
清蓮はなんのことやらと尋ねる。
「お前な、前から言ってるだろ。いい加減自覚しろよ。今日のお前は…傾国の美女じゃないか。」
清蓮は目を丸くする。
「傾国の美女って…。はは…、大げさだな。私は男だよ、どこから見ても。」
友泉はいやいやと首を横に振る。
「ここに来る間に、どれだけお前のことを口にしていたと思う?女どもは皆、おまえ目当てで色めき立っているし。男どもは男どもで…分かるだろ…。」
最後は冗談とも本気ともとれない言葉で清蓮をからかった。
「はは…。」
清蓮はなんとも言えない表情で友泉の言葉を受け止めた。
彼は自分の容姿に対して自覚がないわけではなかった。
周囲の反応も知らないわけではなかった。
それでもなお彼は、自分の容姿に絶対の自信を持っているわけでもないのだ。
彼は若かったが、謙虚というか年寄りじみていると言うべきか、奢り高ぶるといったことから無縁であった。
彼には彼の美学があった。
この世には自分より秀でたものが幾千、幾万とあり、優も劣もなく、多様な美しさは、それぞれみな平等に美しいのだと。
ただ自分を取り巻く世界は限られているため、人は自分の見える範囲の美しさだけを見て、美しいと感じるのだ。
彼はただ両親から受け継いだものを、ありがたく受け入れているだけだった。
清蓮は穏やかに気の置けない友人に語る。
「私はね、今日、この日が無事に終わればいいと思っているんだ。何事もなくね。」
清蓮は立ち上がり、鏡を見て衣装を整えた。
部屋に入って来た侍従が、時間であることを伝える。
清蓮はありがとうと小さく答え、深呼吸する。
「そうだな。それが一番だ。俺は二階で見てるよ。」
友泉は清蓮の肩を軽くたたき、扉の方に歩いていく。
「ありがとう。」
清蓮は笑顔で友人を見送った。
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