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第六話 成人の儀(三)
そばに控えていた者が恭しく清蓮に剣を渡す。
清蓮は剣を受け取ると、目を閉じ呼吸を整える。
研ぎ澄まされた感覚が剣一点に集中した時、清蓮はかっと目を見開き、剣で空を切った。
間髪入れず、縦横無尽に剣をさばいていく。
清蓮はまるで体の一部でもあるかのように剣を自在に操る。
敵は見えずとも、観客は彼が本当に目に見えない敵と戦っているかのように見えた。
さらに脇から一本の新たな剣が清蓮に向かって投げられる。
彼は振り向きもせずに剣を受け取り、自由自在に二本の剣を使い、見えない敵を切り倒す。
子供の頃から、並々ならぬ努力と鍛錬で得た剣の技術は群を抜いており、剣が一本増えたところで、彼の剣の確かさはかわることはなかった。
緊迫感の中にあっても、外連味のない剣さばきは、会場を埋め尽くす人々の期待に応えるには十分であった。
演武が終わってもいないのに、会場からは割れんばかりの拍手、歓声が沸き起こっていた。
清蓮は集中を切らすことなく、終わりに向かって駆け抜ける。
ほどなく演武を終えた清蓮は、軽く肩で息を切らしてはいるものの、堂々とした姿で会場に向かって一礼する。
心地よい緊張感の中、清蓮は軽く目を閉じ、呼吸を整えた後、扇をもった右手を客席に向け、左手を軽く腰に添える。
そろりそろりと歩を進め、扇をもった右腕を振り上げたあと、勢いよく振り落とす。
それを合図に、舞台下の宮廷楽団が演奏を始める。
演舞の始まりである。
清蓮は踊りながら扇を広げ、くるくると回転させる。
回転する扇は、残像も相まって、まるで一つの花のように見える。
全ての人が全神経を清蓮に向け、なに一つ逃すまいと注視している。
清蓮は扇を静かに懐に戻した後、自ら両手を広げ、体幹を軸に回転し、今度は自らが花となる。
その後も彼は美しさはそのままに、疲れた様子も見せず、次から次へと華麗な踊りを披露した。
最後に、国民が最も愛する歌『細氷』に合わせて清蓮が踊り始めると、身分の区別なく、みなが歌い出し、異常なまでの高揚感と一体感が会場を覆い尽くした。
清蓮の踊りは圧巻、華麗の一言であった。
演舞も無事に終わり、清蓮は観客に向けて一礼する。
天女のような演舞、正確無比の剣術。
清蓮はすべてを完璧に成し遂げた。
会場の誰もが目を奪われ、心を奪われた。
すべての人が彼を好きになった。
よどみない拍手、歓声が巨大な渦となって演舞場を覆いつくす。
清蓮は軽く肩で息はしていたものの、疲れた様子もなく、悠然と惜しみなく注がれる賞賛を謙虚に受け止めていた。
彼は国王夫妻、観客に向け一礼する。
すべて終わった…。
彼は笑顔で手を振り、退場しようとした。
その時一人の幼子が清蓮に駆け寄ってくるのが見えた。
舞台周囲は護衛が配置されていたが、幼子は監視の目をくぐり抜け、舞台にいる清蓮のところまでたどり着いたのである。
清蓮は駆け寄ってくる幼子に驚いたが、弾けるような笑顔で幼子を迎え入れる。
その様子を見た観客は、興奮した様子で一部始終を見守り、清蓮が幼子を抱き抱えると、演舞場には割れんばかりの歓声が巻き起こった。
一方、幼子の母親は、子の無謀とも言える行いに顔面蒼白となっている。
彼女は恐る恐る舞台に上がり、清蓮の前にひれ伏す。
母親は俯いたまま、何かを必死で訴えているようだ。
その様子から清蓮に向かって子供の非礼を詫びているのは間違いなかった。
慣例として、民が王族を上から見下ろしたり、話しかけることなどすれば、不敬罪に当たる。
たとえ幼子とはいえ、王族に馴れ馴れしく接することなど許されるはずもなく、問答無用で処罰されてもおかしくない事態であった。
しかし皇太子は相変わらず寛容な態度で気にすることもなく、母親に幼子を引き渡し、一声かける。
母親は、幼子を抱きかかえたまま両手を合わせ、涙を流しながら何度も何度もひれ伏している。
民は、清蓮の寛容なさまにいたく感動し、演舞場は再び揺さぶられるほどの歓声と熱気に包まれた。
我らが皇太子は美しく誉れ高いだけでなく、なんと慈悲深いことか!
場内の観客は思った。
我らが皇太子に祝福を!
我らが皇太子に祝福を!!
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