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第八話 男
なんということだろう…。
世間広しといえど、これほどもまでの美貌をもった人がいるとは…。
一体なにをどうすると、このような見目麗しい御仁ができあがるのだろう。
自分のことはさておき、清蓮はまじまじとその男を見て思った。
「殿下。」
男は一切表情を変えることもなかったが、丁寧な口調と、どこか温かみを感じさせる声で清蓮を呼ぶ。
清蓮は名を呼ばれ、現実に引き戻された。
清蓮は男に抱きかかえられていることをすっかり忘れていた。
さすがにこのままではいけないと思い、男に声をかける。
「えっと…、ありがとう。君のおかげで助かったよ。大丈夫そうだから、下ろしてくれるかな?」
「足を怪我しています。」
「足?あぁ、大丈夫、少し捻っただけだよ。歩ける、下ろしてくれ。」
「…それはできない。」
「……?!」
丁寧な口調から一転、男は清蓮の言葉を静かに、しかしはっきりと退け、清蓮を抱きかかえたまま離す様子はなかった。
「えぇっと、本当にありがとう。足も大したことない。歩けるし、みんなのこともなんとかしないと…。」
「だめだ…。それはできない。」
「だめって…、子供じゃあるまいし…。」
「……。」
男はこれ以上はなにを言っても無駄と口を閉ざしてしまう。
参ったな…。
どうにもならない…。
清蓮が無言で考え込んでいると、男はそれを同意と受け止め、清蓮を抱き抱えたまま控えの間へ移動しはじめる。
男は、清蓮をまるで大事な宝物でも扱うように優しく抱え、すらりとした体躯の清蓮をいとも軽々と運ぶ。
その身のこなしは優雅でそつがない。
清蓮は、男に抱き抱えられたままだったが、不思議と不快感はなかった。
どちらかと言えば、ずっとこうしていたいような感覚を覚えたのも事実だ。
それでもやはり、恥ずかしことには変わりなかった。
清蓮は、子供の頃に読んだお伽噺を思い出し、きっと王子様に抱き抱えられた深窓のお姫様は、私みたいに恥ずかしく思うのかな、それとも嬉しくてしかたないのかなどと、場違いのことを考えていた。
清蓮は遠ざかる会場に目を向けると、混乱はおさまりつつあるのが見えた。
清蓮は安堵するともに、今回の事態に心を痛めた。
こんなことになるなんて…。
彼は男に身を預け、そっと目を閉じ刹那の時間、現実から逃避した…。
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