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第九話 妹
清蓮は自室でお茶を飲みながら、眼下に見える梅花を眺めていた。
気づかぬほどの柔らかい風がそよぎ、そこはかとなくほんのりと淡く甘い香りを伴って、清蓮の頬をかすめていく。
清蓮は気だるさに身を任せ、浮いては消えるある思いを茶の中に見出していた。
成人の儀のあの出来事で出会った男《ひと》。
押し寄せる人波から清蓮を救った男《ひと》。
どこかで会ったことがあるような、懐かしいような…、そんな男《ひと》。
きっと自分の人生のどこかですれ違ったことがあるはずだ…。
それは間違いないのに…。
清蓮はいまをもって思い出せないのだ。
彼はそっと自分の右手を胸に添えて、あの時の感覚を思い出していた。
彼に抱き抱えられた時に感じた、どこか懐かしく、心が柔らかく、温かくなる感覚。
今でも鮮明に覚えていた…。
それにしても不思議だ…。
あんなに綺麗な男《ひと》を見たら、忘れるはずないのに…。
ぼやけた視界の遠くから、一緒にお茶を飲んでいた友泉の声が、彼を現実に引き戻した。
「なぁ、あいつまだ来ないのか。」
友泉が痺れを切らして清蓮に話しかける。
「女の子はいろいろと準備があるんだよ。君も知ってるだろう。」
友泉は貧乏ゆすりしながら、茶を一気に飲み干す。
「あぁ、なんだって俺があいつの護衛でついて行かなきゃいけないんだよ。俺じゃなくてもいいだろ。」
友泉は、行儀悪く長椅子に座った状態で両足を卓にのせ、天を仰いで嘆く。
清漣の乳母がその様子を見て眉間に皺を寄せ、静かに忍び寄ったと思うと、容赦なく友泉の足を叩く。
友泉は乳母のどこにそんな力があるんだと、叩かれた足をさすりながらも、おとなしく両足を床に下ろした。
清蓮は、苦笑いしながらも優しく諭す。
「私の父と将軍である君のお父上が決めたことだろう。誰も文句はいえないよ。」
「分かってるさ。俺たちの親父は偉いからな。」
友泉は、治療のため宮廷を離れる清蓮の妹の護衛の一人として、命を受けたのだ。
武官として、日々父親である将軍のそばにいる友泉にとっては、至極退屈な任務であることは否めなかった。
「ご苦労さま。」
清蓮は仕事とは言え、妹の護衛はさぞ苦労なことと思い、友泉に感謝を伝えた。
そうこうしているうちに、廊下から若い女の声が聞こえてきた。
はっきりとは聞こえないが、侍従に何かを運ばせているようだ。
騒々しい気配から、清蓮の妹だとわかる。
「ほら、来たよ。」
清蓮が友泉に伝えると同時に、清蓮の妹が部屋に入ってきた…。
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