12 / 110
第十一話 蝋人形
それは清蓮の身長と同じくらいの縦長のもので、厳重に布に包まれていた。
清蓮はそれがなんであるか予想はついていた。
当たってほしくない予想ではあったが。
「取り込み中すまないが、ろそろそろ時間だよ。」
清蓮は二人にそう告げる。
「ほんと、友泉を相手にしてたら、大事なことを忘れるところだったわ。これをお兄様に差し上げたかったの。」
名凛は例の布に包まれた物を清蓮のところまで運ばせ、丁寧に布を外すと、清蓮同じ顔をした蝋人形が姿を現した。
清蓮と友泉は精巧に作られた蝋人形を見て、またかと呆れた。
名凛はとても変わった趣味をもっている。
小さい頃から錠前作りや鋳造が好きで、暇さえあれば、侍従の目を盗んで宮廷のお抱え職人から教えを乞うていた。
その次に夢中になったのが、人形作りだ。
泥人形から、紙を貼り合わせて作る張子、木彫りの人形などありとあらゆる人形を作っては、清蓮に披露していたのである。
ここ最近に至っては蝋人形にまで食指を伸ばし、その情熱はとどまることを知らなかった。
清蓮は、名凛が作り上げる作品を見せられるたびに、時に賞賛、困惑、放心のていで兄としての勤めを果たすのであった。
名凛は見慣れた二人の反応を横目に、白魚の手で軽く空を縦に切る。
すると蝋人形は清蓮たちの周りをゆっくりと歩き始め、しまいには踊り始めたのである。
さすがに人形が踊り出すのを見て、清蓮と友泉は目を見開いて、人形が踊る様を見ていた。
名凛はその様子にいたく満足の笑みを浮かべる。
もう一度手を空を切ると、人形は友泉の前まで行き、からかうように腰をくねらせながら友泉に迫る始末だ。
「よせ、やめろ、清蓮!はしたないぞ!!」
友泉は、天女に扮した清蓮が艶かしく腰をくねらせ迫っているように見えて、顔を真っ赤にしながら、思わず訳のわからぬことを口走ってしまった。
「名凛、やめなさい。友泉が困ってるじゃないか。」
清蓮がため息混じりに、ぱちんと指を鳴らす。
蝋人形は踊るのをやめ、先ほどまで友泉が座っていた長椅子の方にふらふらと歩いていく。
蝋人形は腰掛けたところで脱力し、だらりと横たわった。
「仙術をそんな風に使ってはいけないよ。」
「友泉が悪く言うからよ。力作なのに…。それにいいじゃない、仙術をつかっても。悪いことしたわけじゃないんだし。」
名凛は悪びれる様子もなく言い放った。
「十分悪いだろ。まったく…、人形に使うなんて。」
友泉は悪夢を追い払うように首を左右に振った。
「そうでしょうね。あなたにとっては、たかが人形でしょうね。きっと私があなたに作ってあげた、お守りとお人形もとうの昔にどこかにやってしまったでしょうし…。」
「…捨てちゃいないさ。…どこかにいっただけだ…。それに、あんな鉄でできたお守り、誰が持ち歩くって言うんだ?! 重くてどうしようもないだろ!!」
「知ってる?そう言うのを世間では〈捨てた〉と言うのです‼︎」
名凛は問答無用と言い放つ。
友泉は清蓮に向かって懇願する。
「清蓮、なんとか言ってくれよ‼︎」
友泉の言葉に名凛の美しく弧を描いた眉は跳ね上がり、二人は再び口喧嘩を始めた。
友泉、君はいい加減学ぶべきだ…。
どうあっても、口喧嘩で女性に勝てるわけはないと…。
特に名凛には…。
清蓮は椅子に座り、長椅子に横たわっている蝋人形を眺めた後、いつ終わるともわからない、二人のやりとりをよそ目に、そっと目を閉じた…。
ともだちにシェアしよう!