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第十ニ話 儀式の後(一)
控えの間にある長椅子まで運び、すぐさま清蓮の靴を脱がせて、怪我の様子を見る。
清蓮の右足は軽く捻っただけではあったが、ほんのり赤く腫れ、男に触れられると痛みを感じた。
男は、声にならないほどの小さな声で呟いたあと、赤く腫れた右足にやさしく触れ、ゆっくりと擦りながら≪気≫をおくり始めた。
気は冷たい冷気となって患部を冷やし、みるみるうちに腫れが引いていく。
そのうち、温かい男の手の温もりだけが伝わってきた。
清蓮は、右足を曲げ伸ばしして、自在に動くことを確認しながら、感嘆の声をあげた。
「ありがとう。すごいな、君はいろんなことができるんだね!」
「…あなたもできるでしょう…。」
男は落ち着いた様子で答えたが、清蓮にお褒められ、透き通った肌にほんのりと赤みがさしたさまは、彼の美しさをさらに際立たせた。
「さぁ、どうかな。全然覚えてないんだけど。どうやら修練の途中で病気をしてしまったみたいで、修練もそこまでで終わってしまったんだ…。」
清蓮は足をさすりながら、残念そうにつぶやいた。
「そう…。」
男はそれ以上なにも言わず、清蓮に靴を履かせてやる。
その手つきは無駄がなく、どこまでも優雅だ。
その後二人ともだまってしまい、しばらく沈黙が空間を占拠する。
清蓮は静寂の中にあっても、居心地の悪さは感じず、むしろこの無口な男からいろいろ聞いてみたいと思った。
だが、その静寂は長く続かず、妹の明凛が勢いよく部屋に飛び込んできた。
男はなにも言わず、静かに部屋の隅に移動した。
「お兄様、大丈夫⁈」
清蓮は誰よりも真っ先に駆け寄り、飛びついてきた妹を優しく抱きしめてやる。
「ちょっと足を捻っただけだよ。そんなに騒ぎ立てなくても…。」
「なに言っているの、騒ぐに決まっているでしょ!あんなに大勢の人が襲ってきたのよ!!」
「でも大丈夫だっただろう?結界もあったし。」
「そうだけど…。みんな心配したんだから。お兄様になにかあったら私はどうすればいいの!わかってるの⁈」
明凛は泣き出しそうな顔で、怒っている。
その様子を見た清蓮は、申し訳ない気持ちと微笑ましい気持ちになって、彼女の目ににじむ涙をぬぐいながら、心配かけてごめんと謝る。
そうこうしているうちに、国王夫妻をはじめ、国王の弟夫妻や大臣などが次々と部屋に入ってきた。
清蓮たちの母親である王妃が清蓮のもとに駆け寄り、人目をはばからず抱きしめる。
「清蓮…あぁ、無事でよかった…。ほんとにこの子は!もし、あなたになにかあったら私はどうすればいいのですか! わかっているの?!」
王妃は感情を抑えきれず、震える声で清蓮に訴える。
こうも母と妹に同じことを言われると、さすがに清蓮も申し訳ないという気持ちよりも、おかしさがこみ上げたきた。
清蓮は母親の背中をさすりながら、近づいてきた国王に黙礼する。
国王はあえてなにも言わず、無骨な手で清蓮の頬を優しく撫でた。
国王は清蓮の母や妹となんら変わらず、国王という立場がなかったならば、清蓮を抱きしめていたことだろう。
その様子を静かに見守っていた大臣ら関係者も、口々に清蓮の無事を喜んだ。
清蓮のから離れ、国王はその場にいた者たちの方に向き直って、張りのある声で話し始めた…
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