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第十五話 出発
目を閉じ、まどろみのなかを漂っていた清蓮の耳に、名凛の透き通った声が聞こえてきた。
「お兄様、お兄様!もう、しばらく会えないっていうのに、呑気に居眠りなんてして!」
ようやく友泉との痴話喧嘩が終わったのか、名凛が、清蓮に声をかけてきた。
「あぁ、すまない。うとうとしてしまったよ。」
「いろいろあったからな。じゃじゃ馬がいない間、ゆっくりするといい。」
友泉は、清蓮の肩をとんとんとたたきながら、人懐っこい笑顔を見せる。
「ありがとう…。すまないが、妹を頼んだよ。」
清蓮は気の置けない幼馴染に妹を託した。
「あぁ、頼まれたくはないが、頼まれたからには任せておけ。」
友泉は、なんとも言えない言葉で請け負うが、嫌味に聞こえないのは、彼の実直な性格の賜物だろう。
そこに名凛が割って入る。
「いま、じゃじゃなんとかって聞こえたけど。」
友泉が言い返そうとするのを、清蓮がいい加減にしてくれとばかりに、慌てて止めにはいる。
「さぁさぁ、もうこの辺にして。名凛、今度はどこで治療をするんだい?」
名凛は、それ以上友泉を追求せず、清蓮の質問に答える。
「太刀渡《たちわたり》家よ。本家に行くの。」
「太刀渡家…。」
「えぇ。お父様が何度もお願いして、やっと承諾してくれたっておっしゃっていたわ。お父様もお母様もすごく喜んで…。」
「太刀渡家…。」
清蓮は、同じ言葉を繰り返した…。
二百年続く友安国よりもはるか以前から続いていると言われる一族。
その起源は神職と言われ、神に仕えるとともに、魔物や邪気を祓い清めていたとされる。
そこから派生して仙術や医術などにも手を広げ、その道の傑出した人物を何人も排出していることから、一目も二目も置かれる一族であった。
そのためか、その影響力は決して小さくはなく、宮廷や他の貴族階級にとっては脅威となりうる存在であった。
しかし、この一族は代々他の貴族階は異なる観念をもち、政治には一切関与しないという独自の立場を貫いていることでも有名であった。
故に宮廷に忠誠を誓い友好関係を保ちながら、なにが起ころうと、常に中立というその特異性から、政治抗争という荒波の呑まれることなく、いまのいままで盤石な地位を築いてきたのである。
いそういった、いわくのある一族のもとに娘の名凛を治療に行かせるというのだから、国王夫妻の期待と切実なる思いが、いかほどのものであるか窺われる。
一方名凛はというと、顔のあざはとっくに諦めており、最近では治療でどこかに行くというと、物見遊山にでかけるくらいの気持ちになっていた。
「じゃあ、行くわね、お兄様。友泉の面倒は私が見るから安心して。」
「はは…任せるよ。」
友泉は文句を言おうとしたが、二人の邪魔をしてはいけないと思い、すぐに思いとどまった。
清蓮は名凛の透き通った顔に手をやり、そっと撫でながら優しく声をかける。
「気をつけて行っておいで…。」
「行ってくるわ、お兄様…。」
彼らは互いをぎゅっと抱きしめる。
いつものこととはいえ、短い別れも彼らにとっては寂しいものであった。
名凛はふと顔を上げ、清蓮に問いかける。
「お兄様、今思い出したんだけど、剣は見つかったの?私が差し上げだ鉄のお守り、まだ見つからないの?」
名凛が言った剣とは、成人の儀で清蓮が使用した剣のことであり、いつも身につけていたお守り同様、騒動のどさくさで紛失し、未だもって見つかっていないのである。
「探してもらってるんだけどね…。見つからないんだ。武器庫のどこかに置いてあるんじゃないかと思うんだけどね。」
清蓮も気にはなっていたが、どうすることもできず、見つかるのを待つしかないのである。
「ごめんよ、君のくれたお守りもどこかにやってしまって…。」
清蓮は申し訳なさそうに話す。
「気にしないで。帰ってきたら、また新しいの作って差し上げるわ!」
「なんなら俺のやろうか⁈」
友泉が懲りもせず、口を挟む。
名凛は友泉に文句を言いつつ、清蓮に爽やかな笑顔をむけ、行ってくるわ、お兄様!と颯爽と部屋を後にした…。
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