17 / 110

第十六話 痴話道中

名凛《めいりん》は護衛の友泉《ゆうせん》を伴って、太刀渡家《たちわたりけ》に向かった。 太刀渡家は、友安国《ゆうあんこく》で最も高い山である竜仙山《りゅうせんざん》のに麓に居を構えている。 竜仙山は、山頂が万年雪のに覆われており、山の中腹より上は、一年を通して雲で隠れていることが多いことで有名で、もし、晴れてその雄大な姿を拝むことができたら、その人には必ず幸せが訪れるという言い伝えのある山でなのである。 その麓までは、清蓮《せいれん》たちのいる宮廷からは馬車で約五日の道のりで行くことができる。 それは護衛をする者たちにとっては、極端な緊張感を強いられることも少ないということを示しているが、名凛にとって、変化の乏しい景色はただ退屈なだけであった。 名凛はすぐに耐えられなくなり、馬車の脇に付き添っている、馬上の友泉に話しかけた。 「友泉。私、すごく退屈だわ。何か面白い話をして!面白い話が聞きたい‼︎」 始まったよ…。 こういう無茶なことを急に言いだすのは、やはり世間知らずの王女様というべきだろうな…。 友泉はいつものことと割り切り、話し始める。 「むかし、むかしあるところに、一人のうら若い女子《おなご》がおりました。その女子は、とても変わった趣味をもっていて、錠前造りや鋳造、はては蝋人形をつくっては周囲の者に呆れられていました…。」 「……⁈」 誰のことかは一目瞭然で、周りで聞いていた護衛の者たちは、くすくすと笑いだす。 馬車の中にいた乳母ですらも、思わずくすりと笑ってしまう始末。 「ちょっと!それ、全然面白くないわよ‼︎私のことじゃない‼︎」 名凛は、顔を真っ赤にして友泉に抗議する。 本来なら王族に対する不遜とも言えるは内容も、護衛も乳母も名凛が生まれた時から彼女のそばに仕え、名凛の性格をよく知っていて、気の置けない人たちだけに、苦笑こそすれどうしても緊迫感をもち得ないのであった。 「みんな私のことを馬鹿にして…‼︎もう知らない‼︎」 名凛は、不貞腐れた様子で友泉に言い放ち、馬車の格子窓をぴしゃりと閉じる。 名凛の行き場のない憤りは愚痴となって、乳母に向かっていく。 「ねぇ、失礼だと思わない⁈彼はいつもそうなのよ‼︎私を馬鹿にして…!」 梅月《ばいげつ》という名の乳母は、慣れた様子で名凛をなだめる。 「名凛様、今に始まったことではございませんでしょう?彼なりに場を和ませているんですよ。」 「そうね、私以外はみな面白かったでしょうね!ほんと、無神経なんだから‼︎」 やれやれと苦笑いしながら、梅月は友泉を擁護する。 「彼はああ見えてちゃんと考えているんですよ。 周りからも好かれてますし。 とても人気があるんですよ…。」 梅月の言葉はどこか含むところがあるようで、名凛がすぐさま食いつく。 「好かれてる?ずいぶんと物好きもいるのね…。あぁ、でも将軍の息子だからかしらね…。」 名凛は言ったそばから独り合点する。 「そういうことも多分にあるでしょうが…。私が思うに、友泉は単純に気持ちのよい《いい男》なのでございますよ!」 「いい男…⁈」 名凛は目を丸くして、腹を抱えて大笑いする。 梅林は、王女にあるまじき姿で笑い転げる名凛を見て、ぴしゃりと膝を叩いて嗜める。 「いたっ…!あはは…。おしまい!私、もう少し休むわ。」 名凛は格子窓を少しあけ、馬上の友泉を見る。 友泉はまっすぐ前を見据えている。 友泉は彼女の視線には気づいていない。 名凛は、彼の日に焼けた、精悍で頼もしいさまを見ていたが、そっと窓を閉め、馬車に揺られるがまま身を任せた。 それ以降も、名凛と友泉は小さな痴話喧嘩を度々起こしていたが、行程にはなんら影響せず、予定通り丸五日で竜仙山の麓、太刀渡家に到着したのである。

ともだちにシェアしよう!